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無事に”愛の試練”とも呼べる困難に打ち勝った俺は、今、合流した美兎ちゃん(と、ついでに悪魔も)を連れて健《たける》の元へと向かっている。
ダサ男へと擬態している今の状態では、とてもじゃないが自分のクラスになど案内できる訳もなく……。仕方なく、といったところだ。
まぁ、俺の事情を知っている健なら、何かあった時のフォローは……。
「……………」
あいつのアホさ加減を考えれば、期待できそうにもない。だが、幸いな事に大和《やまと》もちょうど彼女連れで健のところに来ているらしく、それには少し安心だ。
チラリと隣を見てみれば、楽しそうに悪魔と会話している美兎ちゃんがいる。
(……ッ、クゥゥゥーー!! 痺れるような可愛さだぜっ♡♡♡♡)
無事にダサ男へと変装できて本当に良かったと、心の底から噛み締める。
あの、息もつかせぬ怒涛のドキハラ攻撃。正直、あれにはだいぶ寿命を削られはしたが……。
その甲斐あって、今、こうして美兎ちゃんとの”ラブラブ文化祭デート”を心置き無く堪能する事ができるのだ。
美兎ちゃんの隣にいる悪魔が、ちょっと(いや、結構)邪魔だが……。まぁ、仕方がない。相手は中学生だ。
(フッ……。ここは一先《ひとま》ず、健全にグループ交際とやらで妥協してやるさ)
そんな事を思いながらも、抑えきれない嬉しさから鼻の下を伸ばして顔面を蕩《とろ》けさせる。
「——瑛斗先生。そのお友達の出店って、何売ってるとこなの?」
「……えっ? あー。確か、クレープって言ってたよ。……あっ。美兎ちゃん達、甘いもの食べれる?」
「うんっ! 大好きっ!」
(フグゥッッ……!!! だっ、だだだだ……っ、大好き、だとぉ……っ!!? どこで覚えたんだ……っ、そんなテクニック!!!)
突然、俺に向けて”大好き攻撃”を撃ちかましてきた美兎ちゃんに殺されかけ、ハァハァと息の上がった呼吸のまま身悶える。
なんだか、今日はやたらと小悪魔っぷりを発揮してくる美兎ちゃん。流石は、柔軟さと若さに溢れる中学生。目覚ましい急成長だ。
(……っ、だが! 俺はまだ、死ぬわけにはいかねぇ……っ!)
ふらつく足元をグッと堪えると、平常心を装い爽やかな笑顔を貼り付ける。
「……そっか。なら良かった」
そう言ってニッコリと微笑めば、俺に向けてニッコリと微笑み返してくれる美兎ちゃん。
「楽しみだね〜っ、衣知佳ちゃん」
「うんっ。でも、太っちゃうなぁ〜」
「大丈夫だよ。その分、いっぱい動けば!」
そんな事を言いながら、楽しそうにキャッキャと会話を弾ませている美兎ちゃん達。そんな光景を眺めながら、俺は1人うっとりとする。
「動くって、何それぇ〜。運動とか?」
「うん、運動っ! 何がいいかなぁ〜」
「走るとか?」
「う〜ん……。痩せそうだけど、走るのってちょっと大変そうだよね」
いつの世もどの世代も、女という生き物はスタイルキープに余念がないようだ。俺としては、太っていようが痩せていようが、美兎ちゃんなら何だって構わない。
だが……。そんなに運動がしたいなら、いつだって俺がお手伝いしてあげようじゃないか——!
