ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。無謀かつ短絡的に攻め寄せてきたパウルス男爵率いる一団は早々に殲滅することが出来ました。充分な正面兵力、猟兵、そしてレイミとエーリカが居る以上マスケット銃の部隊など相手になりません。
相変わらずエーリカは返り血で真っ赤に染まっていますし、レイミは容赦なく魔法で蹂躙していましたが。
このまま貧民街で暴れまわる一団も掃討してしまうつもりでしたが、お姉様に止められてしまいました。
「貧民街の騒ぎも収まっているみたいだし、その必要はないわ」
「収まった?貧民街の民が反撃できるとは思いませんが」
キャプテンならば備えはあるでしょうが、貴族の私兵である領邦軍に正面から反撃するとは思えません。なにせ、その後の報復が確定するのですから。
となれば、誰が?
「蒼光騎士団が動いたみたいね。東部閥も大慌てでしょうねぇ」
お姉様は楽しげに目を細めていますが、私としては不本意です。蒼光騎士団は、マリアの私兵集団であることは周知の事実。そんな連中に手を出せば聖光教会に手を出したのと同義。まして騒ぎを起こしていた一団を掃討したとなれば、そちらに注目が集まる?
つまり、このバカ騒ぎを治めた功績もまるごと聖光教会に取られたようなものです。
もちろんレンゲン公爵家としても抗議しますが、今にして思えば皆殺しにしてしまったのは早計でした。
適当に貧民街で暴れている者を数人程度捕らえる予定でしたから。死人に口無し。死体を見せても賊と言い張られたらどうにもなりません。
対して彼方は蒼光騎士団、聖女の私兵です。貴族相手の駆け引きが通じる相手ではありません。背後の聖光教会とマンダイン公爵家が手打ちにして終わりですか。マリア、余計なことを。
「面白くなさそうね?シャーリィ」
「ええ、この件を最大限利用する手段を失いましたから」
仮にレンゲン公爵家が強く抗議したとしても、マンダイン公爵家は聖光教会と早々に手打ちとするはず。
教会上層部は腐敗していますから、お金をちらつかせればあっさりと引き下がるでしょう。
こうなると、『聖光教会は寛大にも過ちを許したのにまだ喚くレンゲン公爵家』と言う構図が出来てしまいます。いや、フェルーシアならば作るっ!
「お姉様、申し訳ありません…」
「良いのよ。今回はジョゼにとっても良い経験になっただろうし、何より貴女が私達のために命を懸けた。それだけでも充分な成果よ」
……つまり、私達がレンゲン公爵家のためにどこまで働くかを見極めていたと。お姉様には敵いませんね。
確かにマンダイン公爵家を攻撃する好材料を失いましたが、ジョゼに実戦経験を積ませて、私達暁の働きを見ることが出来た。
お姉様からすれば千金の価値がある結果だったのでしょう。
マンダイン公爵家の帝都屋敷。贅の限りを尽くした巨大な屋敷のある一室。
「あの無能共めが!ワシに恥をかかせるだけでは飽きたらず、無用な面倒事まで残しおって!」
マンダイン公爵は身体を怒りに震わせ、手にしてグラスを腹立たしげに投げた。
パウルス男爵一派による独断専行は全て失敗に終わり、レンゲン公爵家はもちろん聖女の私兵たる蒼光騎士団に手を出した結果、聖光教会との間にも厄介な問題を生じさせたのだ。
「お父様、お気持ちは同じですわ。けれど、こんな時こそ優雅に。それが帝国貴族のあるべき姿ではありませんか?」
そんな父を宥める愛娘のフェルーシア。そもそもこの一件は彼女がパウルス男爵を唆した結果発生したものであるが、それを公爵は知らない。
「しかし、女狐はまだしも聖光教会との揉め事だけは避けねばならん。我が家中はもちろん、領内にも信者は多いのだぞ?」
「教会上層部に示談金を支払えば済む話ですわ。教皇を含め、お金と権力にしか興味がありませんもの。そして高々に和解したと宣言させるのです」
「示談金か……仕方あるまい。だがわざわざ宣言させるのだ?フェルーシアよ」
「聖光教会は犠牲者を出しながらも些細な行き違いを寛大にも許した。そう公表すれば、レンゲン公爵家は公の場で文句を言えましょうか?いいえ、言えませんわ。そんなことをすれば、自分が器の小さな人物であると公言するようなものです」
「なるほど、聖光教会を抱き込むことで女狐を黙らせるのだな?しかし、あの強欲な連中を動かすとなれば安くない金が必要になるが」
「ご安心なさって、お父様。既にパウルス男爵以下今回の騒ぎに参加した者達の資産は全て没収しております。後は、それらを帝都孤児院へ寄付すると宣言していただければ取り戻せますわ」
「ついでに我らは名声を得れるか。悪くない、その手でいこう!」
帝都孤児院。マンダイン公爵家が経営する救済施設であるが、実態は狂気の科学者であり転生者であるハンス=ハースペクターの実験材料を提供するために存在している。
寄付したところで全額マンダイン公爵家へ還元される。
当初とは違い機嫌が良くなったマンダイン公爵は愛娘に別れを告げて意気揚々と部屋を後にした。
父を見送ったフェルーシアは、側に控える砂色の髪をした青年へ視線を向ける。
「カイン、逃げ込んだマロン騎士爵は?」
「お嬢様のご指示通り、処理しております。またパウルス男爵の妻子は中々の高値で売れそうです」
「売り先は?足がつくような真似はしたくありませんが」
「ご安心を、取引先はシェルドハーフェンでございます。彼処ならば足が付く心配もありません」
「ごみ捨て場ですか、それなら構いませんわ」
「それと、こちらを」
ケースを取り出して中身をみせる。そこにはM-1ガーランド小銃が納められていた。
「これは?」
「蒼光騎士団の自爆した者が所持していたライフルでございます。偶然回収することが出来ました。残念ながら、爆発の衝撃で少々破損してございますが」
「ふぅん……強いの?」
「お嬢様お抱えの親衛隊の装備する銃より遥かに高性能でございます」
腹心の言葉は、フェルーシアの興味を引いた。
「気に入らないわね。パウルス男爵の妻子の売り上げは私個人のもの。それを使って調査なさい。可能ならば手に入れるように」
「御意のままに」
古き良きロザリアを掲げ旧態依然としている東部閥ではあるが、唯一マンダイン公爵家令嬢であるフェルーシアだけは近代化の有用性をある程度理解している。
そんな彼女が強力な近代兵器に関心を寄せるのは必然であり、マリア、シャーリィ、フェルーシアの三者による軍拡競争を招くことになる。
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