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恵は溜め息をついたあと、私を肘で小突いてくる。
「どう見ても、六条さんって朱里に気があるでしょ。今は篠宮さんと付き合ってるって分かったから、前みたいに壁ドンしなくなったけど、ああいうのって何とも思ってない女子にはしないだろうし。……実際、営業部の友達に聞いたら、六条さんって他の女子に朱里にするようなスキンシップ、しないってよ」
「えぇ……」
まさかの〝六条、上村が好き説〟が浮上し、私は困惑する。
「私もこういう、『六条さん、朱里の事が好きみたいだよ』なんて、学生の女子が言いそうな事を言いたくないんだけど。……あまりにも朱里が気づいてないもんだから、ちょっと心配になって」
「そっか……」
「六条さん、頭のいい人だから、篠宮さんがいると分かって下手な事はしないと思う。……ただ、彼の気持ちを知る事で、朱里ができる事はあるんじゃないかな」
「……今までみたいに話さないほうがいい?」
「いやー、それはどうだろ。失恋して朱里の顔を見るのもしんどいなら、今みたいに話しかけてこないと思う。六条さんは失恋すると分かってても、朱里と今までみたいに軽口叩いて過ごしたいんじゃないかな。気持ちのケリは自分でつけるから、他人の力は借りたくないっていうか。……それに、朱里に変に気を遣わせるのも嫌うタイプっぽいし」
「……じゃあ、私ができる事ってなくない?」
「んまー、そうなんだけどさ。……ただ、沙根崎ちゃんがどう出るかな……、と」
「星良ちゃん?」
私は彼の後輩の名前を聞いて目を瞬かせる。
「見ての通り、沙根崎ちゃんは六条さんの事、めっちゃ好きじゃん」
「え、知らなかった」
「マジか……。こんなに鈍感な女がいていいのか……」
社食に着いた恵は溜め息をつきながら、今日の日替わり定食のボードを見る。
「アカリは色恋に疎い。アカリに恋愛は分からぬ。しかしアカリは社食メニューには人一倍敏感であった」
「今すぐ走って来い」
『走れメロス』ネタをすると、恵が安定の突っ込みをしてくれる。
「っていうか、恵って涼さんの前じゃ、恋愛経験ゼロ子みたいな扱いじゃない。なのにどうして私より他人の色恋に敏感なの?」
そこが不思議でならない。
私が他人の色恋に鈍感なのは、基本的に人に興味を持ってないからだ。
「誰と誰が付き合ってるんだって」と言われても、その人が自分の好きな人でない限り、私にはまったく関係ない。
芸能人の結婚や不倫とかと同じで、私が感情を動かす必要は一ミリもない。
仮に社内の知ってる人が犯罪を犯して捕まったとかだと、多少はガッカリするかもしれないけど。
「言っとくけど、私の側には恋愛マスター綾子さんがいるからね」
「あっ、そっちか! 大盛りキノコクリームパスタ!」
「流れるようにメニューを決めるな。夏はせいろ蕎麦だな」
「恵こそ~」
私たちはキャッキャしつつ、食券を買ったあとトレーを手にして列に並び、先ほどより声を潜めて続きを話した。
「あの子はまじめな分、思い詰める傾向があるらしいから、ちょっと心配で……。あの子、ずっと好きな人の片想いを見せられてきた訳じゃない? 彼の想いがもう叶わないって分かった以上、どんな行動にでるか分からなくて、ちょっとハラハラしてる。営業部に配属された同期くんも、最近のあの子を見て『ピリピリしてる』って言ってたし」
「マジか……。知らずに過ごしていて申し訳ない」
私はスプーンとフォークをトレーに置き、溜め息をつく。
「別に気づかなかった事を罪とは言わないし、あの子のために気を利かせろとも言わないけど。……ただ、あんまりにも気づいてなかったから、もうちょっと自分の立場を理解したほうがいいと思って、口出ししてしまった。すまん」
「や、逆にありがとう。このままだったら、人を傷つけかねなかったと思うし」
「朱里は意図的に誰かを傷つける子じゃないけどね。……でも色恋になると、人って盲目的になって、どんな行動をするか分からんから、あえて教えておこうと思った」
「うん、ありがと」
そのあと私たちはいつも通りランチをとり、お喋りを楽しんだ。
**
「はぁ……」
私――、沙根崎星良は、フロアの休憩所でおにぎりを囓って溜め息をつく。
新卒で飲食業界大手の篠宮ホールディングスに入社し、バタバタした一年目が終わって、去年の十一月で二十三歳になった。
大手企業の営業部ともなれば、やり甲斐のある仕事が多く、大きな取引もあるので気を抜けないけれど、日々充実した毎日を送っていた。
そんな中、会社に通うのが楽しくなったのは、エースである先輩の六条大雅さんに色々教えてもらうようになってからだ。