テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
18
3,143
「やめろ!!」
鋭い怒声が村中に響く。
従者たちが一斉に振り返った。
伊波ライは肩で息をしながら立っていた。
髪は乱れ、狩衣の裾には土がついている。
急いで駆けつけたのだと分かった。
「……若君」
従者たちが慌てて頭を下げる。
だがライは彼らを見ようともしない。
真っ直ぐ、地面に倒れたマナだけを見ていた。
「マナ!」
ライは駆け寄り、膝をつく。
その手が震えていた。
「しっかりしろ」
「……ライ」
マナはなんとか笑おうとした。
けれど口の端が切れていて、うまく笑えない。
ライの顔が苦しそうに歪む。
「誰がやった」
低い声だった。
従者たちが息を呑む。
「若君、これは――」
「誰がやったと聞いている」
静かな声なのに、恐ろしいほど冷たい。
マナは初めて見るライの姿に驚いた。
普段の彼は穏やかで、怒鳴ることなど滅多にない。
なのに今は、空気そのものが張り詰めている。
やがて先頭の男が口を開いた。
「その者が若君を誑かしたため、我らは――」
「黙れ」
男の言葉を、ライは一蹴した。
「俺は命じていない」
「しかし旦那様が」
「父上の命であれば、人を傷つけてもいいのか」
従者たちは答えられない。
ライの瞳が鋭く細められる。
「二度とマナに触れるな」
その言葉に、村人たちがざわついた。
若君が、一介の農民を庇っている。
本来ならあり得ない光景だった。
「……ライ」
マナはふらつきながら起き上がる。
するとライが慌てて支えた。
「無理をするな」
「大丈夫やって」
「大丈夫に見えるか」
珍しく強い口調だった。
その声に、マナは少し目を丸くする。
ライは本当に怒っていた。
自分のことで。
「若君」
従者の一人が慎重に言う。
「その者から離れてください」
ライはゆっくり振り返った。
「嫌だ」
即答だった。
従者たちの顔色が変わる。
「若君……!」
「何度言わせる」
ライはマナの肩を抱いたまま言った。
「俺が望んでここへ来ている」
その言葉に、皆が息を呑む。
つまり。
若君自ら農民へ会いに通っていると認めたのだ。
「……っ」
マナの胸が苦しくなる。
こんなふうに庇わせたいわけじゃなかった。
ライの立場が悪くなる。
絶対に。
すると従者の一人が険しい顔で言った。
「旦那様へ報告いたします」
その瞬間、空気が凍る。
ライの父――この地を治める高位貴族。
もし正式に知られれば、もう今まででは済まない。
マナは咄嗟にライの袖を掴んだ。
「……もうええ」
「マナ」
「俺は平気やから」
ライは苦しそうに眉を寄せる。
マナは小さく首を振った。
「ライがこれ以上怒られるん嫌や」
「しかし」
「お願いやから」
その声に、ライは何も言えなくなる。
やがて従者たちは、重苦しい空気のまま去っていった。
だが最後に向けられた視線は、明らかに敵意を含んでいた。
村人たちも散っていく。
誰も何も言わなかった。
言えなかったのだ。
若君と農民。
決して交わってはいけない二人。
その現実を、皆突きつけられてしまったから。
静かになった村の外れで、ライはそっとマナの頬に触れた。
「痛むか」
「……ちょっとだけ」
嘘だった。
本当はかなり痛い。
けれどライの顔のほうが、もっと辛そうだった。
「すまない」
また謝る。
マナは困ったように笑った。
「謝ってばっかやな」
「お前を守れなかった」
「守ってくれたやん」
ライは目を伏せる。
「足りない」
その言葉に、胸が締めつけられた。
ライはきっと、本気で自分を守ろうとしている。
身分も立場も捨ててしまいそうなほどに。
それが怖かった。
「……ライ」
「なんだ」
「俺、怖い」
正直に言うと、ライが目を見開いた。
「お前が酷い目に遭うんが怖い」
風が吹く。
ライの長い髪が揺れた。
「俺のせいで、全部失ったらどうするん」
その問いに、ライはしばらく黙っていた。
やがて静かに口を開く。
「それでも」
紫の瞳が、真っ直ぐマナを見つめる。
「お前がいないほうが、俺は苦しい」
胸が痛かった。
嬉しいのに、苦しい。
叶うはずがないから。
「……そんなこと言うなや」
涙が出そうになる。
ライはそっとマナを抱き寄せた。
今度は優しく。
壊れ物を扱うみたいに。
「少しだけ」
耳元で囁く。
「少しだけ、このままでいさせてくれ」
マナは抵抗できなかった。
ライの腕の中は温かくて、泣きたくなるほど安心したから。
けれど同時に。
二人の未来に、静かに暗雲が近づいていることを。
マナは嫌というほど感じていた。
コメント
1件
マジでやばい…!!😭💦💦 ライがマナを守ろうとして「嫌だ」って即答するところ、心臓ぎゅーってなったよ…!! 身分違いの恋と分かってるのに「お前がいないほうが俺は苦しい」って言われたら、もう涙止まらんやんけ…🥺💔 ラストの「少しだけこのままでいさせてくれ」が切なすぎて、キュン死にしかけてます!!! しろまるさん、この胸の苦しさどうしてくれるんですか…!!🤯💕 続きが気になりすぎて今夜眠れないかも…!