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「えっと……わざわざ騎士団長様にお迎えいただけるなんて、大変光栄です。でも、どうしてこのようなことを? もしや入団する騎士全員へ、このような出迎えを……?」
私は目の前の騎士団長、『烈火』の騎士――アランフェルト様にそう尋ねた。騎士団長とは、文字どおり各騎士団の頂点に君臨する存在だ。一般の団員ですら、頻繁に会うことは難しいと聞いたことがある。そんな方が、新人の私をわざわざ迎えにきてくれた……のだろうか?
「いや……そういうわけでは、ない。……試験の結果を見た。君には才能があるようだ。だから私の騎士団で、私が直接指導することになった。だから私が迎えに来た、というわけだ」
彼はゆっくりと、一言一言考えつつ、疑問に答えてくれたように見えた。緊張もあるとは思うけれど、何か言葉以上の思惑がある――そんなふうに私は感じた。でも、今は別にそれでいい。
「分かりました。まさか騎士団長様に直接ご指導いただけるなんて、本当に嬉しいです! 一日でも早く一人前の騎士になれるよう、誠心誠意、努力します」
「……期待しているよ」
そう言って、彼はふっと視線を逸らす。今思えば、最初からずっと、彼はそんな態度だったように思う。どうしてだろう?
「さっそく一つ、質問があるのですが。今後師弟となるにあたり、今のうちからわだかまりのない関係を築いていきたいです。だから一つ、聞かせてください! 私をちゃんと見て話さないのは、どうしてですか?」
私の疑問をぶつけられた彼は、呆気に取られたようだった。すぐに彼は照れたように視線を外すと、恥ずかしそうに控えめな声で答えを教えてくれた。
「……君の言うとおり、私も師弟として正直な関係でありたいと思う。だから君の質問に答えようと思うのだが……どうか笑わないで聞いてほしい。その……君が美人で緊張しているんだ」
「えっ……あ、なんだ。ふふっ……そんなことですか」
思わず笑ってしまって、急いで口元を押さえた。恥ずかしそうに頬を掻きながら、アランフェルト様は続けた。
「私は家族が男ばかりでね、身近に年の近い女性もいなくて。女性への対応に、慣れていないんだ。……それにほら、見てのとおり、騎士団は基本、男ばかりだろう? だから慣れる機会も、あまりなくてね」
「ではこの機会に、私で慣れていただければ! ご指導ご鞭撻、よろしくお願いしますね」
私はそう言って、手を差し出した。アランフェルト様はまだ少し緊張した様子で、そっと私の手を握り返してくれた。
そうして、私はアルザリオン騎士王国の『従士』となった。
王国の騎士階級は全部で七つ。上から騎士団長、副団長、騎士長、卓騎士、正騎士、準騎士、従士だ。入団したては、全員一番下の『従士』から始めることになる。見習いの中の見習い、という扱いだ。騎士として一人前になるには、まず正騎士を目指さなければならない。そのためには日々の訓練や騎士業務の中で、少しずつ実績を積み上げていく必要がある。だから毎日の指導も、まったく気が抜けない。まあ、抜く気もさらさらないんだけど。騎士になって、毎日楽しいし。
入団希望者をふるいにかける実技試験で、私の実力は把握しているものの、アランフェルト様――師匠は基礎を一から教え直してくれた。あるときは座学にて、
「――レティ、騎士団の誇る『アルザリオン流剣術』は何故強い?」
「はい、『アルザリオン流剣術』が完成するまで、一般的な剣士は完全に魔術師に遅れを取っていました。そこで編み出されたのが、『繋術』です」
レティシアだとちょっと長いので、レティと呼んでほしいと私が師匠にお願いした。
「魔力の貯蔵先である内蔵、『繋臓』から魔力を空間ではなく肉体に作用させることで、莫大な運動能力を手に入れることができる『繋術』。それを剣術に応用したのが、『アルザリオン流剣術』になります。つまり――」
「――アルザリオン流剣術を用いれば、空を飛び、火や水を操る魔術師とも対等以上に戦うことができるだけの戦闘力を、一個人が手に入れることができる……そのとおりだ」
あるときは実戦訓練にて、
