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「あ、あのっ。実は私、何も覚えてなくて……」
瑠璃香が真っ裸の上に渡された男もののシャツをスポンと被って、(どうかこのまま、『いやぁー、お互いにワンナイトの過ちでしたね。とりあえず忘れましょう! ではお疲れ様でしたぁー!』と解放されますように!)と念じながら晴永を見やると、ニヤリとされた。
そこでふとあることに気が付いた瑠璃香は晴永を二度見してしまう。
(……ちょ、ちょっと待って!?)
瑠璃香にはシャツ一枚しか渡さなかったくせに、晴永は下着はもちろんのこと、ちゃっかりTシャツにズボンまで履いて、ベッドサイドで脚を組んでいるのだ。
まるで最初から勝負に勝っているといいたげな余裕っぷり。
「新沼課長……ずるい! なんで私だけこんな恥ずかしい格好で、課長はしっかり着込んでるんですか!」
普通は女の子がしっかり着て、男性はなんならパンツ一丁でもいいくらいなのに!
そう思った瑠璃香だったのだが。
「……お前の方がそのシャツ、似合ってるからな」
「はあぁ!?」
瑠璃香が思わず腕を振り上げて晴永に噛みつこうとしたら、
「余り大きな動きをすると見えるぞ?」
股間の辺りを指さされてしまう。
ノーブラなだけならまだしも、ノーパン状態なことを思い出した瑠璃香は、慌ててシャツの裾を引っ張った。
その様を楽しげに見つめている晴永に、瑠璃香はグッと唇を噛み締めた。
「課長なんて大っ嫌い!」
言ったと同時、晴永がスッと立ち上がって瑠璃香の方へ近づいてくるから、削られた距離だけ後ずさってしまった瑠璃香である。
「昨日はあんなに俺のことを好きだと言ってくれたのに?」
結局壁際まで追い詰められてあご下を掬い上げられた瑠璃香は、キッと晴永を睨みつける。
「そんなこと、天地がひっくり返っても起こりません!」
言うと同時、「となるとキミは逆立ちすること決定だな」とクスクス笑われた。
そうしてスッと瑠璃香から離れた晴永が、手に一枚の紙切れを持って戻ってくる。
「はい、どうぞ」
にこやかに渡された紙片を何が何やら分からないままに受け取れば【契約書】の文字が飛び込んできた。
(なんの?)
思って視線を走らせれば、どうやら契約結婚に関わるものらしい。
(誰と誰の?)
これを晴永に渡された時点で、そんなこと愚問だと分かっていても、脳がその結論を拒絶する。
だけど、どうみても契約書の下部の方には【甲:新沼晴永】、【乙:小笹瑠璃香】と書かれていて、ご丁寧に署名捺印までされていた。
さらに晴永がスマートフォンをひょいと掲げ、にやりとしながら動画の再生ボタンを押す。
流れてきたのは、酔っ払い瑠璃香の声。
『けっこん……? してもいいれすよぉ……! えーっと、証人はここにいるバーのマシュタァと……えっと、そこのお兄さーん!』
小さな画面の中、瑠璃香がバーのマスターと、たまたま隣に居合わせたと思しき男性に紙片を手渡している。どうみてもあれは……【婚姻届】ではないか!
「なっ……!?」
膝から崩れ落ちそうになった瑠璃香だったけれど、ノーパン状態なことを思い出してなんとか踏みとどまった。
その耳元に、晴永のゾクゾクする低音イケボが吹き込まれる。
「言質も動画も、書類も完璧に揃ってる。契約書はおろか、婚姻届まで記入済みとは……逃げられそうにないな?」
「サ、サインなんてしてません!」
「……〝課長、大好きです、結婚しましょう〟って、笑顔で書いてくれただろ?」
再度別の動画が再生される。
『わー、課長と結婚しらら、こんにゃ美味しいお酒、飲み放題なんれしゅかぁ? 私、課長のことケチで意地悪なだけの人らと誤解しれましらぁ〜。課長ぉ、大好きれす! 結婚しましょー』
こ、これは――。どうみても罠だ!
そう思うのに、煽るように低く笑って見下ろす俺様課長に、瑠璃香は逃げ場を完全に塞がれたと実感させられた。
そもそも――。
今現在だって、自分が着てきた服がどこにあるのかさえ分からない。
この場を切り抜けてとんずらすることすらできないのだ。
途方に暮れる瑠璃香を横目に、晴永はこうなるに至った経緯、新入社員歓迎会に思いを馳せていた――。
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