テラーノベル
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約束の日の朝、柊吾はいつもより二時間も早く目を覚ましてしまった。
まだ薄暗い部屋の中、引き戸を少しだけ開けた隣室から、真理子の静かな寝息が聞こえてくる。
(まだ5時じゃん。……どうしよう、全然眠れなかった……)
二度寝しようと頭から布団を被り、ぎゅっと目を瞑ってみるものの、胸の奥で早鐘を打つ心臓の音がうるさくてじっとしていられない。思考はとめどなく、これから始まる「今日」のことで埋め尽くされていく。
(……今日、本当に二人で出かけるんだ)
即答で届いた『もちろんです。どこに行きたいですか?』というメッセージ。
嫌われても引かれてもいなかったという事実に、まずはホッと胸を撫で下ろす。けれど、安堵したのも束の間、次の瞬間には別の途方もない妄想が頭をもたげてくる。
(二人きりで出かけて……もし、またあの時みたいになったらどうするんだ……!?)
並んで歩いているとき、ふとした拍子に手が触れ合ったり、見つめ合ったりして、もしも、またあんなふうに迫られたら――。
そこまで想像した瞬間、カッと全身の血液が沸騰したように熱くなり、柊吾は布団の中で枕を抱え込んで激しく足をばたつかせた。
(な、何を考えてるんだ僕のバカ!! あるわけないだろ、そんなこと! 自意識過剰すぎる!)
枕に顔をぐりぐりと押し当てて必死に火照りを冷まそうとするが、一度暴走し始めた妄想は止まらない。
冷静になろうとすればするほど、今度はネガティブな想像が割り込んでくる。
(……でも、黒瀬さんはただ親切なだけかもしれないし。僕がいきなりおかしなLINEを送ったから、介護疲れの隣人を気遣って、わがままに付き合ってくれるだけなんじゃ……)
そうだ。介護士としての職業病みたいなもので、ただの「ご近所付き合い」の延長かもしれない。それなのに自分一人で浮かれて、もし何か変な期待をしているのがバレたらどうしよう。でも、もし、黒瀬さんも少しでも僕と同じ気持ちでいてくれたら――。
(あーもう! どっちなんだ……!!)
期待と不安、羞恥心がぐちゃぐちゃに渦を巻き、布団を巻き込んだまま畳の上を右へ左へと転がり回る。
スマートフォンを手探りで引き寄せ、画面を点けては時計を確認し、まだ数分しか経っていない事実に小さく唸り声を上げた。
確定していない未来のあれこれを想像しては悶え、赤面し、枕を抱きしめてジタバタと悶絶する。そんな落ち着かない一人相撲を繰り返しているうちに、障子の向こうの空がゆっくりと白み始めていった。
七時を過ぎ、ようやく布団から這い出した柊吾は、火照った顔を両手で挟んで大きく深呼吸をした。隣の部屋へ向かい、「お母さん、朝だよ」と声をかける。目を覚ました真理子は穏やかな表情で、運んできた柔らかめのご飯と甘い卵焼きをゆっくりと口へ運んでくれた。
デイサービスの準備を進め、花柄のカットソーを着せて髪を整えていると、真理子がふと柊吾の顔を覗き込んできた。
「今日は、なんだか楽しそうねえ」
「えっ……そ、そうかな」
「ふふ、もしかして、デート?」
「ち、違うし! デートなんかじゃ……っ」
「あらあら、顔が真っ赤よ?」
「っ! き、気のせいだよ!」
と、慌てて誤魔化しながらも、心臓が跳ね上がるのを止められない。
「ほ、ほらっ! お迎えが来たよ! 行ってらっしゃいっ!」
八時半、定刻通りにやってきた送迎車に母を預け、赤くなってしまったであろう顔を誤魔化すように、やや引きつった笑顔で手を振って見送った。
車影が角を曲がり、完全に静まり返った部屋へ戻った瞬間――柊吾は誰もいない部屋の真ん中で、ぽつんと立ち尽くした。
篝火

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#婚約破棄
霞花怜
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コメント
1件
ああ、もう柊吾くんの朝の悶絶が本当に可愛くて……! 布団の上でジタバタしてる様子とか、鏡を見てるわけでもないのに顔が真っ赤になってるのが目に浮かぶようでした。期待と不安がぐるぐる回ってる感じ、すごく共感しました。真理子さんに「デート?」って言われて慌てるところも、もう「それがデートだよ!」ってツッコミたくなりましたね(笑) デート当日の、これから始まる時間への緊張感がじんわり伝わってきて、続きがすごく気になります……!