私の名前はエレノア、海賊『海の大蛇』の頭……船長をやってんだ。歳は23歳。何でこんなに若い女がって話だが、簡単だよ。親父の跡を継いだからさ。海の大蛇は昔『海狼の牙』とも張り合える大海賊だったんだ。
それが、ここ数年で『海狼の牙』が勢力を拡大、反面こっちは一気に落ちぶれて親父も古参の連中もすっかり弱腰になっちまった。遂には、『海狼の牙』に手を出すなって命令が出る始末。
だがよ、此処等の海路は半分近くが『海狼の牙』の船だ。獲物は少ないし、何より私達が『海狼の牙』に手を出さないと知った他の商船も『海狼の牙』の商船と船団を組むようになって、いよいよ獲物が少なくなってね。このままじゃ、『海の大蛇』は終わりだ。
弱気な親父の跡を継いだ私は、覚悟を決めて『海狼の牙』の商船へ襲撃をかけた。そしたら、拍子抜けしたよ。あいつら襲われないと思ったのかマトモな武装すらしてなかったんだ。まあ、陸に上がって商人の真似事してるような腑抜けた連中なんか怖がる必要もなかったんだ。それから私達は数隻の商船を襲って戦利品を分取ってきた。
そのうち、『闇鴉』のマルソンって奴が接触してきた。気味の悪い奴だったが、戦利品を売り捌けて酒や物資が手に入るなら関係ねぇ。子分達にも良い思いをさせときゃ裏切らねぇしな。
そんな感じで最初の一年は順調だったよ。獲物はたくさん居るし、買い取り手も居るんだからな。だけど、そのうち『海狼の牙』が警戒し始めた。商船が武装するようになってね。だからこっちも他の海賊と連合を組んで対抗。まるでいたちごっこだが、むさい男どもに囲まれてカトラス振り回すスリルのある毎日に満足してたよ。お陰で23になっても彼氏なんか居ないんだけどね…はぁ。
そう、あの日も襲撃が上手く行って拠点にしてる廃墟の漁村に凱旋したんだ。マルソンの代理人に戦利品を売り捌いて金と酒と美味い飯を用意させてたらふく食べた。まさに大宴会さ。私も久しぶりに気持ちが良くなるくらい飲んで、早々に休んだよ。
え?襲われないのかって?今まで何人か命知らずがやってきたが、男のモノを切り落としてやってたら誰も寄り付かなくなってねぇ。女としては複雑な気分だ。
んで、寝てたんだが…真夜中にそれはもう大きな音がしてね、慌てて飛び起きたらあちこち火事になって大慌てさ。しかも山ほど銃弾を撃ち込まれてね。なにが何だか分からない内に子分の大半がバタバタと薙ぎ倒されてね。
「何の真似だこの野郎!私らが『海の大蛇』と分かって喧嘩売ってんだろうな!?」
私は偶然目の前に居た赤い髪をした黒尽くめの男に啖呵を切った。
「女っ!?捕まってるって訳じゃなさそうだな」
「はぁ!?私はエレノア!『海の大蛇』の船長だよ!」
「あんたが船長!?いや、女なら喜ぶかもな。悪いが捕まえるぜ?」
「ああ!?やれるもんならやってみろ!」
私はカトラスを抜いて男に向けた。向けたんだが…首に冷たいものを感じて身動きが取れなくなった。
「背後への警戒が手薄だ。未熟者」
いつの間にか白髪頭のじいさんが後ろに現れて、私の首に短剣を添えてやがった。
「旦那、殺すなよ。船長なんだとさ」
「ならばお嬢様への手土産となりますな」
そんな話を聴きながら呆気なく私は捕まったのさ。笑えるよ。
そうして私と何人かが捕まったが捕まえた連中は服装もバラバラだが装備は統一されてるし、なによりまるで軍隊みたいに統率が取れてやがる。むしろ、気になってきたよ。こんな組織を持ってるのはどんな奴なのかってな。そのうち夜明けが来て、辺りが明るくなってきた頃だったか。
「来たか、お嬢。船を強奪したって聞いたぜ」
「楽なお仕事でした」
「拍子抜けだったぜ、ベルさん」
「良いんだよ、ルイ。お嬢が怪我をして無きゃな」
現れたのは、ガキが二人。手伝いか何かか?
