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「――すまない、レティシア! 僕との婚約を、解消してほしい!!」
「……はい?」
私、レティシア・シャルム・ウェストンは幼馴染で婚約者のハインリヒ・ロクス・ウォレックの屋敷に突然招かれて早々、そんなことを告げられていた。やや驚いて、持っていたカップの中身が揺れてしまう。
「えっと……なんでまた、突然そんなことを? ……あー、誰か好きな人ができた、とか……そういうこと?」
「いや、別にそういうわけではないんだが……」
ハインリヒは視線を泳がせつつ、そう言う。どうも歯切れが悪い。まあ、別に問い詰めるような状況でもないので、私は彼の言葉を待つことにした。
「えっと、その……今のうちに、君にはっきり言っておきたいことがあって……」
「ええ」
「……君は妻にしてはたくましすぎる!! 僕はもっと、可愛らしい女性が好きなんだっ!」
「…………はい??」
ハインリヒが顔を赤くして告白する。彼にすれば、今のはそれくらい恥ずかしい宣言だったらしい。
まあ客観的に見て、彼の言うことも一理ある。私は公爵の家に生まれたものの、家には女の子しか生まれなかった。両親はよりよい男性を家に迎えられるよう、私にあらゆる教育を施してくれた。貴族社会での一般教養に始まり、魔術に数学、自然科学、語学、繊維や宝石、食べ物に関する知識、その他にも爵位を持つ家系には本来不要な、調理や掃除などの家事に関する技術まで。個人的に、もしものときの剣術まで学んできた。それを幼馴染であるハインリヒの目線で考えれば、確かに「たくましい」と評価するのも頷ける。
「……なるほど。ちゃんと言ってくれて、ありがとう。ハインリヒの好みはよく分かったわ。あなたがそこまで言うなら、私もできればそうしてあげたいんだけど……」
「……けど?」
「お父様とお母様が、納得してくれるかどうか……」
ハインリヒは侯爵の家に生まれていて、両親から見ても婚約者として納得の家柄だった。その両親が今みたいな理由で婚約破棄して、納得してくれるとは到底思えない。
でも私の言葉を聞いて、ハインリヒは顔をほころばせた。何か策があるらしい。
「それは、多分大丈夫。えっと……これも少し、言いにくんだけど……」
「ええ」
「……君の妹、セレスシアと婚約したいと思っている」
「ああ、そういうこと」
私の妹セレスシアは私とは対照的に、必要以上の教育を受けていなかった。そのおかげもあってか、外見や雰囲気も客観的に見て、非常に可愛らしいと思う。姉として贔屓する部分を差し引いても、本当にそう思う。
「いいじゃない。じゃあ、そうしましょうか。……まあ、ここにいないセレスシアの話を勝手に進めることだけは、気が引けるけど……」
「君から見て、どう思う? セレスシアは、婚約してくれるだろうか……?」
「多分大丈夫よ。あの子もあなたのこと、慕っているし」
「そ、そうか……」
ハインリヒはほっとした様子で微笑んだ。長年付き合いがあるとはいえ、不安があったんだろう。
「じゃあ三人には、今の感じで話をしてみるから。ハインリヒも、おじ様やおば様に相談しておいてね」
「分かった。……本当にすまない、レティシア」
「いいのよ。こんなこと言ったら、あなたは傷付くかもしれないけど……全然気にしてないから。むしろ今は、幼馴染のことをしっかり応援したいって思ってる」
「そうか……ありがとう」
私は嬉しそうな表情のハインリヒに見送られ、ウォレック邸を後にした。
✕ ✕ ✕
その後は私の思っていた以上に、スムーズに事は進んだ。
両親はそういうことならと納得をしてくれたし、セレスシアもぜひお受けしたいですと晴れやかな表情を見せてくれた。
私とハインリヒは正式に婚約関係を解消し、そして新たにハインリヒとセレスシアの間で婚約が結ばれた。まあよその家から見たら私はとんだ笑い者だけど、私はハインリヒに言ったとおり全然気にしていなかった。むしろ幸せそうなハインリヒとセレスシアを見て、彼の言うとおりにして本当に良かったとすら思った。
けれどそうなってくると、私は今後の人生、家系の重荷から完全に解放されたことになる。つまり極端な話、何をしてどう生きていっても自由――ということになる。突然そんな状況になって、私は少し悩んでしまった。まさかこうなるとは、思っていなかったし。
そんなとても贅沢な悩みを、私はウェストン家の執事、ライルに相談した。
「まあ確かに……レティシア様のおっしゃるとおり、随分と贅沢な悩みではありますね」
「そうなの……うーん。どうしようかしら……」
「……執事程度の意見ではありますが。お好きなことをされてみてはいかがでしょう?」
「好きなこと?」
