冬の冷たい空気で吐く息が白い。沙羅は明るい日の光に目を細め、空を仰いだ。
澄んだ青の中に羽を広げた鳥が自由に飛んでいる。
「何から話せばいの……」
昨晩の事を思い出し、少し切ない気持ちなりながら、お台場にあるホテルに着いた。
慶太に指定された2803号室の部屋番号を確認して、呼び鈴を押す。
カチャリとドアが開いたと思った瞬間に、部屋の中に引き込まれ、慶太の腕に抱きしめられていた。
「沙羅、会いたかった」
心地の良いバリトンボイスに耳にかかる。
慶太から香る爽やかな柑橘系の香水に包まれ、広い胸に顔を寄せた。
「私も………」
温かな腕に抱きしめられていると、沙羅の不安だった心が軽くなっていく。
それでも、昨日のパーティーで一緒に居た女性との噂の真相を慶太に聞きたかった。
それを訊ねようと沙羅は顔をあげる。けれど、慶太の切れ長の瞳が切なげに揺れていた。
「沙羅……キスいい?」
求められて拒否など出来ない。沙羅は、自分から顔を近づけ、そっと唇を重ねた。
目を瞑り、柔らかな感触を感じる。
節のある指に顎先を捉えられ、口づけが深くなっていく。
愛情を示されると胸が震えてたまらなくなる。心が求めて止まないのだ。
どうしようもないぐらいに、慶太が好きなんだと思い知らされる。
自分の存在が、TAKARAグループを背負う慶太の足枷となるのなら、別れを選ぶのが正解なのだろう。
でも、別れを選ぶことなど出来やしない。
それが、間違いだとわかっていても……。
「慶太……好きよ」
シャンプーの甘い香りがする沙羅の髪に慶太は指を梳き入れ、後頭部を押さえた。
輪郭を確かめるようにそっと舌先でなぞり、柔らかな唇の感触を食むように味わう。
チュッと音を立てて、唇が離れると慶太の眼の前は沙羅だけになる。
「沙羅、好きだよ」
もっと、深く繋がりたいと再び唇を重ねた。少し開いた唇の合間から、舌を差し入れ、沙羅を内側から撫で上げる。体温を直に感じて、理性が崩れていく。
沙羅を求める気持ちが強すぎて、逸る気持ちが抑えられない。
「ふぅ……ぁ」
鼻に掛かった甘い吐息が沙羅から漏れ、欲情が加速していく。
昨日のパーティーでの事を沙羅に話さなくてはいけないと、沙羅の顔を見るまでは考えていたはずなのに、肝心なところは置き去りにして、貪るように唇を重ね続けている。
誰よりも、好きになってしまった。こんなにも沙羅が欲しくてたまらない。
「け……いた……」
とろりと蕩けた瞳で、沙羅から名前を呼ばれ、背中にまわった細い腕が、縋るようにうごめく。
シャツの上から体温が伝わって、気持ちが抑えきれない。
柔らかな頬に手を這わせ、細い首筋に慶太は唇を寄せた。
そして、キスを繰り返しながら囁く。
「沙羅……、したい……いい?」
沙羅が小さくうなずくと、それを合図にコートを肩から剥ぎ取り、足元へ落とした。
余裕のない手つきで、慶太は沙羅のセーターをたくし上げ、ブラの肩ひもをずらした。すると、まろみのある胸が晒される。
慶太らしくない強引さに沙羅は戸惑い、動きを制するように広い胸に手のひらを押し当てた。
「慶太?」
「ごめん、沙羅が欲しくて抑えられない」
慶太は眉を寄せ、切なげにつぶやく。
自分の知らない慶太の表情に、沙羅の心は乱れて落ち着かない。ドクドクと心臓が早く動き、体中に熱を運ぶ。
「……ん、いいよ。慶太に求められて嬉しい」
「そんな瞳で見られたら、優しく出来ないかも……」
慶太が自分を欲している。そう思うだけで、沙羅は腰の奥にズクンと熱が集まるのがわかった。
「優しくしなくてもいい……抱いて」
沙羅は腕を慶太の首にかけ、キスをねだるように、欲情に濡れた慶太の瞳を覗き込む。
普段、真面目な沙羅の小悪魔的な振る舞いに、慶太の衝動は搔き立てられる。
「沙羅……」
吐息が掛かる距離で囁き、唇が重なる。
縺れるようにベッドに倒れると、沙羅は慶太の髪に手を掻き入れ、胸元へ抱き寄せた。
まろみのある胸のふくらみを大きな手が包み、揉みしだかれる。
「ふっ、あっ……ぁん」
先端を甘噛みされ、その刺激に、たまらなく痺れる。電気が走ったように体が跳ねた。
甘える声が鼻に抜けて、沙羅はイヤイヤをするように首を横に振る。
本能に従うようにお互いを求めあう。
薄っすらと汗をかいた肌が、カーテンの隙間から差し込む光に照られて、艶めかしく誘う。
沙羅は濡れた瞳で、膝裏に手を当て自分の足に唇を寄せる慶太を見つめた。
「もう……だ……め」
そんな抵抗とも言えない沙羅の片足を掴み上げ、慶太は唇を滑らせる。
太ももの内側をチュッと強めに吸われて、沙羅の背筋にゾクゾクと官能が走り、足先に力がこもる。
背中がしなり、シーツが波打つ。
