コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
目の前のニンジンは確かにこのリージョンは『ネマーチェオン』と言った。その名を頭の中で復唱しつつ、何か記録出来ないかと模索するピアーニャ。
「そ、そうだ。カミとタンピツあったろ! ミューゼオラ!」
「え、ああ、そうですね。今出しますね」
アリエッタのお絵かき用に、いつも紙束を杖の中に仕舞っているので、メモ用紙はすぐに手に入る。
炭筆はアリエッタが数本持っているので、貸してもらう。その代わり、紙を1枚渡して、好きに絵を描いてていいよという意味で、笑顔を向けた。
(もしかして、この第一ニンジンさんを記録しろって事かな? よし、お仕事だ)
会話がまだ出来ないアリエッタに求められているものは何も無いが、ミューゼ達の役に立てるのが嬉しいアリエッタは、気合を入れて毛筆を握った。
これでアリエッタが大人しくなったと安心したピアーニャは、アリエッタから少し離れてテーブルでメモを取る準備をする。仕事の練習にと、ミューゼとラッチとムームーにも、同じようにメモを取るよう命じた。
「シツモンをするが、いいか?」
「ハい、お答エしますヨ」
自分から色々教えてくれるような相手なので、問題なく教えてくれるだろうと思いつつも、念のため確認してから質問を始めていった。
「このリージョンは『ネマーチェオン』といったが、ダレがなづけたのだ?」
「こノ木を育てタ神デす」
「……う、む」
ミューゼ達は今の会話とピアーニャの反応を理解出来ていないのか、お互いを見つめ合って首を傾げている。
「リージョンに名前があるのはおかしいのよ?」
「リージョンに名前を付けるってのは、他のリージョンを認識してないとあり得ないの。ファナリアだってハウドラントと交流を持つまでは、あのリージョンに『ファナリア』って名前はなかったんだから」
ムームーだけは理解していた。
名前とは他と区別するためのもの。今いる世界とは異なる『異世界』があるという前提が無いと、世界に名前が付く事は基本的に無い。ピアーニャはそれが分かっていて、名付け人を尋ねたのだが、そもそも人ではなかったので、少しの間言葉を失ったのだった。
しかし、ドルネフィラーの例もあり、すぐに気を取り直して質問を続ける。
「このキはなんなのだ?」
「ネマーチェオンでス」
「……ん? どういうコトだ?」
「貴女方の考えデ言うと、コの木がリージョンという事にナりまス」
「なるほどな……」(あとでじっくり、かんがえをセイリするしかないな)
スケールが大きいので、今は一旦メモだけを取って、考えるのは後回しにした。
この後も、ピアーニャの質問は続き、ニンジンは淡々と答えていく。
「オマ…あなたのナマエはなんという?」
「『名前』とイう考えは、コこ『ネマーチェオン』にはアりません」
「……どうしてそこまで、いろいろおしえてくれる?」
「聞かレたからデすが」
「うーむ……」
まだまだ聞きたい事が沢山ありすぎて、何を聞くべきか迷い始める。
そこへ、ミューゼが手を挙げた。
「あのー、あたしからも質問いいですか?」
「ん? ああ、いいぞ」(いまのうちに、ダイジなシツモンかんがえておくか)
「さっき、この家から記憶を読み取ったって言ってましたけど、それはあたしの記憶って事ですか?」
「はイ、交流に必要な情報かラ、知られてはいケない過去まデ、全て頂キま──」
「うあああああ!! やっぱりいいいい!!」
「一番最近の秘密って何なのよ?」
「それは、アリエッタが寝テいる時に、オへそ──」
「言うなああああ!!」
「おまえナニしてんだ……」
ミューゼの記憶まで淡々と話そうとするニンジン。パフィやラッチはもっと知りたそうにしていたが、ムームーはそれよりも気になる事があった。
「他の人の記憶も読み取れるの?」
「いえ、可能なのハ植物のミです」
「じゃあ、植物の魔法が使えるミューゼだけが、特別ってことね」
「ハイ。お陰で皆サんと話が出来るヨうになりまシた」
「そうか、たすかったぞミューゼオラ。おてがらだな」
「嬉しくない!」
現地人と話せるのは、交流の為の第一歩である。そのきっかけとなったミューゼの貢献度は、いきなり計り知れないものとなる。
「って事は、マンドレイクちゃんも喋れるようになるって事なのよ?」
「いエ、ソれは不可能でシょう」
「なんで?」
「抜けテしまえば、吸収すル事は難しいノでス」
「よく分かんないけど、まぁ残念なのよ」
ミューゼ達の質問で、さらに疑問が増えていく。そんな悩みを抱えているピアーニャの顔に、だんだんと疲れの色が浮かんでくる。
気付いたパフィが、荷物から小さい飴を取り出し、ピアーニャに与えた。
「はい、甘い物食べておくのよ」
「……たすかる」
「アリエッタも」
「ありがとなのっ」
甘い赤色の飴を舐めたお陰で少し落ち着いたピアーニャは、改めて質問をしようと──
ぐぅぅ
「……そういえば、何も食べてなかったのよ」
顔を赤くしたミューゼを見て、パフィが食事の支度を始める事にした。
その時、最初の挨拶以来、答えるだけだったニンジンが、自分から動き出した。
「食事の時間とイうやつでスね?」
「なのよ。あなたも食べるのよ?」
「食べマせんが、得意でス」
「……?」
「ミューゼの記憶にあったのデ、問題ありマせん」
いまいちよく分からないニンジンの自信。このリージョンの料理とかあるのだろうと、一緒に料理をしてみる事にしたパフィだったが、次の瞬間戦慄した。
「さぁドうぞ」