「お嬢、この美人さんが船長だとさ」
「その若さで?」
「鏡見るか?シャーリィ」
私を見てきたのは、綺麗なお嬢ちゃんだった。真っ白な礼服にケープコート、綺麗な金髪に整った顔立ち。どこぞのご令嬢だろうな、ありゃ。気品がある。つまり、貴族様の道楽か。
「初めまして、暁の代表者シャーリィと申します。以後お見知り置きを」
暁?聞いたことがない組織だ。新参か。
「聞いたこともないな!ルールを知らん新参者と見える!私はバッキオ!商人ギルド闇鴉の一員だ!これは一体何の真似だ!?」
私の隣に居たマルソンの代理人バッキオが吠える。まあ無理もない。闇鴉と言えばあちこちのギャングやらと繋がりが深いんだ。手を出すと厄介なことに成るからね、誰も手出しをしないのさ。新参者なら知らなくて当然だな。
「私に手を出せば、懇意にしているギャング達が黙っていないぞ!今すぐに私を解放するなら、この無礼は無かったことにしてやる!直ぐに縄をほどけ!」
虎の威を借るとはこの事だね。だがまあ、闇鴉に手を出すのは面倒だ。こいつは解放されるだろうねぇ。
なら私も生き残るために策を考えないとなぁ。
「闇鴉、なるほど貴方は闇鴉の方でしたか。それは好都合です」
「は?」
なに言ってんだい?このお嬢さんは。好都合?まさか闇鴉と懇意にしたかったってか?なら悪手だねぇ。
「ふん、我々と仕事がしたいのかね?ならこの無礼の件もある。相応の謝礼を用意して出直すのだな」
まあ、そうなるだろうね。こいつらがめついから、身ぐるみ剥がされて終わるよ。残念だね。
「貴方に用があるわけでは無いのですが…。会長のマルソン氏の所在をお尋ねしたいだけです」
「何を言ってるのか理解しているのか?小娘。会長が貴様のような新参者にお会いに成る筈もないではないか。不敬にも程があるぞ」
「そちらの事情など聞いていないのですが。会長はどちらに?」
「何度も言わせるな!貴様のようなっ…!」
ドンッッって腹に響く音がした。見ると、お嬢さんは拳銃を持っていてバッキオの右肩を撃ち抜いていやがった!?
「ーーっ!!ぎゃあああっ!」
「マルソン氏の所在は?」
「きっ、貴様ぁ!私にこんなことをして!」
ドンッッっと、今度は左肩を撃ち抜きやがった!
「ぁあああっ!」
「マルソン氏は?」
「たっ、ただでは済まさないぞぉ!」
ドンッッっと。今度は右足を!
「うがぁああっ!」
「質問の仕方に問題があるのでしょうか?」
「止めろぉおっ!止めてくれ!」
ドンッッ。左足まで撃ち抜きやがった!
「ぁああああああっ!!」
手足を撃ち抜かれたバッキオの絶叫が響き渡る。
「あっ、弾切れです。仕方ない」
お嬢さんは拳銃を仕舞うと、腰に差していたナイフを抜いた。エグいな、あれ。
そしてそれを躊躇無くバッキオの右の股に突き刺しやがった!
「ぎぃやぁあああっ!!知らないっ!知らないんだぁ!」
「はい?」
ズブリと引き抜き、左股に突き刺しやがった!なんだこれ!?
「ぁああああああっ!!本当に、本当に知らないんだぁ!本当だぁああっ!止めてくれぇぇっ!!」
バッキオは泣き喚きながら懇願する。
私も海賊をやってんだ。顔色変えずに人を殺る奴や、笑いながら殺る奴も知ってる。だが、このお嬢さんは何だ!?悪意の欠片もない、まるで可愛いものや綺麗な花を見てるように心底楽しそうな笑顔のまま一連の事をやりやがった!笑い声をあげるでもなく、笑顔のままだ!
……私は、このお嬢さんに底知れない恐怖を覚えたね。ビビってるよ、本当に。
「お嬢様、お召し物が汚れます」
「それはいけませんね。ケープは汚れていませんか?」
「はい、お預かり致します」
「お願いします、セレスティン」
私をあっという間に拘束した爺さんが恭しくしてやがる。
「なにも知らないなら、用はありませんね。ルイ」
「なんだ?シャーリィ」
「これ、あげます」
泡吹いて気絶したバッキオを指差しながら緑髪の男の子に話しかけてる。
「姐さんに手土産が出来たな。でも、首だけで良いよ。こいつ下っ端だし」
「そうでしたか、では」
「待てよ、お嬢。俺がやっとくからそっちのお姉さんを相手にしろよ」
「それもそうでした」
赤髪に言われたお嬢さんは此方に視線を向けてきた!
「綺麗なお姉さん、お名前を伺っても?」
「えっ…エレノアだよ…」
「ではエレノアさん。海の大蛇の船長さんなんだとか?実は、海運に手を出そうと思っているのですが海に詳しい人が居なくて」
まるで人形みたいに整った顔を無表情のまま近付けてきた。その目の深さに恐怖したね。チビらなかった自分を誉めたいよ。
「あ、ああ…そうかい…」
「端的に、お尋ねしますよ?エレノアさん。貴女は私の敵ですか?それとも大切なものに成りますか?」
独特な言い回しだが、仲間に成れって事か…?
あんなもの見せられて断れるのは相当な兵さ。でもね、私は処女のまま死ぬなんて真っ平御免だよ!プライドなんて捨てちまえ!
「………お嬢さんの、手下にしておくれよ…」
「交渉成立ですね。でも、間違えないように。手下ではなく私の宝物になってくださいね」
こうして私は暁に迎えられたんだ。長い長い夜だったよ。
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