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『私には妹がいたんだ』
ソレールはそう言った。過去形で語るということは、もうここには居ないのだろう。それはこの王都にか。それとも、現世にか。
アネモネはソレールに手を握られたまま考える。
背後では花火がまた打ち上げられた。火薬の炸裂音は空気を震わせ、街に歓声をもたらす。
でも、なぜか今のアネモネには、その音がやけに遠くで響いているように感じた。
「もともと生まれた時から病弱だったんだ。医者には10年も生きられないと言われていた。本人のそのことを知っていたけれど、気丈に振る舞っていた。外に出ることは叶わない身だったけれど……私や兄たちが語る外での出来事を嬉しそうに聞いてくれた。いつか外に出て、釣りと木登りをするって事あるごとに口にしていた。結局一度も……できなかったけどね。でも、妹は医者が決めた余命より少しは長く生きてくれたんだ……」
尻すぼみになったソレールの言葉で、彼の妹が後者であったことを知る。アネモネは掛ける言葉が見つからなかった。
そっとソレールから手を離し、身体の向きをもとに戻して空を見つめる。
この光景を目にした大多数は、ただただ美しいと思うのだろう。
夏の終わりを感じて、豊作の秋を祈るのだろう。でも同じ光景を目にしても、そう思えない人もいる。
「花火は鎮魂の意味もあるそうだ」
「……そうなんですね」
背後から降ってきた言葉に、少し悩んでアネモネは、ありきたりな相槌を打った。それしかできなかった。
声の主はそれを不服と捉えなかったようで、穏やかな口調で言葉を続ける。
「もし私が死んだなら……」
「うん」
「さっさと自分を忘れて欲しいな」
「な、なんで?!」
さらっと紡がれたソレールの言葉が理解できなくて、アネモネは勢いよく振り返った。
食い入るようにソレールを見つめる。勢いあまって膝立ちになったアネモネは、両手でソレールの頬を包んで、鼻先がくっつく程に顔を近づけた。
どれだけ目を凝らしても、彼の茶褐色の瞳には強がりとか、嘘が無い。
ますます困惑するアネモネに、ソレールは「何もそこまで驚かなくても」と言いたげに、肩をすくめる。
「そりゃあ、死んだあとメソメソ泣かれたって、私にはどうすることもできないからね」
「……」
アネモネは愕然とした。そんな発想を持った人間がいるなんて想像すらできなかった。
死にゆくものは、皆、自分の存在が消えることが恐ろしくてならないと思っていた。だからこそ、紡織師という職業が存在すると思っていた。
今、ソレールは、自分の仕事を全否定したのだ。
そりゃあないだろうと紡織師として思う反面、アネモネ個人としては、すとんと胸に落ちる言葉だった。
膝立ちしていた身体も、すとんとソレールの膝に落ちる。
「自分の存在が死んでからも相手を縛るものなら、忘れて欲しい。泣くくらいなら、笑って欲しい。まぁ……実際にはそうはいかないものだけどね」
最後の言葉は、さっき語ったのと矛盾しているが、それも嘘偽りないソレールの本心なのだろう。
他人の手によって自分の存在が消えるのと、死んでしまったあと忘れ去られるのは、どっちが辛いのだろう。
アネモネはソレールの頬から手を離して、その2つの答えを探す。
似て非なるそれらは、とても難題で……気付けば目を閉じていた。
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