「レティシア様のお好きなことなら、何でもかまいません。この先の長い人生、楽しく過ごしていくなら、少しでもお好きなことをされたほうが、レティシア様の人生にとっては、有意義ではないかと……」
「そう……あなたも、これまでの人生でそう思うことがあった?」
「そう、ですね……私の場合は好き、というよりは、得意……といったほうが、正確でしたが」
遠い目をして、ライルは言う。実は私の剣術の先生は彼で、詳しくは聞いたことがないけれど、その実力からして彼が相当な研鑽を積んだことは、疑いようがなかった。多分、彼はこのことを得意……と表現したのだろう。
私は彼のアドバイスに従って、自分の好きなことについて振り返った。そしてすぐに、剣を振るう自分の姿が脳裏に浮かんだ。剣術を駆使する職業は、どれも危険だ。でも、その分やり甲斐にも満ちている。この先の人生でかなりの時間、そういった仕事をする私の姿に、私自身、違和感がなかった。
「……うん。私、決めたわ。私、王国騎士団に入る」
「そう、ですか」
「ええ。いくつか試験があるから確実……というわけではないけど。もしパスできたら、そのまま入団するつもり」
「レティシア様の実力でしたら、試験はまず大丈夫でしょう。その先は、あなた様の努力次第です」
「あなたがそこまで言ってくれるなら、安心ね。……あ、そうだ。このこと、お父様とお母様には、しばらく黙っていてくれる? 一応危険な仕事だし、今不要な心配はさせたくないから。ただ、あなたが言うべきと思うときがもし来たら、話してもらって大丈夫よ」
「承知いたしました。私ももうこんな老いぼれですが、もし何かできることがありましたら、手紙などいただけますと……」
「ええ、遠慮なくそうさせてもらうわ」
その後、私は家を出ることだけ両親に伝えて、すぐにアルザリオン騎士王国の王都、エーテリオンに向かった。
アルザリオン騎士王国。その昔、十二人の騎士を従えた男が建てた王国。王国にはその頃の伝統が今も残り、国を守護する十二の騎士団と、そのトップたる十二人の騎士団長が存在している。彼らは国民の羨望を一身に受け、この国を守る最強の剣として、日夜この国の守護に当たっている。
私は王都へ到着すると、その騎士団へ入るべく、定期的に行われている入団試験へ申し込んだ。筆記試験、実技試験、どちらも手応えばっちりで、あっさりとパスできた。その後は本人の希望や適性、各騎士団の募集状況などに応じて、入る騎士団が割り振られる。特に目的の騎士団もなかった私は、希望を出さずに騎士団に選定を任せることにした。そうして私はしばらく、王都の宿屋で騎士団からの連絡を待つことになった。
✕ ✕ ✕
アルザリオン騎士王国の現国王、メイリアス・レガリス・アルザリオンより称号『烈火』を賜った新米の騎士団長、アランフェルト・ケイオスは見るからに緊張していた。
それもそのはず、騎士団長のみで構成される組織『円卓』より会議の招集があったのである。まだ数えるほどしかそれに参加していないアランフェルトに、緊張するなと言うのもやや無理があった。
最も早く、文字どおり円卓のある会議室へ到着したアランフェルトは、そこでじっと、面々の到着を待った。
すぐに黒い長髪をなびかせる男性、『千紫』の騎士――ベルサリウス・ラドフォードが到着する。アランフェルトは立ち上がり、お辞儀をしようとしたが、それをベルサリウスが手で制した。丸眼鏡の奥にあるベルサリウスの穏やかな眼差しを受けて、アランフェルトは立ち上がりかけた体を、再び椅子へ預けた。一応同格であるし、そこまで丁寧にする必要もないかとアランフェルトは考えを改める。その後はぞくぞくと、会議室へ騎士団長たちが集まり始めた。
長い白髪を蓄える老人、『静寂』の騎士――ガイスト・エクスカリオン・イグレイン。
灰色の髪と凜々しい表情を持つ青年、『孤高』の騎士――ヨークウェル・サイフリード。
灰色の髪の巨漢、『不動』の騎士――ライオス・グラストン。
長く赤い髪の女性、『断絶』の騎士――アストリッド・リオネス。
白髪の少年、『氷結』の騎士――ミストル・ユリースライト。
長い金髪と二本の長剣を持つ青年、『幻夢』の騎士――ネスライン・モンテセント。
巨大な剣を携える赤髪の男、『雷轟』の騎士――レブラン・グランディオ。
刺突剣と金髪を持つ妙齢の女性、『閃光』の騎士――セシル・プリマス。
腰の短剣と褐色の肌が目を引く青年、『流麗』の騎士――ジーク・カレオン。
そして時間ギリギリにやってきた、長い亜麻色の髪を持つ男、『至芸』の騎士――コンラット・ブランウェンの登場で、騎士団長全員がその場に揃った。全員起立し、手を胸に当て、同時に宣誓する。
「我らの剣と誇りは、王と民のために。栄光と矜持は、騎士と我ら自身のために……」
