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宿屋は広く、あの日本人の大好きな畳部屋に座布団が広がっていた。
「ま、まさか……異世界に来て、こんな畳部屋を拝めるだなんて……!」
僕の目は何故かお婆ちゃんの家を思い出し、自然と涙ぐんでしまっていた。
なんと露天風呂まで付いていて、まるで日本の旅館そのものだった。
こんなの……嬉しくないはずがない……!
「どうやら、お気に召してくれたようでよかったよ」
突如、僕らの部屋の戸をスッと開き、金髪の男が笑顔で僕らと向かい合った。
旅館レンタルの服を着ているから、この旅館に泊まっているんだろうけど、危険な臭いはハッキリとした。
「やはり現れましたね。ここで戦いますか?」
アゲルから笑顔が消えていた正体はコレだった。
「ちょっと待って!? 戦う!? いきなり!?」
すると、金髪の男も慌てた様子を見せた。
「待って待って! 俺は戦う気なんてないから! この旅館だって俺の交易の手助けで作られた施設なんだぜ!?」
何やら謎の多い人物だが、いきなり臨戦態勢に入っておきながら、アゲルはその男の言葉を丸っ切り信用しているようで、すぐに警戒を解いた。
「流石は天使様だ。理解が早くて助かるよ。こういう話、そこのお嬢さんの前でされたくないよね?」
そう言いながら、寝ているカナンを指差す。
そして、着いてこいと言わんばかりに顎で合図を送り、僕らを旅館内のベランダへと案内した。
「貸切にさせて貰ってるから邪魔は入らないよ」
「目的はなんですか?」
いつにも増して、アゲルから緊張感が伺える。
飄々としてて、僕らのことを知っているのは少し怖いけど、敵意も感じない気のいい人のように見えた。
「一から話そう。異郷の君は話についていけないだろ?」
「全て話すんですね?」
「ああ。俺は君たちと争いたくはないからね」
そして、男は酒を口へと運んだ。
「俺の名はルーク。龍族の一味だ」
「ヤマト、緊張感が感じられないので先にコレだけは伝えておきます。自然の国のグレイスを神の力すらをも凌駕して殺したのは、彼ら、龍族の一味です」
僕の背筋を一気に冷たい何かが走った。
「そう強張らないでくれ。さっきも言ったが、俺個人としては君たちと争う気はないんだ」
「なら、なんでわざわざ接触して来たんです?」
「逆だよ。変に勘繰られて敵に回られるより、先に挨拶をしておこうと思ったんだ」
アゲルは素直に納得した様子を見せた。
「まず、異郷の君には、龍族について話をしよう。龍族は、七龍の加護が受けられる唯一の血を持つ者たちだ」
「七龍の加護……?」
「おや、天使様は龍の存在もまだ説明していなかったのか」
「未だ戦闘経験が浅いもので。ゆっくりとこの世界を知った上で説明しようと思っていましたから」
そして、ルークはまたも酒を口に運ぶ。
「それじゃあ遅いから俺がここにいるんだ」
今度は、殺気を露わにして笑みを浮かべた。
アゲルも咄嗟に臨戦態勢に入る。
常に警戒は怠っていない様子を見せている。
「大丈夫だよ。何度も言うが俺に戦う意志はない。ただ、今回一緒に連れて来た奴が少々喧嘩っ早くてね。最近、よくやく見つかったんだ。龍の加護を受けられる最後の一人が」
「では、他の全員、既に龍の加護を受けているんですね」
「そう。そして既に作戦準備に取り掛かっている。俺が今回この楽園の国に来たのは、もちろん商売の話もあるけど、最後の一人の腕試しでもあったんだ」
僕だけが話について行けていない。
そんな中でも、ピリピリとした空気感と、僕たちの正体はしっかり知られていることは理解した。
「それで、龍族の一味の目的ってなんなんですか……?」
僕も割って話に入る。
「ヤマト、そんなこと答える訳な……」
「七国の神を殺して、七龍の加護を受けた龍族の一味が、新たな七国の神になることだ」
