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さっき確認してきたんだけどさ、私1.5話に一回の確率で女体化かいてたんだけど・・・ヤバない?笑。
横浜の夜は、潮騒と硝煙の匂いが混じり合っている。
十五歳の少年と少女にとって、その混沌とした空気こそが、自分たちが生きていることを証明する唯一の酸素だった。
ポートマフィアの「双黒」――そう呼ばれ始めたばかりの二人は、恐ろしいほどに無敵で、同時に痛々しいほどに未熟だった。
任務帰りの路地裏、中原中也は苛立ちを隠そうともせずに、隣を歩く太宰治を睨みつけた。太宰は先天的。生まれた時から、悪魔のような知性と、目を離せば消えてしまいそうな危うさを秘めた少女だった。
「手前、さっきの作戦は何だ。俺を囮にするのはいいが、あんなギリギリのタイミングで動く必要があったかよ。死にてェのか」
中也の怒声に、太宰はふわりと長い黒髪を揺らして振り返った。包帯に包まれた細い首筋が、月光に照らされて白く浮き上がる。彼女は唇を尖らせ、不満げに鼻を鳴らした。
「相変わらず中也の脳細胞は単細胞で羨ましいよ。あれが最短で、最も効率的な解だった。君が少しでも早く動いていれば、私の計算通りに終わっていたんだ。君の鈍重な動きを棚に上げて、私を責めるなんてお門違いだね」
「あぁ!? 誰が鈍重だって?」
「耳まで悪いのかい? 可哀想に。これだから、チビの短足とは組んでいたくないんだ。重力使いなんて名ばかりの、ただの荒事担当。君に私の高尚な美学を理解しろと言う方が酷だったかな」
太宰の言葉は、いつも鋭いナイフのように中也の誇りを切り刻む。
中也は彼女の襟首を掴もうと手を伸ばしたが、太宰はひらりと身を翻してそれをかわした。彼女の瞳には、冷徹な理知と、それとは裏腹な、どこか縋るような熱が同居している。
「……けっ。反吐が出るぜ。手前みたいな女、マフィアじゃなきゃ誰からも相手にされねェよ。その性格、顔、全部ひっくるめて最低だ」
「奇遇だね、中也。私も君みたいな野蛮な男、視界に入るだけで吐き気がするよ。明日の朝、目が覚めたら君がこの世から消えていればいいのにって、毎日神様に祈っているんだ」
お互いを否定する言葉だけが、夜の静寂に響き渡る。
それらは本心であり、同時に、心の一番奥底に隠した本音を隠すための防壁でもあった。
触れれば壊れてしまいそうな、あまりに純粋で、あまりに不器用な感情。
好きだ、と言えば負けのような気がしていた。
お互いを「最強のパートナー」だと認めることは、自分の弱さを認めることに等しかった。
二人はそのまま、一言も交わさずに別れた。
中也は自分の寝床である豪華なマンションの一室に帰り、荒々しくジャケットを脱ぎ捨てた。酒を煽っても、苛立ちは消えない。むしろ、静まり返った部屋の中で、太宰に投げつけた言葉の残響が、呪いのように耳にこびりついて離れなかった。
「……チッ。言い過ぎたか」
ソファに深く沈み込み、中也は自分の拳を見つめた。
「最低だ」と言い切った彼女の顔。一瞬だけ、本当に一瞬だけ、彼女が傷ついたような、泣きそうな表情を見せた気がしたのだ。
太宰治という少女は、死を望みながらも、誰よりも「生」の温もりを恐れている。そんな彼女を、言葉という暴力でさらに追い詰めてしまったのではないか。
自己嫌悪の渦が、中也の胸を黒く塗りつぶしていく。
「あいつの性格が悪いのは事実だろ。……けど、あいつが計算を間違えるはずねェんだ。俺がしくじったのは、確かだ」
認めたくない事実を認め、中也は頭を抱えた。
彼女は不完全な自分を、その卓越した頭脳で補ってくれている。それを「高慢だ」と切り捨てた自分は、果たして彼女の隣に立つ資格があるのだろうか。
十五歳の少年には、その答えを導き出すための言葉が足りなかった。
一方、太宰もまた、薄暗い自室のベッドの上で、膝を抱えて丸まっていた。
彼女が投げつけた「消えればいいのに」という言葉。それは、彼女自身が自分に向けている言葉でもあった。
中也がいない世界など、彼女にとっては何の価値もない。彼がいて、彼が怒鳴り、彼が隣で戦ってくれるからこそ、彼女はこの空虚な世界に辛うじて繋ぎ止められているのだ。
「中也の馬鹿。……本当に馬鹿だ」
太宰は自分の長い髪を指に巻きつけた。
彼に嫌われるのが怖くて、先に自分から嫌ってみせる。傷つくのが怖くて、先に彼を傷つける。
そんな子供じみた防衛本能が、自分をさらに孤独にしていくことを、彼女の知性は正しく理解していた。
けれど、心の制御だけは、どんな複雑な方程式を用いても解くことができなかった。
翌日。
再び任務の集合場所で顔を合わせた二人の空気は、昨日よりもさらに重苦しかった。
中也は気まずそうに視線を逸らし、太宰は無表情を装って書類を眺めている。
だが、戦場に立てば話は別だ。
敵の銃弾が降り注ぐ中、二人の連携には一点の曇りもなかった。
