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「ぷはっ……! なんで! 扉の向こう側、水の中ってありえないでしょ!」
私達はあの奇怪な扉の奥に進んだのだが完全に扉の中に入った後、ぱたりと独りでに扉は閉まってしまい、私達は何故か水の中に放り出された。
そうして、陸に打ち上げられた魚のごとく、今度は芝生の上に倒れ込む。
ここがどこだか確認する気力もなく倒れ込んでいると隣から、アルベドが声をかけてきた。
「おい、大丈夫か」
「うん……」
と、返事をしたものの身体は起き上がろうとはしなかった。それどころか、全身が鉛のように重くて動かない。
アルベドはそんな私を横目に見ながら、辺りを見渡すと黄金の瞳を細めた。どうしたのかと少し身体を傾かせてみれば、私達がたどり着いたここは、皇宮の中の庭園だと云うことに気がついた。先ほどまでは水の中だったというのに、一体何がどうなってこの場所にたどり着いたのか不明である。
地形が変わっているとはいったものの、ここまで可笑しな事になっているとは普通思わないだろう。
「ほんと、どうなってるの……」
と、呟いてみても答えてくれる人はおらず、ただの独白となってしまった。独り言が、アルベドに拾われなくてよかったと、彼のほうをちらりと見た。彼もこの可笑しな状況を整理するために、一人何か考え事をしているようだったので、私はその間何かあの会場に行くための手がかりがないか探すことにした。
先ほど水の中に居たというのに、服は濡れておらず、ただただ水から上がったようなけだるさだけが残った。
私は、何とか立ち上がって周りを確認すると、そこには人影があった。
それは、あのパーティー会場で見たリースの姿だった。リースは噴水の前に腰掛けており、その姿は何処か寂しげだった。
「リース……?」
私は、こんな所にいたのかと彼に手を伸ばしたが、その手をパシッとアルベドに捕まれた。
「何処行く気だ」
「何処って、そこにリースが……」
と、指を指し振返ってみるが、そこにはリースなどおらず、濁った水が絶えず流れる噴水があるだけだった。
可笑しい、そんなはずないと私は目を擦るが、彼がいたような形跡は何一つなかった。
幻と言うことだろうか。
「確かにいたはずなのに……」
「俺はお前がふらふらと何処かに行くようにしか見えなかったけどな」
「……じゃあ、矢っ張り幻?」
混沌が、人の負の感情が見せた幻、幻覚であるならそれは理由がつく。だがそうなってくるとやはり厄介なものだ。
それが現実ではないと分かっていても恐怖を感じてしまうからだ。
そうして、また私はアルベドの手を握った。
「……まあ、このままここにいても仕方ねえんだから、さっきみたいに扉を見つけりゃ良いんじゃねえか?」
「扉? また、何処に繋がっているか分からないのに……」
「もし、お前がさっき見た幻が皇太子殿下だったっていうんなら、確実に皇太子殿下に近付いているってことじゃねえ?」
と、アルベドは言った。
根拠は全くないけれど、確かに感覚的にリースに近付いているような気もしたのだ。近くに感じるというか、だからこそ彼の幻が見えたのかも知れない。
私はそう思うことにして、アルベドの方を向く。
「分かった、じゃあ手分けして扉を探そう! この庭園も見た限り私達の知っている庭園と違って、少し狭いようだし……あ、でも、迷子になったらいけないし、いざとなったときに離ればなれになったら困るから、お互いが見える範囲で探そう」
「おう、そうだな」
私はアルベドと別れて、辺りを散策することにした。
この庭園はそこまで広くはなく、恐らく一周するのに五分もかからないくらいの広さだと思うのだが、扉らしきものは見つからない。
先ほど扉があったのは紛れなのだろうか。私達がただそうおもっているだけで、本当は別の所に出口があるのではないか、それとも、まだリースに会うことが出来ていないだけなのか。
色々な可能性を考えながら、私達は扉を探し続けた。
しかし、一向に見つかる気配がなく、もうすぐで一周してしまうというところで、足下にころころとオレンジが転がってきた。庭園に生えているオレンジの木から落ちたのだろうと、私はその甘酸っぱい匂いにつられ手を伸ばしたところ、オレンジはその場で赤紫色の煙を出してドロドロに溶けてしまった。
「ひぃ……っ!」
私は思わず悲鳴を上げ、後ずさりをする。