「なんでまな板の上で寝てるのよ!?」
あろうことか、ニンジンは包丁を持つパフィの目の前にある、まな板の上でスタンバイした。
「もちろん料理の為ですガ」
「いやそこ料理される食材の場所なのよ!」
「はい、知っていマす」
「えぇ……」
当然とばかりに、ニンジンはまな板の上に身をゆだねている。体から出ている根らしき毛を、さぁ来いと言うようにチョイチョイ動かして。
流石にこれにはパフィもどうしたらいいのか分からない。背後を見ても、全員が目を点にして固まっている。
「あ、そうソう。ネマーチェオンでは、出来ルだけ火を使っテほしくないノで、千切りニしてソースをかけて召し上ガってくダさい」
「調理のレクチャーまでするのよ!? そんなに食べられたいのよ!?」
「それガあたしの存在意義なのデ」
「どーゆーことなのよ……」
もはやニンジンの話は、自分の調理方法のみである。先程の質問攻めよりもずっと生き生きしているようだ。
「トいうわけで、サクッとやっちゃってクださイ」
「どーゆーわけなのよーっ!」
結局、精神的にも、情報源という意味でも、ニンジンを調理する事は出来ず、なんとか持ってきた食材だけで料理を作った。
やたらと切られたがる食材の命をかけて料理を進めたパフィは、疲労困憊で黙々と食べている。
「食べてもラえぬとハ、不覚です」
「なんでそこまでして食べられたいの……」
「頂いた記憶から、もっトもミューゼさんとの取引に役ニ立つ存在トして生まれまシた。そしてあたしニはそれガ可能です。つマり食べられなケればアたしは役立たズという事でス」
『何それ怖い……』
皿の上に座して動かなくなったニンジンを前に、全員の意見が一致した。食卓でニンジンと話をしながら食事をするのは、全員初体験である。
「『あたし』って言ってるのも、ミューゼの記憶の影響って事?」
ムームーはどうやら会話の中から疑問点を拾い上げるのが得意なようで、ニンジンの言動に対しての反応が多い。
「その通りデす。記憶を持つといウ事は、アたしはミューゼさんの2号トも言えまス。あナた方の馴染みの名前を使うなラば、あたシは『ミューゼオラ・ニンジン』と名乗ル事になるでシょウ」
「やめてくださいお願いします……」
「まぁ、ミューゼオラひとりのギセイで、このリージョンのジュウニンがミカタになったとおもえば、すばらしいな」
「ですね」
「なのよ」
「さすがフェリスクベル様……」
「ちょっと!? 犠牲が重すぎるんですけど!?」
1人だけ反発しているが、みんな安心しきった顔をしている。
未踏のリージョンでは、現地人との争いになる事も珍しくない。その事はピアーニャも過去に経験していて、その事を全員に注意喚起していた。今は少なくとも、このニンジンに関してはその危険性は無くなったのだ。
「って、他にニンジン……あなたの仲間はいるの?」
「はい、いくらデも増やせマす。他の種類もいケますが、ミューゼさンの記憶の中では、歩ケる植物がニンジンしかありマせんでしタ」
「……1つの話で情報過多なのはやめてほしいなぁ」
発言1つで疑問点が多数。ムームー、ピアーニャ、パフィが沈痛な面持ちで俯く。
皿の上に鎮座したニンジンは、その反応を見て、ちょっと強気な態度…というより、強気なポーズになった。
「ソの疑問への答えは、あたシを食べタら教えテあげマしょう」
「なんでそこまでして、たべられたがるんだ!」
「ほら、アたしの足をオたべ」
ニンジンは自分を餌にする交渉術を覚えた。しかも、かなり強引な感じで。
「さぁ食べろクださい! そうすればイくつカ疑問は晴れるでシょう!」
「くっ、どうすれば……」
「ここまで必死に死のうとする相手は初めてです……」
少しずつ、食べてもらう為には手段を選ばなくなってきた。
「生デ食べても良いでスよ? ほらポリポリやっチゃって下さい」
『えぇぇ……』
いつまで経っても自分を食べてくれない一同に、ニンジンは業を煮やした。そして勢いよく皿から立ち上がる。
「えエい! 意気地ナしのヘタレですカ! こうなっタら、あタしにも考えがアります!」
「なんでキレる!?」
「……記憶のせいか、ミューゼと話してるみたいに感じるのよ」
「え、あたしこんな感じでキレてんの? うそでしょ?」
キレるにしてはまだ温厚な感じが、パフィにとって馴染みのあるものだったらしい。アリエッタが関わるとかなり激化するのだが。
しかし、ミューゼ本人に比べて、内容がかなり独特ではある。
「このミューゼオラ・ニンジン、調理される為ニは容赦はしなイ!」
「なんの宣言!?」
「うおおおおオオオ!」
雄たけびを上げて、ニンジンは真上にジャンプした。そして頭から蔓を伸ばし、キッチン台に置いてあった包丁を絡めとった。そのままぐるぐる回転させながら勢いよく引き寄せる。
「あぶなっ!」
「ひゃあっ」
ニンジンと包丁の間にいたラッチとムームーが慌てて退避。高速回転する包丁はニンジンの場所を通過し、床に突き立った。
突然の攻撃行動に、緊張が走る。
そしてニンジンから言葉が発せられた。
「……煮込むと……美味シい…デす…よ」
その言葉を最期に、ニンジンの体は輪切りになり、皿に滑り落ちた。
ピアーニャとパフィが震えながら、ニンジンへと手を伸ばす。
「みゅ、ミューゼえええええ!!」
「な…なんてこった……」
「そんな……ミューゼ……」
「こんな、こんなことって!」
壮絶な別れを経験し、悲しみに暮れるパフィ達。もう喋る事が無くなったそれを見て、悔やみ続けるのだった。
「いやいやあたしじゃないから! みんな分かってる!? ねぇ!?」