楽園の国は、海と並ぶ大きな国だと聞いていたが、海が見えても肝心の国が未だ見えずにいた。
「もう二日は歩きっ放しだぞ……まったく、いつになったら着くんだよ……」
「いやいや、ヤマト。僕たち旅人ですよ? 旅してる自覚ありますか? そんなパパッと国々を回れたら、誰も困ってなんかいませんよ」
まあ、それはそうなんだが、RPGの某ドラ○エなどのゲームでは、ワープする魔法が序盤で使えるようになったりするものだし、急に異世界!魔法!なんて言われるものだから、完全にゲーム感覚でいた。
正直、リアルとゲームをナメていた……。
異世界とは言え、歩けば体力も消耗するし、宿屋なんてそこら中にある訳じゃないからテントを張って野宿だし、夜間は火を消さなければモンスターに襲われる。
「そう言えば、道中にスライムとかゴブリンとか、デカい奴だとオークとか居たけど、モンスターは想像してたようなモンスターとそっくりそのままだったな」
「そんなものでしょう。こうして今、異郷の星のヤマトがこの世界に居るように、モンスターも偶然別の星へ行って捉えられてしまう。噂が広まり、形や名称なんかはそのまま噂として残り続けたりもするんですよ」
そういうものなのか、と取り敢えず納得。
道中のカナンの心配をしていたが、モンスターにも果敢に立ち向かうし、体力も僕よりある、と言うよりも、旅に慣れた様子で、現在進行形で景色を眺めながら、ピクニックにでも来たかのような足取りで着いて来ていた。
カナンは一体どこから来たのだろうか。
僕たちが居ないで、別の国から一人で来たとしたら、この長い旅路を一人で歩いて来たことになる。
本人も「分からない」の一点張りだし、手掛かりがない以上は、他の国で探すしかないわけだが。
「モンスターと言えば、ヤマト、モンスターは容赦なくぶっ殺してましたね!」
アゲルはニコニコと物騒な言葉を吐き捨てる。
「血とか怖いのかと思ってました」
「まあ、人が苦しんでる姿は抵抗はあるよ。でも、僕は元漁師の家系で育ってるんだ。必要な死もあることは常に考えている」
実際、自然の国のバルトスから面倒を掛けた例として、邪魔にならない分の食糧は貰ったが、ゴブリンの肉を剥いで腐らない程度に捕食させてもらっている。
魚と形状は違うが、考え方は同じだと思うことにしたし、そうしなければ死んでしまうのは僕たちだ。
「おや……?」
「どうした?」
アゲルは少し駆け足気味に丘を登ると、目を凝らして遠方を見渡した。
「あそこにゴブリンたちの集落がありますよ!」
僕からは、「言われてみれば何か見える……」程度にしか見えないが、大天使様は目も良いらしい。
「あ、でも一人戦っている方がいますね……」
「集落をわざわざ潰してるってこと?」
「この世界で魔力の弱い住民からすれば、モンスターは脅威そのものですからね。たまに、討伐対象として退治任務が出されます」
「それにしても一人なのか……?」
「そうですね。一人は珍しいです。普通は、最低四人から五人のパーティが組まれたりします」
僕たちは救援も兼ねてゴブリンの集落へ向かうと、赤髪リーゼントの男が、半裸で棍棒を振り回していた。
しかし、一回り大きいゴブリンの親玉たち三匹に囲まれており、弓兵のゴブリンも居た為、とても危険な状況に見えた。
「ま、まずいじゃないか! カナンは弓兵を爆破で仕留めてくれ! 最悪、弓兵の乗っている建造物を破壊するだけでもいい!」
「しょうち!」
「アゲルは、僕かあの男性が襲われる瞬間にオーバーを頼む!」
「了解です!」
僕らの連携も、幾度もの戦闘のうちに、いつの間にか円滑なものになっていた。
最初こそカナンを戦闘に加えるのは渋られたが、カナンは遠距離であれば全然戦える冒険者だった。
僕は急いで、風神魔法 ウィンドストームで男性の背後に回り込んだ。
「救援に来ました!」
すると、赤髪の男性は僕を見遣り、余裕の構えで笑顔を向けた。
