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「俺が迂闊だったんです。俺が…… 」
男は項垂れて、肩を丸めて怯えてる。
「それで? 」
先輩は冷静に感情に左右される事なく、事の顛末を確認する作業に専念する。
「俺、初めての担当で、嬉しくて仲介契約前に部屋を掃除に行ったんです。そしたら部屋の前に女の人が居て、スウェットの上下だったので住人かと思って声を掛けたんです」
「ふむ」
「そこでこの部屋にはもう人は住んで無いのかと聞かれてハイと返事をすると、低い階からの景色しか見た事が無いから、掃除の邪魔はしないから部屋を見せて欲しいと言われて、このマンションの住人なら見せるだけならいいだろうと中に案内したんです」
「それで気が付いた時には女は何処にも見当たらず、1階の遊歩道が大騒ぎになっていたと? 」
「―――――先輩それって⁉ 」
俺は背筋に嫌な物を感じた。
先輩は指を立てて俺に黙る様に促した……
「彼女は住人では有りませんでした。どうやってオートロックを通ったのかは分かりませんが、彼女はずっと、ある男の行方を捜して居たそうです。司法解剖の結果、妊娠していた事も分ったそうです」
「そうか…… 」
そう呟くと先輩は長い沈黙の後に漸く口を開いた。
「不動産の仲介者は、賃借人から媒介契約を締結すると、その契約上の義務として、物件に関する事実関係を調査確認すると共に報告義務が発生する。その為、事故物件であることを黙って貸したとなれば、告知義務違反として損害賠償責任を追及される事になるんだぞ? 」
不動産取引法違反及び宅建業法違反。重要事項説明に関する違反及び告知義務違反に該当するが媒介契約前ならばこれに該当しない。
「大方、先《ま》ず目撃者がいない事で、自殺では無く事故で処理したんだろうな。そして女性がこの部屋の入居者では無い事に付け込んで、うちの会社に報告せずに、お宅の会社は逃げようとしたんだろう。しかも媒介契約前ならなんら法律的に問題無くそっぽ向けるからな、どうせオーナーもグルだったんだろう」
「あっあの、俺はこれからどうなるんでしょうか? 」
「なんだ? 喉元過ぎればもう自分の保身か? そんなに自分が可愛いか? 人ひとり死んでるんだぞ!! 」
「先輩!! 」
俺は怒りに平常心を失った先輩を落ち着かせる為に声を大にした。
「会社も辞めたあんたにはもう関係ない話だ。法に触れる事はしていないからな」
「じゃあ…… 」
男は漸く顔を上げ少し安堵した表情を浮かべた。
「あんたに人として少しでも良心の呵責《かしゃく》があるのなら線香1本でもあげに来てくれ、その時はまた連絡する。併しお蔭で何とか前に進めるようになった。話してくれた事には感謝するよ。早速住職にお願いしなくちゃな」
「あのっ住職ってのは? 」
男は急に不穏な表情を抱えおずおずと尋ねる……
「あぁ、出るんだよ、いや正確にはあの部屋にイルんだよ、まだ彼女が」
―――――!!
「住職に原因が明確でないと魂に寄り添えないからと、お祓いを断られてね。だからどうしても真相が知りたかったんだ」
科学的に証明されていない謎の霊現象や怪奇現象といったものは、開示義務は無く、黙っていても告知義務違反には当たらない。
但し事故物件と云うレッテルはそうは行かない。
その後俺達はオーナーサイドに詰め寄り民事訴訟をチラつかせ1年間の家賃免除を取り付けた。1年間は書類上、俺の名義で部屋を借りた事にして部屋を空き家のままに放置する。
そう、1年間、誰かが借りたと云う実績だけが残れば事故物件として開示する必要が無くなるからだ。
そしてレッテルさえ剥がれてしまえば、堂々と入居者募集の告知が出来る。
今日も空き部屋からLINEが流れて来ても……
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