「というわけで、遺言通りになんてせずに、潰してスープにしたのよ」
「なんでだよ……」
「食後だから食べる気がしなかったのよ」
ニンジン最後の志望調理を、パフィは容赦なく無視していた。温めるという点しか共通点が無い。
「これがミューゼオラのスープ……」
「ごくり……」(フェリスクベル様の汁、フェリスクベル様の汁、フェリスクベル様の汁!)
「なんかやらしいね」
「そこ! あたしじゃないし、変な想像しない!」
別にミューゼは関係無いのだが、相手がミューゼの記憶を持って『ミューゼオラ・ニンジン』と名乗ったせいで、おかしな解釈が入っている。
石類以外は食べられないラッチも、これは絶対に飲むと豪語し、体を壊さないように小皿にスープを入れてもらっていたりする。
「まぁほら、かくリージョンのカンコウチにも、メイブツのおかしとかあるだろ。クッキーとか。そーゆーのだとおもえば、べつにフシギでもなんでも──」
「ありますけどっ!? こんなのテリア様に知られたらヤバ過ぎる……」
ネフテリアはミューゼの事を異常に気に入っているので、こんなモノがある事は知られずに、今のうちに処理するしかない。というわけで、残さずに実食する事になった。
「濃厚で美味しいけど……」
ミューゼは気分的な面で微妙なようだ。一方で、
「はぁ……フェリスクベル様の力が身に沁みます」
「ふつうにウマいな」
「自分を交渉材料にする訳なのよ」
「おいしー」
味に関してはかなりの高評価である。石の味しか分からない人物が約一名、恍惚とした表情で小皿をチロチロと舐めているが。
「お気に召シていたダけたようで何ヨりでス」
「ええ、ありがとうなのよ。みんなが喜ぶ味だっ……」
話しかけられたパフィが返事を返しながら、視線を横に移すと、ニンジンがちょこんと立っていた。
『っはぅええええええええ!?』
全員の絶叫が重なり、アリエッタが大きくビクゥッと体を跳ねさせて驚いていた。
「あナた方が食べたノとは違いまスよ。アたしは今生まれタのです。もチろん記憶は同ジものを持っていまス。もちろン食べていただケますよ」
ニンジンが説明したのだが、いまいちピアーニャ達の頭に入ってこない。
というのも、アリエッタがニンジンの事を気になって、色々な角度から眺めたり、弄り回している。そんな事になっている本人は、まるで何も無いかのように、平然と話しているのだ。
話の内容よりも、ニンジンの状態の方がどうしても気になってしまうのである。
ぽきっ
「あっ」(やばっ、折れた……)
「ミューゼさんノ記憶から察スるに、アなた方はあたシの種族といウものが気になルのでシょう? 特に分類ヲ示す名前ナどは無いのデ、自由に決めてクださい」
「いやそれよりも足! もげちゃってますよ!?」
アリエッタがうっかり片足を折ってしまったが、全く気にした様子は無い。いち早く我に返ったムームーが、慌ててニンジンを回収して足をくっつけようとする。
「あ、そレはもう食べちゃっテください」
「ちょっ!?」
相変わらず自身を食べさせようとするニンジン。
説明は進んでいるが話が進んでいる気がしない。ムームーのお陰でなんとか意識を会話に戻したピアーニャが、慌てて会話内容を思い返していく。
「ぇあーっと、まずはアナタたちについてききたい!」
「ハい、良いでスよ」
「ぴあーにゃ、めっ」(話の邪魔は良くないよ)
「えっ」(なんでわち、おこられたんだ?)
会話内容が分からないアリエッタに無駄に怒られながらピアーニャがする質問とは、ニンジン本人に関する事だった。
「アナタをたべたら、またあたらしいアナタがはえてくるのか?」
「いいエ。食べたらといウのは違いマすね」
「どういうことだ?」
「今すぐに生エる事も出来まス」
質問の答えと共に、床から大量のニンジンが生えてきた。
『おあっ!?』
今度ばかりはアリエッタもビックリ。そして、
「なんじゃこりゃああああ!」
バルドルもビックリしていた。時々聞こえる絶叫が気になって様子を見に来たところ、外にまでニンジンが生えたようだ。
「なんだこの……ニンジンどもは! 襲われてんのか?」
「いやむしろ襲えと強要されてるというか……」
「は?」
ニンジンは全員もれなく食料志望である。
中には割と攻撃的?な個体までいるようだ。バルドルを見た瞬間、体によじ登り始め、足から口に入ろうとしている。バルドルは慌ててニンジンを掴み、口から剥がす。パフィが食べたらおいしいと説明すると、困った顔をして立ち尽くした。
「で、どうするのよ? 結局この子達の事、ミューゼって呼べばいいのよ?」
「やめて!?」
必死に否定したいミューゼを見て、ピアーニャはようやく落ち着いた。どれだけ食べても情報源がいなくなる事が無いという事に安心したのだ。
「とりあえず、ミューゼオラすうにんつれていって、アンナイでもしてもらうか……」
「だからあたしじゃないですってば」
人がいない筈の知らないリージョンで、現地人の案内を得られるという事は、何よりも心強い事である。ただ、その見返りが食材にするというのが精神的にくるものはあるが、その役目はパフィに丸投げするつもりである。
「いつまでもニンジンって言うのは、どうかと思うんですよ。今から種族名決めちゃいません?」
「そうだな……」
先程リクエストされた名前についても、なるべく早く決めてしまいたいと、ムームーと一緒に話し合った。
結局この日は出かける事は出来ず、バルドルや他のシーカー達も巻き込んで、ニンジンの正式名称を考え続けるのだった。
「さて、こんどこそいくぞ!」
『おーっ』