オレンジの匂いは一層増して、私は鼻を押さえた。甘酸っぱい匂いは次第に、甘ったるく吐き気がするようなものに変わり、その変化に私は眉を潜める。
私は口と鼻を手で覆いながらアルベドの元へとかけた。彼もこの以上に気づいているだろうと。
「アルベド」
「エトワール、無事か」
「無事……って、まあアンタの対角線上にいたし……じゃなくて、これ、可笑しい」
「まあ、混沌の力が加わってんだ。何が起きても可笑しくないだろ」
「屁理屈」
と、私はアルベドに言うが、彼はその言葉なんてちっとも痒くないというように鼻を鳴らす。
だが、彼もこの匂いやオレンジの木が異様であることには気がついたようで、ナイフを抜くと少し姿勢を低く構えた。
「エトワールも気をつけろよ」
「う、うん」
「最低限は守ってやれるが――」
そうアルベドがいった瞬間、もの凄い風が吹き付け、ボタボタとオレンジの木から果実が落ちる。それは、私達の方に転がってき、足下で先ほどのオレンジ同様溶け出した。これは不味いと私は咄嵯の判断でその場から離れようとしたが、足を滑らせ尻餅をつく。どろりとしたものが身体にまとわりつき、長かったドレスを溶かしていった。穴だらけになり、いつもと同じぐらいの長さになったドレスは、もはやただの布きれだ。
「いや……っ!」
恥ずかしさと、おぞましさで私は身を捻ったが、アルベドが私の名前を叫んだので、このままではいけないと顔を上げる。するとその隙を狙っていたかのように大きな木が動き出し、私達に向かって枝を振り下ろしてきたのだ。
「ッチ……」
「あ、アルベド……ありがと」
「ったく、お前はー」
と、間一髪の所でアルベドが私の身体を抱き上げ、攻撃をかわした。米俵を抱えるように抱えられているため、これもまた恥ずかしさがある。
「アルベドは……」
大丈夫なのかと聞こうと口を開いた私だったが、彼も私と同じく服の至る所がボロボロに、また溶けて変色していた。
どうやら、彼の方もあまり余裕がないらしい。
こんなことになるなら、もっと早くドレスを脱いでおくべきだったか、天幕にいるとき着替えを持ってきていたリュシオルに頼んで着替えるべきだったかと後悔するが、今更遅いだろう。だが、今は余計な布やフリルがなくなったため動きやすくはなった。
だが、それよりも今はこの状況をどうにかしなければと私は辺りを見渡す。
オレンジの木は恐ろしい怪物となり、その果実を地面へ落とし続ける。甘すぎる匂いは、頭がくらくらし、息苦しくなる。アルベドの方を見ると、彼も同じように顔を歪めており、私と同じように何かを耐えているようであった。
「どうする?」
「ひ、火の魔法とか! 私、できるよ」
「へぇ、頼りになるなあ、聖女様は」
「馬鹿にしないで!」
と、私が叫ぶと同時に、またも強い風が吹いて、辺りの木々は更に大きくなっていく。まるで私達のことを取り込もうとしているかのようだ。
そして、その勢いのまま私達に襲いかかってきた。
アルベドは私を抱えたまま、走り出す。しかし、止まない木の攻撃にさすがのアルベドも追い込まれていく。
私を抱えているせいで、思うように動けないようで、遂にはオレンジの木が彼に狙いを定め始めた。私はそれを察し、思わず声を上げた。
「いつまで、私を抱ええてんのよ」
「喋りかけんな。危ねえだろ」
「私だって戦える」
そう言うが、アルベドは聞く耳も持たないようで舌打ちをした。
この男は何を言っているんだとでも思っているに違いない。
確かに、アルベドに比べれば戦闘に関しては全くと言っていいほど役に立たないかもしれないが、せめて囮くらいにはなるだろうと私は彼を睨みつけた。それに、彼の足を引っ張るわけにはいかない。彼をここに連れてきたのは彼が私のパートナーにふさわしいと思ったから、そうであれば、私も彼に見合うパートナーでなければならない。
私は、アルベドの腕の中から抜け出して、地面に足をつく。泥濘む地面は歩きにくく、踏ん張りが利かない。
「私だって戦える。アンタに迷惑かけたりしない」
「…………俺は、お前をって頼まれたんだけどなあ」
アルベドはそう言いつつも、ナイフを構え、戦闘態勢に入る。
彼はきっとブライトに頼まれたと言うことをいっているのだろう。ブライトも心配性だから、強いアルベドに私のことを頼んだに違いない。でも、そうだったとしても、二人とも私のことを舐めすぎている。
私だって戦える。だって聖女だから。
「アルベドの足手まといになったりしない」
私はそう言って、火の魔法を発動した。