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9 ◇過去の恋は散った
「まず、私からの反対理由は、お前に秘密にしたまま付き合い、結婚の話が
出ても尚、秘密を打ち明けていないところ。
それと彼女の兄に前科があったよ。
婦女暴行だそうだ。
最悪だ。
実刑判決が下りてるから余程のことだろうな。
これを聞いても自分の気持ちを貫くというのなら、それも一つの生き方だ、
口出しはしない。
ただし、遺産も会社も叔父へ、そして従兄へと譲ることにする」
遺産の下り辺りからは、その場にいた伸之には何も耳に入らなかった。
何か悪い夢でも見ているような気分だった。
全てを捨てて、彼女のことを全て丸ごと呑みこむには、伸之は若過ぎたし
思慮深過ぎた。
そして結局伸之は美貴を捨てる形で別れることとなる。
◇ ◇ ◇ ◇
その後ほどなくして、山内美貴は会社を辞め伸之の前から
ひっそりと消えた。
そのため、伸之は恋愛、特に社内恋愛には慎重だった。
醜聞を曝せば跡取りから外される可能性が大で、遊びたい盛りの独身貴族
なのに石田伸之の毎日はストイックで好むと好まざるとにかかわらず、
品行方正に仕事に邁進するのみであった。
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痛い社内恋愛をした経験から、いずれいつか誰かと結婚するとしても
社内恋愛だけはないだろうと思っていた。
だがふとした偶然から社内に気になる存在ができた。
灯台下暗しと言うのがまさに言い得て妙で、今回身に起きていることを
如実に物語っている。
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自分の下に配属された5才年下の秋野百子は物静かで仕事にも真面目に
取り組む女性だった。
他の部署の新入社員のように自分の気を引こうと媚びてこない
ところも一緒にいて楽だった。
そして伸之から見た秋野百子の印象は、大人しく地味というようなもの
だったのだが。
それがたまたま仕事終わりに一緒の電車になったことで個人的に話す機会ができ、
彼女の方に友だちがいたせいか、素の彼女を知ることができた。
遠目から見て地味だと感じていた薄化粧の彼女の肌は、溌溂としていて
美しかった。
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表情も愛らしく、話す仕草も可愛くて、自分は彼女のことを何も知らずに
いたのだとその日実感した。
美貴との辛い別れを経験し、自分はそれからは薄暗い穴の中にいて
周りの物事をちゃんと捉えることができてなかったのかもしれない。
仕事中に時折秋野のことが気になり、露骨には見ないもののそちら方向に
視線を向けるも、彼女が俺のことを見ていたことは一度もなく、黒田さんと
ばかり時々視線が合う……のは何故?
他にも視線を感じるのは一つ向こうの島からのビームばかりで、
本当に秋野が俺のことなんか眼中にないようなのが悔しい。
次は残業などがあったときに他のメンバーと一緒に彼女のことも誘い、
徐々に距離を詰めていければ、ぐらいに考えていたのだが。
10 ◇信頼を失くす
出張で行った出先の旅館で秋野の同期の日比野が彼女の部屋に入っていくのを
たまたま目撃してしまい、30分経っても出てこない日比野に痺れを切らし、俺は
一芝居打った。
俺のところに駆けつけた彼女の様子から、何もなかったのだと思いたいだけかも
しれんが、何もなかったように見受けられ安心したのだった。
……とはいうものの、その後日比野が彼女を狙っているのかもしれないと思うと
ムクムクと嫉妬心に駆られてしまい、下らない質問を彼女にしてしまった。
そして信頼を失くした。
その上、何とかしないとこのままじゃまずいと思っていた矢先の
彼女の退職願い。
万事休すだ。
一体どうすりゃあいいんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
いろいろ考えてみたが、とにかく彼女を説き伏せるには二人きりに
ならないと始まらない。
自分を避けてる彼女と二人になって話をするというミッションは
そこはかとなく厳しいものがある。
俺は黒田女子に相談することに決めた。
年の功できっと助けてくれるような気がした。
