テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第六十八話 面会者
病院を出ても、二人はしばらく話せなかった。
「本人が思い出した後に記入」
さっき見た一文が、頭から離れない。
「……あの記録、誰が書いたんだろう」
彼女が呟いた。
「分からない」
「病院の人?」
「たぶん。でも、それならなんで名前を残さなかったんだろう」
彼は答えず、
スマートフォンに保存した記録の写真を見返した。
面会者あり。
箱について話す。
そして、名前の欄には――
『本人が思い出した後に記入』
「これってさ」
彼が言う。
「俺が思い出すことを前提にしてたんじゃないかな」
「どういうこと?」
「事故の直後から、誰かが俺の記憶が戻るのを待ってた」
彼女は黙った。
それなら、今まで届いたメッセージも説明がつく。
『まだ、思い出してないんだね』
『箱のことは、もう調べない方がいい』
『思い出したなら、次は病院へ行って』
誰かはずっと、二人の動きを見ていた。
「……でも」
彼女が言った。
「その人、私たちがここまで調べることを知ってたのかな」
「分からない」
「だったら、なんで病院へ行けって言ったんだろう」
その疑問だけが残った。
その夜。
彼は家に帰ってから、昔のデータを整理していた。
写真。
メモ。
音声。
病院の記録。
一つずつ確認していく。
すると、今まで見ていなかったフォルダを見つけた。
名前は――
『面会』
「……こんなの、あったっけ」
開く。
中には写真が三枚だけ入っていた。
一枚目は、病院の廊下。
二枚目は、病室の扉。
そして三枚目。
病室の中を撮った写真だった。
撮影されたのは事故の翌日。
ベッドの横に椅子がある。
その椅子には、誰かが座っていた。
顔は写っていない。
けれど、その手元だけが見えている。
青いリボン。
彼は画面を拡大した。
「……これ」
自分のキーホルダーと同じ色。
いや。
彼女が持っているリボンと同じだった。
彼は急いで彼女に送る。
『これ見て』
すぐに既読がついた。
『……青いリボン?』
『うん』
『私のと同じ』
『そう』
少しして、彼女から返信が来た。
『この人、誰?』
彼は答えられなかった。
写真には顔が写っていない。
でも、もう一つ気になるものがあった。
椅子の横に置かれたバッグ。
そのバッグから、小さな紙が出ている。
彼は画像をさらに拡大した。
そこには、短い文字があった。
『忘れたままでいい』
彼は画面を見つめた。
その言葉に、なぜか強い違和感を覚える。
「……誰が、誰に向けて書いたんだ」
そのとき。
彼女から電話がかかってきた。
「もしもし?」
『今、私も昔の写真見てた』
「何かあった?」
『うん』
彼女の声が少し震えている。
『私の昔の写真にも、同じバッグが写ってる』
「……え?」
『事故の前の日』
彼は息を呑んだ。
『店の写真の端に、そのバッグが写ってた』
二人とも黙った。
病院にいた人物。
事故の前日の店。
同じバッグ。
同じ青いリボン。
「……同じ人?」
彼女が呟く。
「分からない」
「でも、もし同じなら……」
その先を言うことができなかった。
その人物は事故の前から、
二人の近くにいたことになる。
しばらくして、彼女が言った。
『明日、店の写真をもう一回見よう』
「うん」
『あのバッグが、どこに置いてあったのか確認したい』
「分かった」
電話を切ったあと。
彼はもう一度、病院の写真を見た。
青いリボン。
バッグ。
そして、その横に置かれた紙。
『忘れたままでいい』
その文字を見つめていると、突然――
頭の中に、あの日の声が蘇った。
「……忘れてもいいよ」
今度は、少しだけ違った。
優しい声だった。
そして、その声の主が持っていたものが見えた。
小さな箱。
彼は思わず立ち上がった。
「……箱を持ってたの、この人だ」
けれど。
その人の顔だけは、まだ見えなかった。
341
まくら
135
みおん
5,265
33
コメント
1件
うわあああ今回もやばかった…!!😭💕 「忘れたままでいい」ってメッセージ、めっちゃ胸にくる…誰が誰に向けて書いたんだろ。そして青いリボンとバッグが事故前の写真にも写ってるって、つまりあの人はずっと近くにいたってこと?! 箱持ってたのもその人っぽいし、でも顔だけは見えないもどかしさがたまらん…!!次の話、マジで待ちきれないよ〜!!🌸✨