(楽しい、楽しいっ♡ ”裸の大運動会”という名の、激しい寝技競技で……っっ!!! グフフフッ♡♡♡♡)
それが美兎ちゃんの願いだというのなら、俺は全裸……いや、一肌でも二肌でも脱いであげよう。協力は惜しまない。
一人、脳内で妄想を膨らませては、とんでもなくだらしない顔をして不気味に微笑む。
「——お〜いっ、瑛斗ぉー! こっち、こっちー!」
危うく垂れかけた唾を飲み込むと、聞こえてきた声の方へと視線を向けてみる。
するとそこには、クレープ片手にヘラヘラとしながら大きく手を振る健がいる。どうやら、一応ちゃんと店番をしているらしい。
客らしき人に持っていたクレープを差し出すと、「また来てねー」とチャラそうな笑顔を向ける健。
「——よっ。お疲れ」
健の元へと近付きこっそりと耳元でそう告げれば、ニヤリと不気味に微笑んだ健。
「やっと、『うさぎちゃん』を紹介してくれる気になったか」
「バーカ。……仕方なくだよ、仕方なく。こんな格好で、自分のクラスになんて行けるわけねぇだろ?」
「しっかしまぁ、よく化けたもんだよな……。事前に聞いてなきゃ、瑛斗だって気付けねぇよ」
感心したように俺の全身を眺める健を他所に、近くにいる大和に向けて軽く目配せをする。
すると、それに気付いた大和が彼女を連れて美兎ちゃん達へと近付いた。
「2人共、いらっしゃい。俺は瑛斗の友達の大和で、こっちは彼女の香奈《かな》。よろしくね」
「……あっ、柴田美都です。よろしくお願いします」
「初めまして、香川衣知佳です。彼女さん……綺麗ですね」
そんな会話を交わし始めた大和達に安堵すると、再び健に視線を移してポンッと軽く肩を叩く。
「今日は、よろしくな」
「おうっ。この俺様に任せろ」
俺に向けてニカッと笑ってみせた健に、何故か一抹の不安を感じる。……いや、きっと気のせいだ。
「——俺は健。よろしくねっ! うさ……あ、やばっ。……ミトちゃんと、イチカちゃん?」
(おい……っ! お前今、『うさぎちゃん』て言おうとしただろっ!)
ヘラヘラヘラと笑っている健に、軽い殺意を覚える。やはりこいつは、油断ならない。なんといっても、俺以上にアホなのだ。……そして、誤魔化し方がど下手くそ!
(やば、って何だ! やばっ、て! ……そんな下手な誤魔化し方があるかよっ! クソバカ野郎が……っ!!)
ピキリとこめかみに青筋を立てると、そんな俺の気配に気付いたのか、健は慌てて近くにあったメニューを手に取った。
「2人共、クレープどれにするー? 俺のオススメはね、俺考案の和風モンブラン! ……因みに、1番人気はやっぱりチョコバナナ!」
「え〜っ。どれにしよう……。こんなにあると迷っちゃうねぇ、美兎」
「うん。どれも美味しそぉ……」
あーでもない、こーでもないと悩んでいる美兎ちゃんを見て、その可愛さから俺の顔は瞬時に蕩けた笑顔を見せる。
そんな俺の様子をチラリと横目に見た健は、ホッとしたかのように小さく息を吐いた。
流石は、高校からの付き合いの健だ。俺の扱いを少しは心得ているらしい。
それはそれで何だか癪《しゃく》に障《さわ》るが、ここは一つ、美兎ちゃんの笑顔に免じて許してやろう。
「あの……。この、スペシャルって何ですか?」
「あー、これ? これはねぇ……。フラフープ3分間チャレンジ! 成功したらお好きなクレープどれでも1つ無料! しかも、生クリーム増量サービス付きっ! てやつ」
「えーっ、凄い! 無料だって、衣知佳ちゃん!」
「確かに凄いけど……。フラフープ3分間って、一度も落とさずに3分でしょ? ……ちょっと、無理じゃない?」
「うーん……確かに。1回できるかどうかも怪しいかも……」
クレープ屋でフラフープなんていう、全くもって意味不明な怪しい勧誘に惑わされている美兎ちゃん。
そんな事しなくたって、最初から俺が奢るつもりだ。クリーム増量だって、ちょっと健を脅せばいいだけの話し。
だが、ちょっと見てみたい。
優雅に舞い踊る美兎ちゃんは、さぞかし美しい事だろう——!
「チャレンジは無料だし、1回やってみる?」
そんな健の提案で、フラフープにチャレンジしてみる事となった美兎ちゃん達。
「きゃ……っ! あ〜んっ。1回もできなかったよぉ〜」
「…………」
俺の期待も虚しく、一瞬で終わりを迎えたフラフープチャレンジ。
瞬きをしていたら間違いなく見逃していただろうそれは、開始と同時にストンと下へと落ちた。
流石は小悪魔ちゃん。焦らしプレイがお上手だ。
そんな美兎ちゃんも、激しく愛しい。
「残念だったねー、2人共。もう1回チャレンジしてみる?」
「うーん……。出来る気がしないです……」
「私も……」
しょんぼりと落ち込む美兎ちゃん。
残念ながら、何度チャレンジしてもきっと無理だろう。諦めるのは賢明な判断だ。
落ち込む美兎ちゃん達にクレープを買ってあげようと、財布を取り出した——その時。健が口を開いた。
「瑛斗にチャレンジしてもらったら?」
「……え? いや、俺は普通に——!!?!!?」
普通に買ってあげる。そう答えようとした俺の目に飛び込んできたのは、美兎ちゃんからの焼け焦げる程に熱い視線。
(そ……っ、そそそ、そんなに情熱的に……俺を、見つめて……っ)
「瑛斗先生……。お願い」
(ガハァァァア…………ッッ!!?♡!!♡!!?♡)
その衝撃的な可愛さを前に、足元からガクリと崩れ落ちそうになる。それを近くにあったパイプを掴んで必死に堪えると、俺は空いた片手で吐血した口元をひっそりと拭った。
突然のおねだりとは……反則技もいいところだ。どうやら、美兎ちゃんは俺を殺す気らしい。
「……でっ、できるかなぁ?」
フラフープなど微塵もやる気はなかった俺だが、こんなに可愛くおねだりされてしまっては、やらない訳にもいかない。
ましてや、可愛い可愛いハニーからのお願いとあっては、断るなんて選択肢は——俺にはない!
