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誰も知らない、高嶺の花の裏側3
第53話 〚バス内の配置を変えるべきか迷う回〛
――担任視点――
バスが高速に乗ってから、
教室とは違う空気が流れ始めた。
修学旅行の朝。
本来なら、
ざわざわして、
少し騒がしくて、
それでいいはずなのに。
(……静かすぎる)
担任は、
前方の席から全体を見渡す。
前の方では、
澪が窓の外を見ている。
えまと小さく言葉を交わしてはいるが、
声は抑えめ。
そのすぐ近くに、
海翔。
座り方が、
妙に落ち着いていない。
(あの子、
周りを見すぎている)
落ち着きがない、
というより。
——警戒。
それに近い。
担任は、
無意識に後方へ視線を流した。
……真壁恒一。
一人で座り、
騒ぐこともなく、
前を向いている。
(問題行動は、ない)
むしろ、
静かすぎるくらいだ。
それなのに。
(なんで、
この配置が気になるんだ)
理由が言葉にならない。
ただ、
胸の奥が
「このままでいいのか」と
小さく鳴っている。
担任は、
海翔を見る。
澪を見る。
そして、
また後ろを見る。
——三点が、
見えない線で繋がっている気がした。
(……席替え)
頭をよぎる。
「安全のために」
「体調を考慮して」
理由はいくらでも作れる。
でも。
(まだ、何も起きていない)
担任は、
そこに迷った。
教師として、
“起きてから動く”のは遅い。
でも、
“起きていないことで動く”と、
子どもたちの自由を奪ってしまう。
(特に……澪)
あの子は、
守られすぎると、
息が詰まる。
前に、
そう感じたことがある。
一方で、
海翔は——
(守りすぎる)
自分が守らなければ、
という責任を
一人で背負い込むタイプだ。
その背中が、
今も少し強張っている。
担任は、
小さく息を吐いた。
(配置を変えたら、
安心するのは誰だ)
澪か。
海翔か。
それとも、
自分自身か。
答えは、
まだ出ない。
バスが、
次の休憩所まで
あと30分というアナウンスを流す。
(……そこで、様子を見るか)
担任は、
今は動かないことを選んだ。
でも、
心の中で決めている。
——何か一つでもズレたら、
——その瞬間に、配置を変える。
“問題が起きたから”ではなく、
“起きそうだと感じたから”。
それが、
今の自分にできる
最善だと信じて。
担任は、
もう一度だけ、
バスの後方を見た。
真壁恒一は、
前を向いたまま。
けれど。
(……視線、
合わないのに分かる)
“落ち着いていない”。
その事実だけが、
胸に残った。
(この修学旅行、
何事もなく終わってくれ)
そう願いながら、
担任は
まだ見えない“判断の時”に
静かに備えていた。