中也が重力で敵を粉砕し、太宰がその隙を突いて戦場を支配する。
言葉を交わさずとも、相手が次に何を望み、どこへ動くのかが、血が巡るような自然さで伝わってきた。
「……中也!」
太宰が鋭く叫ぶ。
背後から迫る伏兵に、中也は振り向きもせずに重力を放った。
敵を無力化した後、中也は太宰の腕を掴み、遮蔽物の裏へと引きずり込んだ。
「怪我はねェか!」
「……君こそ。帽子、汚れてるよ」
近すぎる距離。
荒い吐息が重なり合い、お互いの瞳に自分の姿がはっきりと映り込む。
昨日の罵り合いが嘘だったかのように、そこには純粋な、お互いを必要とする意思だけがあった。
「なぁ、太宰」
中也が、絞り出すような声で言った。
「……昨日のこと、悪かった。手前が最低なんて、思ってねェよ」
太宰は目を見開いた。
彼女の頬が、夕焼けのような赤色に染まっていく。
彼女は唇を震わせ、今にも泣き出しそうな顔で、それでいて強情に言い返した。
「……謝れば済むと思っているのかい? 君のせいで、私の繊細な心には消えない傷がついたんだよ」
「あぁ、分かってるよ。何でも言うこと聞いてやるから、機嫌直せ」
中也の不器用な譲歩に、太宰はふいと顔を背けた。
けれど、その手はしっかりと中也のシャツの裾を掴んでいた。
「……じゃあ、帰りにアイスクリームを買いなよ。一番高いやつ。二つ。君の奢りで」
「はっ、安上がりな女だな。いいぜ、いくらでも食わせてやるよ」
二人は、どちらからともなく笑い出した。
それは、凄惨な殺戮の場には似つかわしくない、あまりに清らかで無垢な笑い声だった。
まだ恋とも呼べないような、けれど名前を付けるにはあまりに尊い感情。
青い春の真っ只中で、彼らは傷つけ合いながら、お互いの存在を確認し合っていた。
帰り道、約束通り中也はコンビニでアイスを買い、二人は並んで公園のベンチに座った。
太宰はスプーンを口に運び、満足そうに目を細めている。
その横顔を見つめながら、中也は改めて思った。
こいつを、誰にも渡したくない。
この歪で、美しくて、脆い少女を守り抜くのは、世界で自分一人だけでいい。
「……中也」
太宰が、アイスを口に含んだまま、ぼんやりと夜空を見上げて呟いた。
「もし、この先、私たちが別の道を歩むことになったとしても」
「……あ?」
「君は、私のことを『最低だった』って、笑って思い出してね。それ以外の言葉で私を飾らないで。君の嫌悪だけが、私の真実なんだから」
太宰の言葉は、相変わらず難解で、ひねくれている。
けれど中也は、その裏にある彼女の怯えを、今ははっきりと感じ取ることができた。
彼女は、中也に「忘れられる」ことを一番恐れているのだ。
中也は乱暴に太宰の頭を撫でた。
丁寧に整えられた黒髪が、中也の手によって無残にかき乱される。
「バカ言え。手前のことは一生、腐れ縁として記憶に刻み込んでやるよ。死んでも忘れさせてやらねェ」
「……乱暴だなぁ、チビは」
太宰は文句を言いながらも、中也の手を振り払おうとはしなかった。
むしろ、その体温を確かめるように、わずかに首を傾けて、彼の手のひらに身を預けた。
二人の間には、まだ多くの言葉が必要だった。
「愛している」とか「好きだ」とか、そんな単純な言葉に辿り着くには、彼らはあまりに賢すぎて、そしてあまりに愚かすぎた。
けれど、繋がれた視線や、触れ合う肩の熱さが、どんな甘い言葉よりも雄弁に真実を語っていた。
横浜の夜景をバックに、二人の影が長く伸びる。
最強と謳われた双黒の、その内側に隠された、誰にも見せない純粋な恋。
彼らはこれからも、強がりを言い、罵り合い、そして夜更けの静寂の中で、お互いへの想いに身を焦がしていくのだろう。
それが彼らに許された、唯一の「幸福」の形だった。
「中也」
「んだよ」
「……明日も、晴れるかな」
「……さぁな。雨が降ったら、俺の傘に入れてやるよ」
太宰はクスクスと笑い、食べ終えたアイスの容器をゴミ箱へ放り投げた。
その足取りは、先ほどまでよりも少しだけ軽やかだった。
夜風が二人の間を通り抜け、微かな花の香りを運んでくる。
青い二人の、終わらない夜が続いていく。
自己嫌悪と愛着の繰り返し。その不器用な螺旋こそが、彼らの絆の証だった。
「帰るぞ、太宰。遅くなると首領に睨まれる」
「はいはい。重力使い様、エスコートしてよね」
中也はぶっきらぼうに太宰の横に並び、彼女の歩調に合わせた。
十五歳の、無敵で孤独な二人の影が、月明かりの下で一つに重なりそうになっては、また離れていく。
その距離こそが、今の彼らにとっての最適解であり、最も純粋な「清さ」だった。
彼らはまだ知らない。
この先に待つ別れも、絶望も、そして再会も。
今はただ、隣にいる相手の呼吸を感じることだけが、世界のすべてだった。
この夜が、永遠に続けばいいと。
どちらも口には出さなかったけれど、同じ祈りを、胸の奥底で深く、深く、抱き締めていた。