テラーノベル
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にょた太宰はこれくらいの髪の長さであってほしい。もちろんボブでもよし。
窓の外では、横浜の夜景が宝石を撒き散らしたように輝いている。港から吹き付ける夜風は少しだけ冷たさを帯びていたが、閉め切られた中也の自宅の室内は、暖房と二人の体温で心地よく満たされていた。
リビングのソファに腰掛けた太宰の背後に立ち、中也は手慣れた動作でドライヤーを動かしていた。ぶおん、という重低音が室内に響き、温風が太宰の濡れた髪を躍らせる。
かつての「黒の時代」であれば考えられないような、穏やかで、毒気のない時間だ。
「……おい、太宰。熱くないか」
「んー、ちょうどいいよ。中也はドライヤーかけるの、上手になったねぇ」
膝の上に抱えたクッションに顎を乗せ、太宰が心地よさそうに目を細める。
中也の指先が、しっとりと水分を含んだ茶髪の間を通り抜ける。女体化した太宰の髪は、男性だった頃よりもずっと細く、柔らかい。そして、驚くほどに長かった。
今では背中の真ん中あたりまで届くその髪は、緩やかなウェーブを描き、中也の手のひらの中でさらさらと形を変える。指に絡みつく一房一房が愛おしくて、中也は無意識のうちに動作を丁寧なものへと変えていた。
ふと、中也は前から気になっていた疑問を口にする。ドライヤーの音に消されないよう、少しだけ声を張った。
「なあ。手入れも面倒だろうに、なんでお前、そんなに髪伸ばしてんだ? 探偵社の仕事だって、短い方が動きやすいだろ」
太宰は一瞬だけ肩を揺らしたが、すぐにふにゃりと、それこそ画像にあるような、蕩けるような柔らかな微笑を浮かべた。頬を赤らめ、片手で自分の頬を包み込むようにしながら、彼女はゆっくりと首を巡らせる。
「……忘れたのかい? 酷い男だねぇ、中也は」
「あ? 何の話だ」
「十五歳の時だよ。中也が言ったんじゃないか。自分より少し背が低くて、髪の長い女性が好みだって」
中也を動かす手が、ぴたりと止まった。
十五歳。まだ「双黒」として最悪の出会いを果たし、反発し合っていた頃のことだ。ポートマフィアの若手として、酒の席か、あるいは任務の合間の軽口だったか。確かにそんなことを口走った記憶が、埃を被った記憶の隅から引っ張り出される。
「……あんな昔の、適当な世間話を覚えてたのかよ」
「適当なんかじゃないよ。私はあの時、心底ショックを受けたんだから。だって当時の私は、肩にもつかないくらいの長さだった。だからね、頑張って伸ばしたんだ。中也の『一番』になりたくて」
太宰が照れくさそうに、けれど真っ直ぐな瞳で中也を見上げる。その瞳には、嘘偽りのない親愛と、独占欲に近い愛情が混ざり合っていた。
中也は気恥ずかしさのあまり、乱暴にドライヤーを再始動させた。今度は少し熱めの風が、太宰のうなじを撫でる。
「……馬鹿じゃねぇの。あんなの、その場のノリだろ」
「へぇー。じゃあ、今の私は中也の好みじゃないってこと?」
「っ、言ってねぇだろ、そんなこと……!」
中也は顔を背けながらも、彼女の髪を乾かす手を止めない。
好みじゃないはずがない。長い髪を揺らしながら、自分だけに見せる甘い顔で微笑む太宰は、中也にとってどんな名画や宝石よりも価値があるものだった。
包帯に巻かれた腕が、自分の好みに合わせるために伸ばされた髪に触れる。その事実だけで、心臓の鼓動がうるさいほどに速まる。
ようやく髪が完全に乾き、ドライヤーの音が止んだ。静寂が戻った部屋に、太宰の衣擦れの音が響く。
「中也。……もう乾いた?」
「……ああ。ふわふわだ」
中也がドライヤーをテーブルに置くと、太宰はそのまま後ろに倒れ込むようにして、中也の胸に背中を預けてきた。長い髪が中也の膝の上に広がり、シャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「じゃあ、ご褒美。撫でて」
「お前なぁ……」
呆れつつも、中也の手は自然と彼女の頭へと伸びる。指の腹でゆっくりと地肌をマッサージするように動かし、そのまま毛先まで滑らせる。
太宰は喉の奥でくすぐったそうに鳴き、中也の腕に自分の手を重ねた。包帯越しでも伝わってくる熱が、二人の距離をさらに縮めていく。
「ねぇ、中也。今の私、可愛い?」
「……うるせぇ」
「答えてくれないと、また明日から三センチずつ伸ばすよ?」
「これ以上伸ばしてどうすんだよ。……可愛いよ。クソ腹立つくらいにな」
