テラーノベル
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天界に異変が起きたのは、あの日──“最も清き存在”と呼ばれたミンジュが忽然と姿を消したときだった。
「……どうして、彼女の気配が消えているの?」
主天使ガブリエルが困惑の色を浮かべ、空の書を広げる。
記録には、ミンジュの名の上に“堕”の文字が浮かび上がっていた。
「信じられない……ミンジュが、地上に……?」
その場にいた天使たちは皆、震えるように顔を見合わせた。
中でも、親友だったルナは、膝をつき、声を失った。
「そんなはず、ない……ミンジュは、誰よりも天を愛してた……!」
•
時は過ぎ、百年。
天界における“時間”は地上とは異なるが、
それでもミンジュの不在は、空気を変えた。
祈りの音が響いても、どこか寂しげで、
夜の星は一つ、欠けたまま。
ルナは、あの日からずっと、彼女を探していた。
「禁じられた地上の書を……もう一度開いてください。お願い、ラファエル様」
「ルナ、それは……天界の掟を破ることだ」
「……それでも、ミンジュは“落ちるべき者”じゃなかったんです!
きっと何かに引きずり込まれた……!」
ラファエルは黙って、彼女の目を見つめた。
そして、静かに扉を開いた。
•
──地上。
湖のほとりに残された、白い羽が一枚。
それを手に、ルナは泣いていた。
「まだ、近くにいる。……ミンジュ、あなたはどこにいるの……」
•
その頃、黒い城の奥。
ミンジュは何も知らずに、囚われのまま、
愛という名の鎖に繋がれていた。
天界からの光など、届かない深淵で──
けれど、ほんの一瞬。
ふと空を仰いだとき、
どこかで聞き覚えのある祈りの声が、微かに耳を掠めた気がした。
•
「……ルナ?」
その名を口にした瞬間、ミンジュの瞳に微かに涙がにじむ。
──それでも、彼女はもう、天へは還れない。
愛され、奪われ、壊されていく運命の中で、
彼女の心に残っていた“光”だけが、最後の希望として灯っていた。
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