様々な年齢、性別、人種の声が、綺麗に揃い、そう言った。騎士団長たちは全員着席し、そして会議が始まる。
「……そういえば。一つ些細だが、困ったことがある」
通常の議題をあらかた消化したのち、ガイストの発言で会議はしんと静まりかえった。
ガイストの視線を受けて、ライオスが続く言葉を引き継ぐ。
「あの件ですね……知っている者もいるかとは思うが、先日の騎士採用試験を公爵家の令嬢が受験に来た」
「で、受かっちゃったと」
アストリッドが意外そうな顔でそう言う。
「そうだ。騎士団は基本的に、試験をパスした者の入団を拒めない。だが、試験をパスできる技量の持ち主とはいえ、一応は公爵家の人間だ。今後、騎士団内で何かが起こり、公爵家との問題に発展するような事態は、避けなければならない」
「それじゃあ……どうするの?」
冷静な表情を崩さないライオスに、アストリッドが意地悪く告げた。沈黙を守るライオスに変わり、今度はネスラインが口を開く。
「……すまない、アラン。この件、円卓は君に頼みたいと思っている」
ライオスの発言以降、硬い表情をしていたアランフェルトは、内心やっぱりそうかと得心した。騎士団長となってまだ日の浅い彼は、周囲から色々と新規の案件を振られることが多かった。面倒くさがっていると言ってしまえばそれまでだが、先達の騎士団長たちはすでに複数の案件を抱えていて、それ以上対応することが難しい……というのが実際のところだった。もちろん、アランフェルトが騎士団長として暇をしているということもないのだが。
「構いません。お引き受けします」
いつものことだなと思いつつ、アランフェルトはそう言葉を返した。
「助かるよ。これと一緒に、君の実績になる警備任務も頼ませてほしい。詳細は後ほど、資料で共有する」
「分かりました」
今回はギブだけでなくテイクもあるのかと、アランフェルトは少し胸を撫で下ろす。騎士団長は、騎士職としては言葉どおり最上位のものであり、それ以上の階級は存在しない。そのため騎士団長としての格を上げる、保つための業務といったものが、騎士団長全員に必要だった。気を持ち直したアランフェルトは気持ちを切り替え、残る会議に集中していくのだった。
会議を終え、騎士団長の面々は通常の業務に戻っていく。そんな中、コンラットがアランフェルトに近づき、声をかけた。
「新人は大変だな」
コンラットは苦笑いを浮かべる。アランフェルトは彼が自分を気遣ってくれていると、よく分かっていた。騎士団長となる前、アランフェルトはコンラットの騎士団に所属しており、長い間、上司と部下として関係を深めていた。そんな彼の言動がどんな意味を持っているのか、アランフェルトは他の騎士団長の誰よりも詳しかった。
「そうですね。でも、あなたのときもそうだったのでしょう?」
「もちろん、ずっとそうさ。我々は誰もが非常に忙しい。むしろあの程度の厄介事を任されるのは、幸運とも言える。もっと厄介な案件は山ほどあるからね」
コンラットは苦笑を深くした。騎士団長同士とはいえ、お互いに知らない情報も多い。今は言えない案件を抱えているのだろう、とアランフェルトは考えた。
「今回の件も見返りがあるとはいえ、気を落とさないことだ。ネスラインも適当に君に任せるような男じゃない。君はちゃんと選ばれて、信頼されているよ」
「……はい。ありがとうございます」
「困ったら、また気軽に相談してくれ。それじゃ、健闘を祈る」
手をひらひらと振って、コンラットはその場をあとにしていく。アランフェルトは背を向けた彼に、軽く頭を下げた。
✕ ✕ ✕
無事配属先が決まった私は、入団式を迎えていた。動きやすさ重視で、長い髪もポニーテールにして臨む。周囲の好奇の目が気になるけど、気にする必要はない。だって私は、私の実力でここにいるんだもの。文句があるなら、剣を交えて解決すればいい。
騎士団の寮に荷物を移動させ、指示どおり所属先からの迎えを待っていると、にわかに階下が騒がしくなった。部屋を出て様子を見に行こうか悩んでいると、足音がこちらへ近づいてくる。それは私の部屋の前で止まり、すぐにドアがノックされた。
「はーい」
ぱたぱたと駆け寄り、ドアを開けると、そこに黒髪の男性が立っていた。多分、初対面。かなり若く、短い前髪の奥に見える青い瞳が美しい。顔もかなり整っていて、モテるだろうなぁとなんとなく思った。彼の硬い表情を見るに、緊張……しているように思う。
「……レティシア・シャルム・ウェストンさん、ですか?」
「はい、私がレティシアです」
私の言葉を聞いて、彼はまた少し緊張を深くしたようだった。彼は一呼吸置くと、ゆっくりと口を開いていく。
「烈火の騎士団より、お迎えに上がりました。騎士団長の、アランフェルト・ケイオスと申します」
「は? えっ……騎士団長、様…………?」