「――レティ、今日の訓練は剣術の使用を許可する。ただし、基礎の剣術八種のみを用いること。分かったか?」
「はいっ!」
訓練用の木でできた長剣を、私は低く構えた。胸の下の繋臓を意識し、魔力を全身に行き渡らせる。
「……行きます!」
――アルザリオン流剣術『縮地』と『刺突』。軽く地面を蹴り、一瞬で師匠との距離を詰める。そのまま下から上へ、師匠の首を狙い、切っ先を高速で突き上げる。それを、師匠は軽く首を逸らすだけで避けてしまう。避けられたと認識するのと同時に、師匠は剣の腹で私の手首を叩く。衝撃で剣を握る指が緩み、その場へ落としてしまう。勝負は一瞬だった。師匠は本気の私を、わずかな繋術だけでいなしてみせた。流石に圧倒的な実力差を感じる。
「剣術の使い方は悪くなかった。首を狙うのも、悪くない判断だ。手練れでなければ、刺突が首を狙っているのか、心臓を狙っているのか、一瞬で判断するのは難しい。……アドバイスだが、相手が重装備の場合は心臓の下、繋臓を狙うといい。繋蔵を剣術で揺さぶるだけでも、その後の繋術に少なからず影響がある。覚えておくように」
「はい、ありがとうございます!」
「……やはり、君には基礎がしっかりと備わっているだけでなく、剣の素質もあるようだな。入団時点で基礎の剣術全てを扱える者は少ない」
「昔から剣術は好きで、色々と教えてもらってました。他にもいくつか、上位の剣術を使えます。……あっ! あと魔術も嗜む程度ですが、心得があります」
「それはいい。騎士団は魔術の知識がある者が、極端に少ない。何かあれば、頼らせてくれ」
「はいっ」
あるときは書類作業のお手伝いにて、
「聞いてはいましたけど……事務作業もそれなりにあるのですね」
騎士団の庁舎、騎士団長室で、私は紙の束と向かい合っていた。
「すまない。君に手伝わせる気はなかったんだが」
「いえ! これをパパッと終わらせれば、私を訓練していただく時間も増えますから。任せてください! こういう作業も、私得意ですよ」
国民や別組織からの要望書、予算の管理やその処理、果ては団員の給与の管理まで、紙の仕事は多岐に渡った。まあでも、私も花嫁修業として色々なことを学んできているので、これくらいなんてことない。私はすぐに書類の不備を見つけて、師匠に報告する。
「この書き方だと、別の組織へ対応をお願いすることになるので、そうするか、どうしても騎士団に対応してほしいという感じなら、一度書き直していただく必要があるのかなと」
「そう、だな……うん。君の言うとおりだ。まずはどうしたいのか、向こうに確認してみよう。……君は出世するまで、当分書類仕事とは無縁だろうが、もしそのときが来ても、頼りになりそうだな」
師匠はふっと笑って、私を一瞥した。
「えへへ……そう言っていただけると、心強いです」
その日はそのあとすぐに書類作業を片付けて、訓練の時間をいつもより多く取っていただくことができた。
そんな充実した日々を送っている私は、今日も師匠の事務作業を手伝い、一部の書類を別部署の受付に持っていくことになった。近道のため、建物から出て訓練用の屋外広場を通り抜けようとすると、数人の騎士たちが実践形式で訓練を行っている。その中の一人、赤い髪の人がこちらをちらと見た。
「まったく! ケイオス様も大変だよなぁ……毎日毎日忙しいのに、新人の訓練までしなきゃならないんだから」
大きな声だった。明らかに、誰かに聞かせようとしている感じの。まあまず間違いなく、私にだろう。こんなこと、貴族社会では日常茶飯事だ。気になんてしてられない。でも次の言葉を聞いて、私は思わず立ち止まってしまった。
「試験パスできたってのも、ちょっと疑わしいよなぁ。普段贅沢な暮らしをしてる貴族様が、剣を握る時間なんてあるのかよ? そんなやつが、順当に正騎士になれるとは思えねえ……コネでもなければな。はぁ……いつまでも貴族のお守りをさせられるケイオス様が、俺は不憫でならないよ」
私のことはいい。貴族とはいえ、今は下っ端の騎士。上の階級の人から色々と言われるのは全然気にならないし、しょうがないことだ。でも師匠のことは別。私に才能があるというだけで騎士団長に、師匠に直接指導してもらっているなんて、そんなことあるわけないって、最初から私も分かってる。他の団員たちも、どこかでそのことを分かっているはず。でもその上であんなことを言うのは、認められない。あれは日々私のために訓練を施してくれている師匠まで、愚弄する言葉だ。