そして、やるからには全力だ。
ここは一つ、カッコイイ姿を見せてアピールする最大のチャンスでもあるのだ。
「……じゃ、3分なっ。瑛斗、がんばれ〜!」
そんな健の声を聞きながら、フラフープ片手に闘志を燃やす。
「それじゃ……スタートッ!」
(しゃらくせぇーーっっ!!! フラフープごときに、俺が負けるかぁぁあーー!!! ……こんなもん、セッ◯スと同じだぁぁあーー!!! グハハハッッ……!!!)
脳内で高らかな笑い声を響かせながら、全力で腰を前後させてフラフープをぶん回す。
当初は余裕に思えた3分間も、やってみると予想以上に長く感じる。だが、負ける訳にはいかない。
これも、いつか迎えるであろう、美兎ちゃんとのパンパンの練習だと思えばいいのだ。
(そう……っ。全ては、愛の為に——!)
不純な妄想と美兎ちゃんへの純粋な気持ちを抱きながら、地獄のように長く感じる3分間を乗り切った俺。
息の上がった呼吸を整えながら、鈍痛を訴える腰をそっと抑える。どうやら、全力でやりすぎたらしい。
「——瑛斗先生、凄いっ!」
「……アハハッ。なんとかクリアできたよ。クレープ、良かったね」
「うんっ! ……ありがとうっ!」
美兎ちゃんのこの満面の笑顔を見る限り、どうやら無事に俺の愛は証明されたようだ。
この笑顔と引き換えなら、負傷した腰の痛みなど容易いものだ。
「あー、ちょっと待って。賞状もあるから。今、用意するわ」
そんな事を言いながら、段ボールから1枚の紙を取り出した健。ささっと何やらマジックで書き足すと、出来上がった紙を俺に向けて差し出してくる。
「……盛りのついた犬みたいで、クッソうけたっ」
俺の耳元でそう告げた健は、ブフッと吹き出すと必死に笑いを堪える。
そんな健には殺意が湧くが、これも美兎ちゃんとの思い出だ。賞状はありがたく受け取って、後生大事に部屋にでも飾るとしよう。
これは言うなれば、美兎ちゃんへの”愛の証明書”みたいなものなのだ——。
「すごーい! 賞状まであるんだぁー!」
健から賞状を受け取る俺を見て、キラキラと瞳を輝かせる美兎ちゃん。
(……そうさっ! これは、うさぎちゃんと俺との……っ、愛の証明書なんだよっ♡♡♡♡)
これはもう——婚姻届と言っても過言ではないだろう!
喜びから鼻の下の伸び切った不気味な笑顔を見せる俺は、健から受け取ったばかりの賞状——もとい、”愛の証明書”を確認する。
「…………」
(ぶっっっ、殺す——!!!!!!!)
途端に般若へと変貌した俺は、手元の賞状を地面へと投げ捨てた。
そこにあるのは、【犬みたいだったで賞】と書かれた賞状。
(神聖なる俺達の”愛の証明書”を汚した罪は、その命を以って償ってもらおうじゃないか……っ!!! 覚悟しろよ……健っっ!!!!)
楽しそうに俺の美兎ちゃんと話している健を見て、脳内で悪魔のような笑い声を響かせる。
——こうして、儚くも消えていった美兎ちゃんとの”愛の証明書”。 その後、悪魔の分もやらない訳にはいかず、計6分間にも及ぶ全力フラフープチャレンジに挑んだ俺。
翌日から、3日間に渡って腰痛に苦しむことになるとは——まだ、この時は誰も知らない。
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