新たな魔石の効果が判明し、フィーサの成長が確認出来た。しかし猛烈な眠気に襲われ、おれはふかふかなベッドに倒れ込んでしまった。そこからどれくらい経ったか分からない。
――どこかで声が聞こえる。
「アック様、アック様! 起きてください~。起きないと、いたずらしちゃいますよ~?」
ん?
この声はルティか?
ルティが先に起きているということは樽の存在に気付いたのか。ルティの声が聞こえてはいるものの、まるで全身に麻痺を施されたような感覚を覚える。少なくともおれには魔法による弱体攻撃が一切効かないはずなのに。
「ルティちゃん、彼はしばらく麻痺状態なんだよ。だから、いたずらしちゃ駄目!」
「そうなんですか? でもアック様には弱体が効かないんですよぉ?」
ルティの言葉通り、おれには弱体耐性があってあらゆる攻撃が効かない。しかし例外が無いわけでは無く、あるとすれば魔法以外の何かによるものくらいだ。
「魔法はそうかもだけど、薬師の薬は魔法より強いんだよ」
「それは錬金術もです~?」
「うん、もちろん。そんなわけだから、彼はこのまま寝かせてあげようね!」
「はいっっ!」
聞いたことが無い声の女性がルティと親しげに話している。
――ということは、ルシナさんが言っていた薬師の村に連れて来られたか?
ルシナさんの話ではドワーフしか入ることを許されないと聞いていたのに、まさか全身麻痺にした状態で連れて来られるとは。しかも動きたいのに上手く動けない……。こうならない為にも今後は魔法に限定しない弱体耐性の強化が必要だな。
「もう起きれますよ~? 起きて下さいっ! アックさ~ん?」
微妙にルティに似ている口調の女性がおれを起こしにきている。しかしうつぶせ寝の状態なせいで、寝返りさせなければ起きることが出来ない。全身麻痺を喰らってはいるが体力は完全に戻っている。
それなら遠慮なく体を反転させ、彼女の顔を拝むとしようか。
おれは勢いよく全身を動かし、飛び上がろうとした。
しかし――
「だぁぁっ……めっですよ! そんな勢いで押し倒されても困りますよ~!!」
「へっ?」
「アックさんにはルティちゃんがいるじゃないですか~! 私ではご希望に添えられませ~ん」
物凄い勢いで動いたせいか彼女の顔が間近にあった。よりにもよって見知らぬ女性を勢い余って押し倒し、挙句に微妙な状況を作り出してしまった。
「うわぁっ!? ご、ごめんなさい!!」
すぐに謝ったところで女性を落ち着いて見つめると、白生地のクロークを着ていてやや耳が長い。一見するとエルフのように思えたがハーフエルフのようにも見える。
瞳の色と髪は黄金に輝く色をしていてすぐに目がいく。
「そうそう、ルティちゃんなら長老の所にいますよ~! 心配ですよねっ?」
そんな彼女はおれの視線を気にすることなく、マイペースに話し始める。
「長老……? もしかしてここが薬師の村ですか?」
雰囲気や話し声で何となくそうだと思われるが。
「そうなんですよ~! ルシナちゃんに教わったんですよね~?」
「まぁ。それで、あの……あなたは?」
辺りを見回すと、深い霧しか見えず村の姿もろくに見えない。人間であるおれには不利な環境下にあるように思える。
「そうでしたっ! 私はですね、この村で修業をしているリリーナ・アウリーンと言うんですよ~」
「リリーナ……もしかしてルシナさんの?」
「ですですっ! 姉なのです!」
姉にしては妹っぽいし、ルティが大人に成長したら似た感じになりそうな女性だ。薬師イルジナのことを聞こうと思っていたが、直《じか》に会ってくれなさそうな雰囲気がある。
「アックさん、ごめんなさいです。せっかく村に来て頂けたのですけど~……人間の方はですね~」
「入口ですら入れないと?」
「そうなんですよ。その代わり、私が知ることをここで全て教えちゃいます!」
来たというか麻痺で眠らされて強制的に運ばれただけだが。
そもそも村の正確な場所も分からないし、霧で何も見えない時点で相当な警戒を持たれているとしか思えない。
「それじゃ、村の名前は?」
「はいは~い。ここはですね、幻霧の村ネーヴェルですよ~! ルシナちゃんもこの村の出身なのです」
「ルティと一緒に来ればまたここへ来れますか?」
「う~ん……アックさんがもっとスキルを得られたら、村への道が開けますよ~! 今は無理かな~? ドワーフさんたちのお気に入りでもそれでもまだまだ~」
当たり障りのない質問だったが、村の名前だけでも土産話にはなりそうだ。本題はあの薬師についてだが、リリーナさんが答えられるかどうかは何とも言えない。
「ところで、薬師……イルジナのことについて何か――」
話を切り出したところで彼女の雰囲気が一変する。
「イルジナ……あの人は破門の身。薬師としての知識を歪め、黒い気配を取り込んだ可哀想な人。あなたの口から彼女の名が出るということは出会いましたね? 戦うつもりがあるのです?」
「それはまだ分かりませんが」
おれの曖昧な答えを聞いて、リリーナさんは元の口調に戻った。
「アックさんにはまだまだ覚えられるスキルがありますからね~! 戦うことを考えずに、世界を楽しんだ方がいいですよ~!」
あまり触れたくない話なのか、上手くはぐらかされたようだ。リリーナさんの表情から警戒の色がすぐに消え、誤魔化しの話が始まった。
「世界を……?」
「直接的な攻撃だとか被害を被っていない限り、あの人には手出ししなくてもいいと思いますよ~」
「間接的な被害なら、ルティ――」
「でも治しましたよね?」
「まぁ……」
今の時点で知り過ぎるなという圧を感じる。よほどのタブーを起こした人間のようだ。
「あの人のことを気にしては駄目です。因果の国の問題に突っ込んでも面白くないと思います! ではではっ、そろそろルティちゃんが戻って来ますから、さくっと眠ってもらいま~す!」
(あぁ、くそ。やはり今は首を突っ込むなってことか)
いずれ必ず自力で村を訪れることになるその時までの辛抱――か。
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