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nappa
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8月の暴力的な陽光も、あしかがフラワーパークの広大な緑の中に踏み込めば、少しだけその牙を収めたように感じられた。
だが、俺の心には、アスファルトの照り返しよりも過酷な「時計の音」が響いている。
彼が望んだ「終わりの日」であり、俺が彼との約束を果たす日だ。
タイムリミットは、着実に、一刻一秒と近づいている。
シズカ「……あら、見てくださいな。
この時期でも、これほど見事な緑を維持されているなんて。
管理されている方々の執念を感じますわね」
シズちゃんがパンフレットを扇子代わりに仰ぎながら、感嘆の声を上げる。
庸介「……。
……土壌の湿度管理が完璧ですね。
この規模で、この猛暑……。
マルチングの厚さも計算し尽くされている」
パークに足を踏み入れた瞬間、庸介くんの瞳に、わずかながらの「熱」が宿った。
彼は無意識に、首元のざっくりとした襟を指で弄りながら、視線を鋭く走らせる。
庸介「あっちの藤棚……今は緑のトンネルですけど、剪定の仕方が独特です。
来春、花が1番美しく垂れ下がる角度を、今の段階で誘導している……。
……凄いな。この迷路の作り方、僕の理論よりずっと……」
彼は、俺がかつて奪った「未来」の代わりに彼が見つけた「救い」……植物の世界に、のめり込むようにして語り出した。
天利「(……。
シズちゃんの言う通りだ。
植物を語る時の彼は、ただの『光』を求めているだけの青年に見える)」
だが、俺がその横顔を見つめるたび、左腕の『蜘蛛』が疼く。
彼を殺すと決めている俺が、彼の語る「生」の理論を、誰よりも眩しく感じているなんて。
シズカ「庸介さん、あそこのバラ園の方へ行ってみませんか?
……天利さん、私たちをエスコートしてくださるのでしょう?」
天利「ああ、もちろんだよ。
……ほら、庸介くん、シズちゃんに置いていかれるぞ」
俺は、まるで普通の家族か、歳の離れた兄弟のように振る舞う。
薔薇の迷宮。
庸介くんが、かつて父親と手を繋いで歩いたという「夢の残滓」。
今の時期、薔薇の盛りは過ぎているはずだが、それでも大切に育てられた四季咲きの品種たちが、誇り高く花を咲かせていた。
庸介「……。
……父は昔、薔薇の迷路を見て「綺麗だ」と言ったんです」
迷宮の中、蔓薔薇のアーチの下で、庸介くんがポツリと漏らした。
庸介「顔を合わせることは少なかったけど、宴席で「期待している」とか「必ず跡を継がせる」とか……。
だから愛されていると……そう信じていたんです……。
でも、父にとって大事だったのは僕でも母でも組でもなかった……」
彼は、棘のある薔薇の茎に触れそうで触れない、絶妙な距離で指を止める。
庸介「……天利さん。……僕の気持ちは変わってませんよ……
いつか、必ず……」
「僕を終わらせてください」
その言葉を、彼はシズちゃんの背中を見つめたまま飲み込んだ。
天利「(……。
卒業まで、彼が4代目を襲名するまであと、どれくらいだ?)」
シズカ「……天利さん。何を立ち止まっていらっしゃいますの?」
シズちゃんが、迷路の角から振り返る。
彼女の背後には、夏の入道雲がそびえ立ち、その光があまりに強すぎて、彼女の輪郭が白く発光しているように見えた。
シズカ「迷路は、出口があるから楽しいのですわ。
……もし出口が見つからないのなら、私が新しい道を作って差し上げます」
そう言って迷路の図面をノックする。
シズカ「……庸介さんも、天利さんも。
私の『軍法』は、敗北を知りませんもの」
上品な口調とは裏腹に勝気な声色と笑みを浮かべる彼女は、俺たちが抱えている「死の約束」を、すべて承知の上で笑っている。
その強さが、今の俺には救いだった。
天利「……。
ああ、そうだったね。
軍師の言うことには逆らえないや」
俺は、サマーニットの袖をもう1度整え、『守り人の腕章』を隠した。
庸介くんが自分の道を決めるその日まで、俺は彼の「土台」であり続けよう。
そして、シズちゃんが「灯台」として彼を出口へと導くのを、俺はこの手で守り抜く。
たとえ、その結末が、俺の手をさらに汚すことになったとしても。
天利「さあ、次は温室の方に行こうか。
……庸介くん、プロの解説の続き、頼むよ」
シズカ「行きましょう?」
俺は庸介くんの背中を叩き、シズちゃんは庸介くんに手を差し伸べる。
俺たちは、再び歩き出した。
天利「(……もし、あの惨劇がなかったら、俺たちはこうして歩けたんだろうか)」
セミの時雨が、まるで終わりのカウントダウンのように降り注ぐ中、それでも3人の足音は、確かなリズムで夏の土を叩いていた。
温室の自動ドアが開いた瞬間、暴力的な直射日光に代わって、重苦しく、それでいてどこか生命の律動を感じさせる湿った熱気が俺たちを包み込んだ。
レンズが曇るほどの湿度の中、色鮮やかな、けれどどこか毒々しい熱帯の花々が俺たちを見下ろしている。
庸介「……熱帯の植物にとって、この過酷な環境を生き抜くのは『戦争』と同じです。
彼らはただ美しく咲いているわけじゃない。
他者を出し抜き、利用し、時には守ることで生き長らえている」
温室の奥、巨大なガジュマルの樹の下で、庸介くんがその逞しい根に触れながら静かに語り出した。
庸介「例えば、着生植物。
彼らは高い場所にある光を求めて、宿主にしがみつきます。
……一見、奪っているように見えますけど、実は宿主の樹皮を守り、水分を保つ役割を果たすこともある。
……自分が生き延びるために、自分を支える『土台』を必死に守り抜こうとする生存戦略です」
その言葉に、俺の胸の奥がチリッと焼ける。
天利「(……しがみつく、か)」
俺がシズちゃんという光にしがみつき、彼女を『お城』に閉じ込めてでも守ろうとしているのは、俺自身の生存戦略に過ぎないのかもしれない。
あるいは、俺という汚れた土台の上で、庸介くんという苗が必死に栄養を吸い上げようとしている、この歪な関係そのものだ。
シズカ「……持ちつ持たず。
一方的な搾取ではなく、共生こそが、この厳しい自然界での『勝ち筋』ということですわね」
シズちゃんが感心したように頷く。
庸介「……でも、度が過ぎれば宿主を絞め殺してしまうこともある。
……愛と殺意は、この世界では紙一重なんです。
……天利さん。あなたが僕を守るのも、いつか僕に……」
その時だった。
温室のガラス屋根を透過する光が、不自然なほど急激に色を変えた。
コメント
1件
読み終わりました…。フラワーパークの描写がすごく美しくて、でもその奥に「終わり」のカウントダウンがずっと流れてる感じが切なかったです。庸介くんが植物の生存戦略を語るシーン、それがそのまま彼自身や天利さんの関係に重なって見えて、じんときました。シズカさんの「出口がないなら私が道を作る」って台詞、すごく強くて頼もしくて…でもその強さがかえって、これから起こることの重みを感じさせます。3人の足音が確かに地面を叩いている描写、好きです。次が気になります…🌙