「おう! いい奴だなお前! でもちょっとばかし遅かったな! 頭、下げといてくれや!」
その瞬間、男性は棍棒をブンブンと回転し振り回した。
「 “岩魔法 ダダンラッシュ” !!」
彼の棍棒からは無数の岩が放たれ、それも精密に、弓兵には細く尖った岩を、ゴブリンのボスたちには一際大きな岩をそれぞれぶつけ、一瞬で壊滅させてしまった。
「この魔法をぶつけるためにわざと囲まれていたってことか……?」
男は棍棒を担ぎ、ガニ股座りで僕と向き合った。
「おうよ! でもお前も相当強いな。あの数の中をあの速度で駆けて俺の背後に回り込んだんだ」
「あ、あれは……」
「風の加護を受けて来たんだろう?」
「どうしてそれを……!」
すると、男性は立ち上がり、わざわざ大きな声を張り上げた。
「俺の名前はダン! 炎の神の守護神だ!!」
こんなにも早く守護神に巡り会えたことは嬉しいことなのだが、その前にこの勢いに圧倒されて何もリアクションが取れなかった。
「ダ、ダンさん……。よかったです。僕たち、炎の神に会いたくて、楽園の国に向かってて……」
「おう! 会ってけ会ってけ! でもこっから歩いたんじゃ十日は掛かるぞ? 歩いて行くつもりだったのか?」
「と、十日……!?」
アゲルは知らんぷりをしてわざと僕と顔を合わせないようにしているのが分かった。
「これも何かの縁だ。俺の船に乗ってけよ! 二日でサクッと着いちまうからよ!」
確かに、海を最初見た時は新鮮で嬉々としたが、永遠と続く海を横目に途方もなく歩いているのは気が滅入っていたところだった。
しかし、本来はこの辺の人間なら船で移動するのか。
道理で人通りも滅多にない訳だと合点がいった。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてください」
「お安い御用ってモンだぜ!」
ダンさんも、気前が良く、話しやすい人だった。
それから僕たちは、ダンさんの案内で船へと向かう。
船には何名かが支度をしており、全員ダンさんの漁業船員のメンバーだと紹介してくれた。
主に行っているのは漁のようだが、ダンさんは自身が守護神だと隠しておらず、モンスター任務が国へ要請された際には、自ら単身で出向くようにしているらしい。
そして、更に驚きなのは、自然の国とは違い、神の存在が露呈され、全員が神に対して様呼びをしていないことも特殊な光景に見えた。
「炎の神 ゴーエンは大の祭り好きでな、自分から『様』を付けることを禁止させて、全員平等、そんな活気溢れる国にしようとしてんだ」
なんとなく、楽園と呼ばれる意味が分かった気がする。
楽園と言っても、自然の国のように商売が盛んで、常に賑わいがあるわけではない。
全員が平等で、常に活気に溢れ、暮らす者も、観光客も、全員が笑顔の国、それが楽園の正体だった。
「いい国ですね……!」
「ガハハっ! そうだろそうだろ!」
そして、ダンさんの無限に続く武勇伝を聞かされながらも、僕たちは楽園の国へと辿り着いた。
「悪いけど、俺はこれから漁の荷下ろしなんだ! 宿は自分たちで探してくれ! 心配しなくても楽園の国はそこら中に宿屋があるから困ることはないぞ!」
「そんな、ここまで連れて来てもらって宿の手配までしてもらおうと思ってませんよ! ここまで連れて来てくださってありがとうございます!」
こうして、僕たちとダンさんは一度別れた。
直ぐにでも炎の神に会いたいところだったが、炎の神も守護神同様に自ら労働に出向いているらしく、祭りの日に折を見て欲しいとのことだった。
折角なら観光もして欲しいとも言われた。
自然の国のような問題は起きなさそうだ。そこだけホッとして眠りに着けそうで、少しワクワクしていた。
あの、いつも悪い予兆のように笑っているアゲルが、途中からずっと笑みを無くしていることを除いて。
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