黒田さんには正直に話して相談をした。
『秋野が退職届を出しているので何とか踏みとどまらせたい。
ついては彼女と話をして説き伏せたいと考えているが個人的な付き合いが
ないので話をしたいからと言って会ってもらえるかは分からず困っている。
彼女と会うのに手を貸してはいただけないでしょか』と。
彼女には会議室に来てもらい、相談をした。
「もちろん、いくらだって私の手でよければお貸しします。
私だって秋野さんがいなくなるなんて耐えられないですから。
彼女ほど素敵で可愛げのある後輩はこの先絶対現れないと思いますから、
絶対彼女の退職は阻止したいです」
良かった。
彼女と俺の気持ちがひとつになった瞬間だった。
11 ◇素敵な脇役に痺れる
私は石田さんから、秋野さんの退職願いを思いとどまってもらうために
手を貸してほしいということで、お手洗いに行くためオフィスを出たところを
呼び止められた。
最初に『黒田さん……』と声を掛けられた時点で少し舞い上がり、
共用フロアーの隅で相談を受けている間は更に舞い上がりテンションMAX。
細かな打ち合わせは私が石田さんにメールで連絡するという話で
落ち着いた。
石田さんに直にメールする日がくるとは。
別に好意を示されたとかっていうのではないし、単に協力するという
だけだけど、いいのよ~、二人きりで短時間といえども話をする機会に
恵まれたということ、メールのやりとりができるということ、これだけでも
私には幸せなんだもんっ。
それに多分だけど、少しとはいえ、感謝されるかと思うと心震えるのよね。
秋野さん、辞めるなんて言わないでほしいけど……でも辞めるって
言ってくれてありがとう、みたいな? 心境。
百子の思い切った行動は、知らないところで黒田を幸せにしていたのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
さっそく私は秋野さんをお茶に誘うことにした。
一つ隣に座る秋野さんは今日もイマイチ元気はないものの、勤勉さを
発揮して一心不乱で急ぎの仕事に邁進している模様。
様子を窺い話し掛けるタイミングを計る。
「秋野さん、少しは片付いた?」
「なかなかですね。
残業しないといけないかも。
黒田さん……実は私、話しておかないといけないことがあるんです」
「会社では話せないようなこと?」
「……」
「ね、じゃあさ、今日か明日、仕事の後でお茶でもしない?」
「いいですね。助かります」
『いえいえ、こちらこそ助かったわ。
何の労力もなしにあなたの方からカフェに行くチャンスを作ってくれて』
「お姉さんに任せなさいっ」
「はい」
秋野さんが笑顔を貼り付けて返事をしてくれた。
石田さんとのことで浮かれ過ぎていて、今更なんだけれども
秋野さん、一体何が原因で辞めることにしたんだろう。
取り敢えず秋野さんの都合次第では今日にもカフェ行きになるやもしれず、
私はすぐに視界の範中にいる石田さんにメールを送った。
私は送る時『今日だと急なので明日の方がいいでしょうか?』と書いた。
彼からはすぐに『今日でも構いません』と返信が届いた。
『きゃぁ~、別の島の女どもめ、私は石田さんとメールできる仲なんだぞぉ~』
と無駄にキャイキャイしているのは内緒。
空しいけど、空しくないのだ。
楽しいのだぞぉ~っと。
でもあれだよね、秋野さんを誘いお茶を注文したところで
石田さんが登場したら、私はお茶も飲まずに退場したほうが好印象だよね、
石田さんから見て。
支払いはお任せしてもいいよね、飲まずに帰るなら尚更。
お金を払いたくないっていうのじゃなくて、石田さん目線で
考えてみるとってこと。
私はどこまでも石田さんから見てスマートでかっこいい大人の女性を
演じたいのだ。
主役じゃなくて脇役だけど、こんな素敵な役は人生でなかなか巡って
こないことを私は知ってる。
……だ・か・ら。
コメント
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第4話読了!過去の恋愛でトラウマ抱えた伸之が、今度は秋野さんに惹かれてじわじわ距離詰めようとしてるのに、日比野の件でしくじっちゃうもどかしさ…めっちゃわかるわ。そして黒田さんの視点が来たのが予想外で熱い!「辞めるって言ってくれてありがとう」とか完全に恋する乙女の声出てもうた。脇役にここまで感情移入させられるのずるいよ~。次の展開まじで気になる🔥