私はぱっと方向転換して、ずかずかとその人へ近づいていった。その人の徽章を見るに、一つ上の階級、準騎士だ。
「訓練をされているようですので……私にも一戦、手ほどきをお願いできませんか、先輩」
「いいぜ。才能のある新人がどの程度か、俺が見定めてやるよ」
書類を置き、制服の上着を脱ぐと、訓練用の長剣を手に取る。すでに準備のできている先輩へ向き直る。
「……クライド・カムランだ」
「レティシア・シャルム・ウェストンです」
「いつでもどうぞ。公爵家ご令嬢殿」
態度の割に、先輩の構えには隙がない。流石に準騎士なだけある。……なら、隙を作るまで。
私は切っ先を後ろに下げ、構える。そのことを、先輩は妙に思ったようだった。それもそうだろう。初級の剣術に、こんな構えは存在しない。私は解放した魔力を手と足に集中させ――跳ぶ。
アルザリオン流剣術『竜螺旋』。対象へ一気に迫り、その周囲をぐるりと移動、そして最適な瞬間を狙い、私は先輩に一撃を加える。見上げて見えた先輩の表情は、かなり驚いているように、私には写った。脇腹を狙った私の一撃を、先輩は基本の剣術『剣盾』で防ぎ、そしてすぐに距離を取ろうとする――でも、そうはさせない。
アルザリオン流剣術『崩城閃』。その先輩の背後に回り込み、背中へ体重を乗せた刺突を放つ。先輩は基本の剣術『転身』でそれを避けることに成功するけど、私の一撃で先輩の服は裂け、彼はそのまま体勢を崩して、地面を数回転がった。
先輩はすぐに立ち上がり、まっすぐ剣を構える。先輩の纏う空気が、完全に私を警戒していた。最初とは、まるで別人。一分の隙もなく、完全に本気を出している。でもそんな先輩にも、今の私は負ける気がしない。
私は剣を顔の横に構え、即座にアルザリオン流剣術『流星乱』を放つ。高速で移動と斬撃を、幾度となく繰り出すこの剣技は、昔準騎士でも会得が難しいと聞いたことがある。でも今はもう身についたこの剣技で、私は先輩を追い詰めていく。
先輩は私の攻撃を全ては受け流せない。私の一撃一撃は先輩の服を切り裂き、肌を摩擦で赤く染める。先輩は私の攻撃を受け流しながら、私へ向けて何度か剣を振るうけど、余裕のない相手の攻撃は受け流しやすかった。私は顔の近くへ向けられた一閃も冷静に回避しながら、先輩と行き違う。
そして振り返って剣を構え直す先輩へ向けて、ただ剣を振るう。魔力も無限じゃない。毎回アルザリオン流剣術で攻撃するのは、賢いとは言えない。私は繋術で肉体を強化し、余裕のなくなった先輩に相対した。
斬り合い、打ち払い、より大きな隙を待つ。剣術を使わない私を見て、先輩はそれを好機と捉えたようだった。剣を振り上げ、何か振り下ろす剣術を放とうとする――その動作は、大きな隙を伴った。
私はガラ空きになった先輩の腹部目がけて、ここで最適の剣術を解き放つ――木製の剣同士が衝突し、二度高い音がその場に響いた。気が付くと、私と先輩の間に師匠が割り込み、手にした二本の剣で二人の攻撃を受け止めている。
「ここまでだ。二人とも剣を引け」
呆れたような口ぶりだったけれど、その言葉には騎士団長の重みがあった。私も先輩も、素直にそれに従う。気付けば、周囲には結構な数、野次馬が集まっていた。
「話は聞いた。これでクライドもそれ以外の者も、レティシアの実力が分かっただろう。彼女には間違いなく、騎士の素質がある。今後とも、それを侮らないことだ」
それを聞いて、先輩は悔しそうな顔をしていたけれど、すぐに諦めた様子で私のほうへ歩み寄ってきた。先輩は手を差し出して、
「……悪かった。お前の実力も認める。……まさか、もうあんな剣術を使えるなんてな」
ふっと笑って、そう言った。
「こちらこそ、お手合わせありがとうございました」
私は彼の手を握り返した。
私はすぐに師匠の元へ行き、軽く頭を下げた。
「……お手を煩わせてしまい、すみません」
