ドラマや映画でキスシーンを見ると、必ず思い出す事がある。
高校の時の恋人、その彼とのキス。
最初は観覧車の中で。次はデパートの屋上で。そして、彼の部屋で。
たったの3回だけ。お互い若かったから、その先には進まなかった。3年の終わりから付き合い初めて、短期間で別れてそれきり。
でも、忘れられないのは、その時のたったの3回が、その後のキスで超えられないから。
触れ合った瞬間から電撃が走る様に痺れて、噛まれ、塞がれ、強くなり、弱くなり・・・。後はもう、脳がショートしたみたいに夢中になった。
「何見てるの?」
今の彼が、ソファに座る私を背後から抱き締めながら聞いてくる。振り返りながら彼の頬に口付ける。
「古い映画よ」
「キスシーン?」
聞きながら重ねられる唇。触れて、離れて、開けられて。
やっぱり、あの時のキスには届かない。
彼はそのままソファの背を乗り越えて私を押し倒す。
今の彼と最初に体の関係を持ったのは、2度目のデートの後。車で送られて、別れ際に唇を奪われ、そのまま持って帰られた。
それから2年。
休みの度に通う部屋。彼の机の引き出しの中に、さっき見付けてしまった指輪のケース。明日は私の誕生日。
「明日の夜、一緒に食事に行こう。レストランを予約してあるんだ」
唇を離して、見つめ合いながらそう囁く。
「何の日だか覚えてる?」
「勿論。大事な日だ。期待して欲しい」
「楽しみだわ」
言いながら首に腕を絡めた。再び重なる唇。
彼の体の重みを感じながら、これで良いのかと疑問が過ぎる。
彼はとても良い人。仕事も出来る。気遣いも、親との関係も良い。とても私を大切にしてくれる。
でも・・・。
「誕生日おめでとう」
静かに言ってグラスを傾ける彼。
「ありがとう」
微笑みながら答える。
あっさりとしたフレンチのコース。私の好みに合わせてくれている。
弱いアルコールでゆっくりと暖まる様に、彼の言葉が私の中に入って来る。優しい笑顔。幸せ。
そう。幸せ。私は幸せ。
頭がシャンパンでボンヤリとする。
私は幸せ。ボンヤリと幸せ。
一通りの食事が終わり、私はマニュアルの様に化粧室に立つ。
立ち上がって振り向いた時、視界の刺激でボンヤリが覚醒する。
高校の時の彼が居た。
何年も時間が経っているのに、すぐに分かってしまうのは何故だろう。
彼は知らない女と2人で来ていた。
目と目が合う。向こうの視界も覚醒する。見つめ合う。
私は、逃げる様に化粧室へと駆け込んだ。個室で息を整える。
向こうも、すぐに気付いた。どうして・・・。
でも、お互い2人同士。このまま気付かなかった体でいよう。
手を洗い化粧を直して、鏡を確認する。
何も無かった。そう、何も、無かった。
私は、彼の元に戻ろうと化粧室のドアを開けた。
すると、誰かに手を引かれて男性用の化粧室に引き摺り込まれた。
「やっ、何?」
驚いて声を上げた私の口を塞ぐ懐かしい感触。高校の時の彼だった。
化粧室の壁に背中を押し付けられ、両腕を高く挙げられ奪われ続ける唇。掴まれる様に開かれ、優しく歯を立てられ、入り込んで来る熱い彼の舌。彼の息が漏れる。私の声が漏れる。胸の奥が熱を持つ。熱い。
とても痺れる。あの時よりも・・・。
永遠の様な一瞬の後、彼は唇を離すと、私のブラウスの胸元に名刺を一枚挿し入れた。耳に軽く口付けて、無言で席に戻って行く。私の知らない女の元へ。
息を整えながら名刺を取り出して見る。彼の名前の書かれた商社の物。裏返せば、携帯番号。
ああ、私はどうすれば・・・。
女性用化粧室に戻り、鏡を見る。乱れた髪、擦れたメイクを直しながら、心臓の音を聞く。
これから渡されるであろう指輪のケースの中身。
渡された携帯番号。
ずっしりと重いのは・・・。
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