僕たちは一瞬にして顔を強張らせた。
「そんなことをアッサリと教えて、裏切り者にならないんですかね……」
「俺は自由にやらせてもらっているからね。楽園の国の施設経営、自然の国の商売も俺が加担しているんだ。ただのお財布だけど、龍族の一味が作戦を遂行するには、俺の存在が必要不可欠なのさ。流通を回しているのは俺だからね。でも俺は別に神の座なんかに興味はない」
「なら、何故龍族の一味に協力を……?」
ルークは僕らに背を向け、旅館の明かりが綺麗にひしめく展望を眺めながら、そっと呟いた。
「俺はね、頑張って経済を回してる。この旅館たちや、他の国全てに俺の名は浸透し、様々な国が盛んな賑わいを見せている」
素晴らしいことだ、仕事熱心で。
「それら全てが、ぶっ壊れるところが見てみたいんだよ」
前言撤回。
やはり、イカれている様子だ……。
「さっきのはやはり嘘ですね。そんな野望を持っている限り、僕たちとは戦う運命にあるはずだ」
「ハハッ、そうだね。でもそれは今でなくていい。今戦っちゃったら、君たち死んじゃうよ?」
その通りだと言わんばかりに、アゲルは言葉を返せてはいなかった。
「それじゃあ夜も更けてきたしこの辺で。すぐにまた会うことになる。戦いの準備をしておいてくれ」
そう告げると、ルークは去って行ってしまった。
暫くの沈黙を切り裂いたのは、僕だ。
「この世界に来て、救って欲しいって言われて、正直困惑した。でも、自然の国の惨状を見ていると、なんだか協力できるのは、救えるのは僕だけだと実感していた。だから、これから知らないことや実戦も多くなる覚悟はしていたんだ。だから、アゲル。新しく出てきた、龍とか、龍の加護とか、全部ちゃんと教えて欲しい」
僕の目付きを凝視し、アゲルは溜息を吐いた。
「はぁ……。未だ早いと思っていたのですが。こうなってしまったのなら仕方がないですね。ちゃんと全てをお話しましょう」
そして、神と龍の話が始まった。
ここからは、アゲルの話すこの世界の歴史である。
唯一神バベルは、この世界に降り立ち、自分の眷属となる者を最初に生み出した。
それは、どんな厄災にも、どんな争いにも、立って出れば止められるような七体の龍だった。
しかし、神と龍だけで世界は創れない為、自分の七つの属性をそれぞれに与えた神々を生み出した。
それが、現在の七国の神たちである。
その神たちに、それぞれの個性の国起こしをさせた。
時が経ち、唯一神バベルは何者かに封印されてしまう。
七国の神たちに封印を解く力はなく、異郷の僕がこの大天使ミカエル、改めアゲル・サポに選ばれ、この世界の救世主として七国の神たちから加護を受ける旅が始まる。
しかし、唯一神バベルの封印の話を人類に露呈させるわけには行かないと踏んだ天使たちは、七国の神たちだけに「いずれ救世主が訪れる」とだけ伝えた。
しかし、それを知らなかった七龍たちは、何者かに、唯一神バベルの裏切りに合ったと伝えられる。
唯一新バベルを封じた、龍族の長により。
そして、七龍たちは龍族に力、加護を渡すことにする。
七国の神たちと同じく、この世界に対して制限を掛けられている為である。
龍族とは、最初に唯一新バベルがこの世界を生み出し、七龍を生み出した時、七龍たちのパートナーとして務められる、七神とは違う最初の人類だった。
それが現在では分散されてしまい、どこに龍族の末裔がいるかは不明だったが、龍族の血を引く者の魔力からは特殊なエネルギーが感じられるらしく、龍族の長はそれらを頼りに龍族の一味と称し、七人全員を揃えたのだった。
その一人が、先程の金髪の青年、ルーク。
ルークの話では、既に七龍の加護を全員が受け終わったと話していた。
そして、七国の神を殺し、神の座に着く。
所謂、世界の乗っ取りを企んでいるわけだ。
僕の旅は、七国を回るだけでは終わらないことを悟った瞬間であった。