中也がぼそりと本音を漏らすと、太宰は満足げに目を閉じ、幸せそうに微笑んだ。
彼女にとって、この長い髪は執着の証であり、彼を繋ぎ止めるための鎖でもあった。そして中也にとっても、この髪を乾かし、触れる時間は、彼女が自分のものであると再確認するための大切な儀式になっていた。
「中也が好きって言ってくれたから、この髪は私の宝物なんだ。……たとえ世界が滅んでも、君が『短い方がいい』って言うまでは、絶対に切ってあげないからね」
「勝手にしろ。その代わり、乾かすのは一生俺の役目だ」
「ふふ、契約成立だね」
太宰が体を反転させ、中也の首に腕を回す。長い髪がカーテンのように二人を包み込み、視界を遮る。
触れ合う唇からは、ドライヤーの残熱よりも熱い体温が伝わってきた。
外の夜景がどんなに美しくても、今の二人には関係がない。
ただ、甘い香りと、柔らかな髪の感触と、愛おしい相手の鼓動だけが、この部屋の全てだった。
「……中也、大好きだよ」
「……知ってるよ、阿呆」
短く交わされた言葉と共に、中也は愛おしさを込めて、その長い髪をもう一度優しく梳いた。十五歳のあの日の言葉が、巡り巡って今、この幸福な時間を形作っている。
その奇跡に感謝しながら、二人は夜が更けるまで、幾度も想いを確かめ合った。
太宰の髪の先には、今夜も隠しきれないほどの愛が宿っている。それは彼女が「中也の好み」であり続けようと願った、健気で、少しだけ狂おしい執念の結晶だった。
翌朝。
眩しい朝日が差し込む寝室で、中也が目を覚ますと、すぐ横で太宰がまだ泥のように眠っていた。
枕の上には、昨日丹念に乾かした彼女の茶髪が扇状に広がっている。
中也はその中の一房をそっと手に取り、指先に絡めた。
朝の光に透ける髪は、昨日よりもさらに美しく見えた。
ふと、太宰が言っていた「十五歳の時の記憶」を思い出す。自分は確かに、理想のタイプとして「長い髪の女」を挙げた。だが、それはあくまで記号としての好みでしかなかった。
今の自分にとって、「長い髪」が好きな理由は、ただ一つ。
それが、太宰治という一人の女性の髪だからだ。
中也は彼女を起こさないよう、慎重にその毛先に唇を寄せた。
小さく、誓いのような音を立てて。
「……本当、執念深い女だよ。お前は」
呟いた言葉は、太宰の寝息に混じって消えていった。
けれど、微かに動いた彼女の口角が、その言葉を無意識のうちに受け止めたことを物語っていた。
二人の間には、もはや言葉など必要ないのかもしれない。
伸ばし続けた髪が語る年月と、それを守り続ける手のひらが、何よりも雄弁に相思相愛を証明しているのだから。
横浜の空はどこまでも高く、青い。
新しい一日が始まる予感と共に、中也はもう一度、その愛おしい髪を撫で、彼女が目覚めるのを静かに待つことにした。
朝食は何にしようか。
髪をまとめるための新しいリボンを贈ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。
そんな、平和で、ありふれた幸せな悩みだけが、中也の頭を占めていた。
世界を揺るがす異能力も、ポートマフィアや探偵社という立場も、この部屋の空気の中では意味をなさない。
ただの中也と、ただの太宰。
そして、二人を繋ぐ長い髪。
それだけで、この物語は完成していた。
「……ん、中也……おはよ……」
「……おはよう。よく眠れたか」
「最高だよ。中也の匂いに包まれて、とっても幸せな夢を見てた」
目を覚ました太宰が、布団から這い出て中也の膝に頭を乗せる。
乱れた髪が再び中也の肌を撫でる。
「髪、ボサボサだぞ」
「直して。中也の手で、綺麗に」
「……分かったよ。座れ」
再び始まる、愛の儀式。
ブラシを手に取り、丁寧に一筋ずつ解いていく。
鏡越しに目が合うと、太宰がいたずらっぽくウインクをした。
「ねぇ中也。今の私は、十五歳の時の君の理想を超えてる?」
「……とっくに超えてるよ。比べるまでもない」
その答えに満足したのか、太宰は猫のように喉を鳴らし、再び目を閉じた。
窓の外では、今日も横浜の街が騒がしく動き始めている。
けれど、この部屋だけは、ずっと変わらない甘い時間が流れ続けていた。
二人の恋は、伸ばした髪の分だけ深くなり、これからも永遠に続いていく。
決して切れることのない、美しい絆として。
コメント
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気ずいてしまった、、、、、、、 神×神×神=なつほ様、、、だということを