「んっ……ん、ぁぁ」
「沙羅……いい?」
敏感な部分に息のかかる距離で、慶太に問われて、沙羅は壊れた人形のようにコクコクと首を縦にふった。
慶太の吐息さえも、肌に触れれば、欲情を掻き立て官能に変わる。
頭の中には紗がかかり、与えられる快感にどっぷりと浸かっていた。
「はや……く……」
やっと、絞り出した声で、沙羅は慶太をねだる。
早く慶太と繋がりたかった。
お互いを投げ出して求め合い、心と体の一番深いところで、ひとつになれたなら、この先どんな事でもふたりで乗り越えられるような気がした。
「んっ……」
慶太の熱が自分の中に入って来るのを感じ、その質量に吐き出す息が震え、生理的な涙がぽろぽろとこぼれる。
「……ぁ」
「沙羅……ごめん」
指先でそっと涙を拭われ、沙羅は瞼を開いた。
切れ長の優しい瞳の中に自分が映っている。
「けい……た。……好き。もっと……奥に……きて」
「沙羅、愛してるよ。ずっと、一緒にいたい」
「ん、わたし……も」
慶太が腰を進めると、沙羅は浅い息をくり返した。やがて、最奥に熱を感じる。
「あっ……ぁぁ」
慶太と繋がった喜びに、既に達してしまいそうな快感が押し寄せた。
「沙羅……」
慶太は、沙羅へ唇を重ね、ゆっくりと動き始める。
それが、だんだんと激しくなってきた。
「ん、……んっ」
揺さぶられるたびに、熱くて息が出来ない。
慶太の肩を掴み、喘いでのけぞる。
このまま、溶けてひとつになれたらいいのに……。
そんな事を思いながら、沙羅は絶頂へと導かれた。
「沙羅……沙羅、起きて」
慶太の声に反応して、沙羅はモゾリと動いた。
「ん……おはよぅ」
けだるい体を反転させ、ゆっくりと瞼を開くと、沙羅の横で肩肘を付いた慶太の顔が近づき、チュッとキスを落とされる。
「おはようと、言っても夕方なんだけど、沙羅は時間大丈夫?」
「えっ、いま何時?」
「もうすぐ18時になるところ」
「私、急いで帰らないと美幸の塾のお迎えに間に合わない!」
これから身支度をして、ギリギリの時間だ。
沙羅は、慌ててベッドから立ち上がったが、ゴージャスな部屋の惨状に唖然とする。
床には脱ぎ散らかした服が散らばり、体には何も着ていない。
その体のありとあらゆるところにキスマーク。もちろん慶太が付けたものだ。
「きゃあ」
驚いた沙羅は、体育座りのようにしゃがみ小さくなる。
相変わらず様子に慶太は安心したようにクスリと笑い、沙羅をガウンで包み込む。
「ごめん、無茶させた」
「ううん、大丈夫。私……不安だったの。だから、慶太にたくさん愛してもらえて嬉しかった。あっ、変なこと言ってごめんね」
沙羅の言葉を聞いた慶太は眉尻を下げ、困ったような顔をする。そして、細い息を吐き出した。
「不安にさせて、すまない。……昨日のパーティーは、父に言われて、顔つなぎのつもりで出席したんだ。それなのに、断ったはずのお見合い相手が居て、仕事がらみで仕方なくエスコートするしかなった」
やっぱり……。
萌咲から聞いて、覚悟してしていたとはいえ、慶太から聞くのはきつい。
立華商事のご令嬢とのビジネス絡みの大きな縁談は、慶太の父親が乗り気だと言う話しだ。
それにパーティーで、うまく立ち回っていた彼女と、その場に馴染むの必死だった自分では、TAKARAグループの総領の妻の座という面を考えれば、天秤にかけるまでもない。
親ならば、バツイチ子持ちの女より、然るべきところのご令嬢を息子の嫁にしようと思うのは、至極当然だと思う。
沙羅は、泣かないようにギュッと目を瞑り、気持ちを立て直す。
ゆっくりと瞼を開き、慶太へ顔を向けた。
「わかった……。大人の事情が絡むと仕方ない事があるよね」
そう言って、沙羅は微笑む。
その笑顔に慶太の胸はしめつけられる。沙羅が自分を気づかい無理に笑っているわかったからだ。
沙羅を悲しませるすべての事から守りたいと思っていた。それなのに、いま沙羅を悲しませているのは、他ならぬ自分自身だと奥歯を噛みしめる。
「昨日は、父が具合悪くなってしまって出来なかったが、この縁談は断るつもりだ。それに、父が無理やり話しを進めるようなら、俺はTAKARAを辞める」
慶太の真っ直ぐな瞳に嘘偽りは無いのだろう。
そこまで慶太から強く思われているのを沙羅は嬉しく思った。
でも……。
東京駅でデートをした時、慶太はTAKARAの仕事が好きだと笑っていた。自分のために責任のある役職を手放す選択は、慶太にとって良いのだろうか……。
「私は大丈夫だから、あまり感情的にならないで……。慶太を信じている」
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