新藤さんに寄り添ってもらって最寄りの駐車場まで歩いた。折角のライブだから最後まで見たかったのに、間が悪いとしか言いようがない。
車を停めている路上のコインパーキングに着いた。
二十台ほどしか停められない小さなパーキングは、商用車に多く利用されている軽トラックなどに混じって不釣り合いな黒の高級車が一台だけ停まっていた。とても目立っている。
目を引く四連のシルバーのエンブレムは車体に合わせて黒くなっている。ホイルもエンブレムも黒色の高級車は、スポーツカータイプなのかな?
それにしても目立っている。
まさかこれが新藤さんの車じゃないよね、と思っていたら、精算が終了したらしく、車を挟んでいたロック版が下がった。
ええっ!! こんな高級外車、乗れないよ!!
困惑していると、どうぞ、と右側の席を開けられた。思った通り外車のようだ。
車中のシートは渋いワインレッドで美麗な内装になっている。こんなにお洒落な車…緊張しちゃうよ。体調が悪くなって吐いたりして汚したら大変。弁償できない。
「せっかくですが、電車で帰ります」
「いけません。早く乗って下さい。病院へ行きましょう。市民病院なら律さんのマンションからお近くですし、夜間診察もやっているでしょうから、お送りいたします。さあ」
新藤さんが頑なに私を車に乗せようとするので、仕方なく正直に自分の気持ちを打ち明けた。
「新藤さんのお気持ちは嬉しいのですが、乗せて頂いてもしもシートを汚したりしたら弁済できません。ですから電車で帰ります」
「こんな車より律さんの方が大切です。気にせず乗って下さい。どうしてもご気分が悪くなられたら、すぐ停車しますから。さあ早く」
強引に車に乗せられてしまった。うう……大丈夫かな。
「無理しないで下さいね」
シートを倒してゆっくりできるようにしてくれたので、遠慮なくシートに身体を沈めた。お洒落な本革のシートは乗り心地も抜群。愛車とはまるで別物。高級車はすごいなぁ。
エンジンがかけられるとカーステレオから何かの曲が流れ始めた。低音が心地よくきいている。恐らく値の張るスピーカーを搭載しているのだろう。新藤さんも森やんに負けず劣らずの音キチだろうから。
あれ、この曲、知ってる――……
イントロの途中からでも、RBファン歴筋金入りの私は、少し聴くだけでその曲が何かすぐに判った。この曲はRBの曲でもレア音源に値する。ファンクラブ限定でしかもらえない、未発表の音源なのだ!
これをどうして新藤さんが持っているの!?
私はファンクラブに入っていたから、持っているのは当然だけど!
どうして? なんで?
「新藤さん、あのっ」思わず飛び上がった。「この曲……」
次の瞬間、私の大好きな白斗の歌声が流れ始めた。メロディアスなピアノのイントロに、心を震わせるゾクゾクする歌声。
『苦しみの中 悪意は溢れ
漂う影は凍てつく水中に追いやられる
優しさを見せてくれた
あなたは今、何処で何をしているの——』
まさかこんな所で聴けるなんて、夢にも思わなかった。タイトルは『Azure』。
『その艶やかな髪 伸ばした指に滑らせて——』
「お体に差し障りましたか? 失礼しました。消しますね」
「消さないでください!」思わず叫んだ。「新藤さん、これ、RBの未発表音源で、ファンクラブの会員だけが貰える非売品の音源なのです。どうして新藤さんが持っているのですか? しかもこの曲は、解散前に配布された、超レア音源なのです!!」
『Azure 淡く薄い期待 もうやめにして 待たない
けれどせめて 爪痕だけ その美しい背に残そう
Azure 会いたい会えない 今は知らぬ君 その瞳
忘れないでいて この刹那 その美しい幻の前に
想い馳せる…』
白斗の曲にしたら、珍しく切ないバラードだった。激しいロックアレンジでエロティックな恋愛、背徳的な歌詞の方が多いRBが出した、数少ない曲。
いい歌。一見恋人を待つみたいな歌詞だけれど、男性目線で考えるとまるで不倫のような歌。背徳的な感じが手に入らない女性への想いをつづっているようで切なくなる。
白斗が書く歌はストレートでとても心に刺さる。曲も、歌詞も、全てがパーフェクト。
はっ。それよりどうして新藤さんがこの音源を持っているの!?
「ああ、この曲ですか……」彼が言いよどんだ。
「こんなレア音源、持っている人かなり少ないのですよ! あっ、もしかして――」
ああ、そうだ!
そうとしか考えられない!!
「新藤さん、貴方――」
私は吐き気があった事もすっかり忘れて、新藤さんに詰め寄った。
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