ライデン社から『暁』に連絡が来て一週間後、一人の男性が教会を訪れる。地球基準で言えば二メートル弱の長身に鍛え上げられた筋肉質の身体。黒い髪を短く借り上げ、強い意思を秘めた赤い瞳に顔を✕字に抉るような古傷。
見るからに歴戦の強者であるそんな男が、貴族の着るような黒い礼服を纏い笑みを浮かべながら訪ねてきたのだ。最初守衛は訳が分からずに硬直。復帰して確認をとりライデン社の使者であることが分かると指揮官であるマクベスに連絡。事前通達がなされていたのでそのまま彼を教会へと招いた。
彼の名はダイロス、ライデン社の誇る敏腕営業マンである。
ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。営業マンさんが来たので会ってみたら、なんか凄い人が来ました。失礼を承知で感じたことを言うなら恐ろしく礼服が似合わない、軍服や傭兵装束がよく似合うような男性でした。
そんな人が応接室で私の対面に座り笑顔を浮かべています。圧が凄い。
とは言え、先ずは挨拶をしなければ。
「遠路遙々ようこそ御越しくださいました。『暁』代表のシャーリィと申します」
「これはご丁重に。ライデン社で営業を勤めるダイロスと申します。この度は我が社の会長ハヤト=ライデンの指示によりお邪魔させていただいております。どうぞお見知りおきを」
笑顔で声も柔らかいのですが、見た目とのギャップが凄い。
「会長自らのご指示とは、我が『暁』がご期待に添えると良いのですが」
「何を仰いますか。これまで幾多かの試作品を積極的に活用してくださり、詳細なデータまで提供してくださったあなた方の事は、会長も強い関心をお持ちです」
「此方としても、ライデン社の最新鋭の兵器を使えて満足しております。これまで何度も救われました」
これは事実です。旧来のマスケット銃だけではとっくに滅ぼされていたでしょうね。
「それはなにより、我が社としては今後もより良い関係を築いていきたいと思っております」
「それは、此方としても大歓迎です」
これまでライデン社とは間接的な取引はありましたが、直接取引が出来るようになったのは素直にありがたいです。
「さて今回の件ですが、先日我が社に問い合わせ頂いた件です。建設器具などを所望されているのだとか」
「はい。現在故あって大規模な家屋などの建設を行っておりまして。人員には目処がついているのですが、つるはしとスコップ、人力に頼るしかないのが現状です。可能ならば工期の短縮、負担の軽減、効率化を果たせないものかと考えていまして」
人海戦術でも構いませんが、それだと年単位の時間を要します。それに、人員への負担も大きい。
「その方法を我が社が持っていないか、と言うことですな?」
「はい。端的にお尋ねします。ありますか?」
「では、端的にお答えしましょう。あります」
ほほう!
「実は建設効率を高めるための機材なども開発を行っておりますが、建築ギルドの反発が強く試作品の数々は倉庫で埃を被っているのが実情なのです。帝国は新しい技術の導入に極めて慎重ですからね」
おや、皮肉ですか。まあ折角造ったものが使われないのは頭に来ますよね。
「興味深いお話です。それで、それらを我が『暁』に売っていただけるのですか?」
「もちろん、ただ埃を被らせておくのは勿体ない。会長からは、たくさんの物を同時に早く運べる『トラック』、人力の十分の一以下で整地できる『ブルドーザー』の二種類を先ずは販売すると言付かっております」
「トラックにブルドーザーですか」
強そうな名前ですね。
「さすがに実物を見なければご判断は頂けないでしょう。これらの実物は次回にお持ちしますので、その時にご決断頂ければと」
「分かりました」
では今回の訪問は挨拶だけ?
「今回はあくまでもご挨拶に伺いました。本格的な商談は次回にでも……ただ、会長から一件だけご要望がございまして」
「なんでしょうか?」
来ましたね。さて、何を望まれるか。
「要望と言うよりは質問でしょうか。此方の農園では野菜以外にも果物を生産していませんか?」
果物?
「生産していますよ?ただ日持ちがしないものが多くて『ターラン商会』にもあまり卸していませんが」
『オータムリゾート』、正確にはお義姉様宛に卸すことはありますが数もそこまで多くはありません。
「それは良かった。会長はあなた方の農作物を大変気に入っている様子でして、果物があるならば是非とも食べてみたいと」
「それは有り難いのですが、ここから帝都までだと日数が……」
シェルドハーフェンから帝都までは馬車で一ヶ月は掛かりますからね。
……そう考えると、如何に無我夢中だったとしても帝都の貴族街に住んでいた幼い私がシェルドハーフェンまで走れたのは奇妙ですね。地下道に秘密があるのかな?まあ良いか。助かったんだし。
「それについてはご安心を、我が社には自動車がありますからね。本日も自動車で三日ほどで此方に参りましたよ」
「それは羨ましい。三日程度ならば果物が痛むこともありませんね」
自動車は私としてもまだただ欲しいものです。帝都では少しずつ普及を始めているのだとか。
「どうでしょうか?試供品として幾つか頂けませんか?」
「ライデン社にはいつもお世話になっていますから、問題ありません。すぐに見繕って用意させます。ベル、ロウに伝えてください」
「分かった」
これまで黙っていたベルに指示を出して、改めてダイロスさんに視線を戻します。
「ありがとうございます。会長次第ではありますが我が社と正式に取引の契約を結ぶことがあるかもしれません。その際はどうかよろしくお願いします」
「こちらこそ、今日はわざわざありがとうございます。より良いお返事をお待ちしておりますね」
私は立ち上がりダイロスさんと握手を交わすのでした。掌も大きいです。
皆様お初にお目にかかります、ライデン社営業のダイロスと申します。無事に『暁』と最初の接触が終わり彼方の好意で果物も二箱頂けました。会長が喜ばれれば良いのですが。
しかし、不思議な少女でした。交渉中終始表情が変わること無く無表情のままでしたが、その言葉にはしっかりと感情が込めれているのです。
そして、此方が話した機材についても強い関心を示してくれました。まず難癖をつけてくる他のギルドや政府の役人より遥かに有意義な時間を過ごせました。会長にも良い報告が出来そうですが、気掛かりはあのそこの知れない青く深い瞳。まるで何もかもを飲み込もうとするような、ある種の恐怖を感じました。我が社にとってのジョーカーとならねば良いのですが。