「おーっ」(なんだなんだ? ぴあーにゃ元気だな)
翌日、ニンジンまみれになった小屋の中から、元気な声が響いた。少し遅れてアリエッタも同じように叫んでいる。
出かけようとして、不本意にも引きこもってしまったせいで、不満が溜まっていたようだ。早くリージョンを調べてみたいピアーニャとしては、完全なる出遅れである。
「キュロゼーラたちよ、あらためてヨロシクな」
「任せてクださい」
ニンジン達の種族名称は『キュロゼーラ』となった。記憶の源となったミューゼオラの名は外せないという事で、しっかり組み込まれている。もちろん本人は嫌がったが、語感を少し変える事でごり押しで決定したのだった。
「………………」
「そんなにニラむなよ、ミューゼオラ」
ミューゼは不機嫌な顔でアリエッタを抱っこしている。パフィからもニヤニヤ顔で説得されていたが、まだ納得はしていない様子。
抱き締められる理由が分かっていないアリエッタは、ピアーニャの視線とミューゼの体温の狭間で緊張してたりする。
「ホンライはメイヨなことなんだがな……」
「難しい年頃なんですよ」
不機嫌だろうと仕事は仕事なので、おとなしく雲に乗り込むミューゼ。
今回は『雲塊』を2つ広げている。というのも、同行するキュロゼーラが多いのだ。メンバーを2手に分け、キュロゼーラも半分ずつに分かれて乗り込んだ。
「……なんか異様な光景っすね」
「いうな」
バルドルのもっともな意見を拒絶し、ピアーニャ達はついに飛び立った。
「あっ、ドア描いてもらったけど、どこに通じてるのか見るの忘れてた……」
『あ……』
色々な事があってすっかり全員で忘れていたらしい。
出発出来たという喜びに水を差されたピアーニャは、その事は後回しにして今は出発すると断言した。度重なる足止めで、我慢の限界はとっくに超えているのだ。
「帰ったら変な事になってなきゃいいけど」
「そーゆー事言うの、止めて欲しいのよ」
「ん~、どこまで行っても木と水ですね」
浮かびながら見る光景は、木の枝による空中回廊と、そこから生える葉。そして空中に浮かんだり、木のどこかに付着している球状の水しかない。
地面も無ければ、他の生物の気配も無いのだ。
「さっき説明聞いたけど、いまいち理解出来なかったんですよね……」
「うむ。ハナシのスケールがおおきすぎてな……」
「総長達でも分からないんじゃ、あたし達に理解出来るモノじゃないですね」
「なのよ」
「ちょっとはかんがえろよ!」
小屋にいる時に、ピアーニャはこのリージョン『ネマーチェオン』について、思いつく限りの質問をしていた。とにかく聞きたい事は山ほどあったのだ。
その中でも、このリージョンはどうやって出来たのかという質問を投げてみたところ、驚くべき事に答えが返ってきたのである。
「カミがソラにタネをうえて、キがはえた。ネをちゅうしんに、キがそだつことスウセンチョウねんどころじゃないネンゲツがたち、このようにおおきくなった……か」
「最低でも数千兆年とか、途方もない時間ですね……どれくらい大きいんでしょうか」
アホ面になっている他の面々を放置して、ピアーニャとムームーが語り始めた。
「1つのリージョンとしてソンザイできるくらいだ。ファナリアとおなじくらいだったりしてな」
「……リージョンの広さを図る仕事とか、やりごたえありそうですね」
「ハウドラントのように、いけないバショがあると、こまるな」
「たしか雲の下は永劫の嵐なんでしたっけ」
「うむ、だからヒトはガイシュウにすみ、チュウシンがどうなっているのか、だれにもわからんのだ」
2人はリージョンの仕組みについて考える。様々な種類の世界があるが、同じ仕組みの場所はほとんど無い。しかも全く解明されていない。
ネマーチェオンのように、中心が根、外周に枝葉があるという仕組みが分かるという事態は、普通はあり得ないのである。
「チュウシンのネには、いけるのか?」
「コの速度で向かウと、何万年かカかると思いますガ、興味がオありで?」
「どんだけ広いのこのリージョン!?」
周囲を見て回るという目的の為、ゆっくりめに飛んではいるが、決して遅いわけでは無い。人が全力で走るよりは数倍速いのだ。
「ってことは、ここはガイシュウなのか?」
「いイえ、ヤや中心寄りですネ」
「ええ……」
なんだか途方もない話になりそうな気配しかしなくなり、少し考えた後に、ピアーニャは話題を変える事にした。
「そ、そういえば、このリージョンにも、ほかのリージョンからナニかがおちてきたりするのか?」
「もちろンです。たとえばアの枝に生えていル草。元々は6足歩行の生き物ダったのでスが、息絶えてネマーチェオンの養分となリ、その一部としテ4千年程前かラ生きテいます」
「もうやだこのリージョン怖い……」
遠くに見える妙に動物的なフォルムの植物を見て、一同はネマーチェオンと自然現象に恐怖を抱くのだった。
何を聞いても厄介な答えばかりが返ってきそうな予感がし、一旦質問を区切るピアーニャとムームー。滅多にない自然の転移に巻き込まれたとしても、ここには落とされたくないと願うばかりである。
しかし、そんな話を聞いても、パフィとアリエッタは動じない。そもそもアリエッタは意味を分かっていない。
「食べ物だらけなのに太ったら悪魔に食べられるリージョンに比べたら、割と普通なのよ」
「そりゃそうなんだけどね!?」
リージョンのエグさランキングでは、ラスィーテはかなり上位にいるのであった。
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