「問題ない。みなが君に対して思うところがあるというのは、分かっていたからな。君には悪いが、いい機会だったように思う。それより……」
師匠は少し考えるような仕草を見せてから、続けた。
「君は、誰に剣術を習ったんだ? 習得できる君もすごいが、正騎士レベルの剣術を教えられるとは……驚きだ」
「あ、言ってませんでしたっけ? 家の執事に習いました。両親に隠れながらだったので、こっそりと」
「なるほど……もし会う機会があれば、少し話をしてみたいものだな」
師匠の反応を見るに、実はライルって結構な実力者だったりするんだろうか? 昔の事なんて聞いたことなかったから、今はなんとも言えないけど。
そんなふうに思っていると、野次馬の中から一人、桃色の髪の女性がこちらへ駆け寄ってくる。
「レティシアさん、だったかしら? 先ほどの訓練、お見事でした! 従士になりたての騎士には、とても見えませんでしたわ! 卓騎士のわたくしから見ても、とても素晴らしかったです」
彼女は私の手を両手で握るなり、そうまくし立ててくる。
「あ、ああ、ありがとうございます……」
「貴族の方が烈火の騎士団にまた入られた……とは聞いてましたけど、まさかこんなに可憐で、こんなにお強いなんて! わたくしも貴族なんですけれど、わたくしはもうほとんど初心者で騎士団の門を叩いたものですから、レティシアさんが本当に羨ましくって……あっ! 自己紹介がまだでしたわね。わたくし、クラウディア・トリスラムと申します。トリスラム子爵家の三女です。これから仲良くしてくださると嬉しいわ。烈火の騎士団には貴族出身の、しかも女性なんて、わたくししかいないんですもの」
「……クラウディア。少しは彼女にも喋らせてやってくれ」
「あっ!! わたくしとしたことが……気を悪くされたら、ごめんなさいね? まさかこんな機会が訪れるなんて、思ってなかったから……」
「私でも、きっとおんなじように思いますよ。こちらこそ、仲良くしていただけると嬉しいです。私、同期も男性しかいなくって」
「あら、そうでしたの? 何か困ったことがあったら、いつでも言ってくださいね?」
最後に柔らかく微笑んで、クラウディアさんは足早にその場を後にするのだった。
✕ ✕ ✕
同じ頃、ウォレック邸ではハインリヒとセレスシアの結婚に向けて、着々と準備が進められていた。その屋敷の中を、執事のコルストが慌てた様子で駆けていく。コルストはハインリヒの自室へ入ると、すぐに主へ告げた。
「……ハインリヒ様。結婚は少々延期せざるを得ないかもしれません」
「どういうことだ? ……何があった?」
「はい、それなのですが……」
困った様子で言いにくそうにしているコルストへ、ハインリヒは手で次の言葉を促す。
「大変申し上げにくいのですが……セレスシア様です」
「彼女が……どうかしたのか?」
「セレスシア様と、結婚までの打ち合わせを少しさせていただいたのですが……どうやらその手の作法を、まったくご存じないようで。今回は侯爵家と公爵家の婚姻となります。ハインリヒ様はご長男ですし、下手な式にはできません。セレスシア様には完璧に近い作法が求められます。それが……今のあの方にはございません。ですのでそれが身につくまでは、式を延期せざるを得ないかと……」
「……それほどなのか?」
自分に対して、コルストが間違った判断を告げるとは、ハインリヒは思っていなかった。でもここまで言われてしまうと、念には念を入れて確認せざるを得ない。
「一度、ご覧になっていただいたほうがよいかと……」
そう言われてハインリヒが案内された先には、困った様子の使用人と、それをまったく分かっていない表情の、セレスシアの姿があった。セレスシアにはお茶が振る舞われているが、作法も優雅さもない、よく言えば非常に自由な所作で、彼女はそれをいただいている。ハインリヒの目にも、コルストの言ったようにセレスシアは映っていた。
……まあでも、それもしょうがないとハインリヒは思う。今のハインリヒには慣れない様子のセレスシアも可愛らしく、愛おしく感じられた。式が遅れるにしても、彼女は日々作法を学び、妻としてふさわしい女性に、どんどん成長していってくれるはず――ハインリヒは楽観的にそう思い、結婚の延期を認めるのだった。