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「……っ!?」
リースの凄い気迫に私の身体は大きく上下する。
アルベドも、その長いポニーテールを揺らし、リースの視線の先を折った。リースとアルベドには、その気配が分かったらしい。さすが、二人だなあ、と関心しつつ、感心している場合ではない! と、私は、防御魔法をはる。この間の一件から、自分の身は自分で守れるようにと、身体が条件反射的に動いてしまうのだ。進歩といえば、進歩なのだろうけれど、気配に気付けないのは、やはりまだまだだと思う。
(てか、何か身体重い?)
少しの身体の不調に勘付きつつ、攻略キャラ二人いれば、何とかなるだろうと、私は、何故か強気でいた。根拠になる自信だけれど、ストーリーから外れた今、彼らを守ってくれる世界なのかは怪しいところである。
「リース、誰がいるの……?」
「盗み聞きされていたのかもな……エトワール、俺のそばを離れるな」
「かっこつけてくれるじゃねえか。皇太子殿下。エトワール、俺の後ろに隠れてもいいぞ?」
「そ、そんなところで、張り合わなくていいから!」
まだ、それ、続いていたんだ、なんて思いながら、物陰から人影が現われ、いつでも魔法をぶっ放せるように、魔力を溜める。
「殿下、ここにいたんですか!?」
「ルーメンさん!?」
物陰からヒョコリと出てきたのは、ルーメンさんだった。灰色の髪は少しぼさぼさで、慌ててここに来たんだなって言うのが分かった。何だ、味方だったんだ、と私が一歩踏み出せば、サッとアルベドが手を横に振った。これ以上前に出るなと。二人の緊張はまだほどけていないらしく、彼を警戒しているようだった。
「ちょ、何でよ」
「変身魔法かも知れねえだろ?」
「でも」
「まあ、皇太子殿下の様子を伺おうぜ。彼奴が、一番あの従者のこと知ってるだろうからよ」
と、アルベドは私に言ってきた。
変な気配もしないから、てっきり本物だと思ったのだ。でも、確かに、タイミングがよすぎるというか、すぐに出てこればよかったのに、盗み聞きする必要があったのかとか。
何も信用していない二人だからこそ、疑えるものから疑っていくことが出来るんだろう。そんな生活もどうかと思うけど、この状況の場合、それが正しいのだろう。
もし、私が、ルーメンさんに近寄っていたら? もし、敵だったら? そう考えると末恐ろしいのである。
アルベドが止めてくれなかったら、どうなっていたことか。
(って、まだ、ルーメンさんが偽物って決まったわけじゃないし!)
リースを信じて待ってみようと思っていると、スルリと鞘から剣を引き抜いて、リースはルーメンさんに剣先を向けた。
「で、殿下何を」
「お前は本物か?」
「は、はあ?何を言っているんですか。最近おかしいですよ。殿下」
「答えろ。首を切り落とされたくなければな」
さすがに、やりすぎなのではないかと、私は思ってしまった。ルーメンさんもガチでビビってるし、本当にこのままじゃ、ルーメンさんの首が切り落とされかねないと。口を挟みたいところだったけど、リースの方が、ルーメンさんを分かっているのは確かで、私が口を挟むのは無粋だと。かえって、この場を混乱させかねないと思ったのだ。
ルーメンさんは、剣先を向けられながらも、リースからは視線を外すことはなかった。信じてくれと訴えかけるような目に、そろそろリースも本物だって思うんじゃないかと。
「そろそろ、剣を下ろして下さい。私の何が気に入らないんですか」
「質問にだけ答えろ。お前は本物か?」
「だから――」
これじゃあ、拉致があかないんじゃ、と私とアルベドは顔を見合わせた。すると、ルーメンさんは少しだけ身体を動かして、私の方を見た。何故かその時、まずいと思ってしまったのは何でだろうか。
私も、ルーメンさんを偽物だと思っているから? それとも、本当にルーメンさんが偽物だから?
何もかもが疑わしく見えてくる。疑いたくないのに。
ルーメンさんは私に優しくしてくれた人だったから。疑いたくない気持ちの方が強いのだ。
リースは何を考えているのだろうか。リースの中で何か腑に落ちない部分があるからこそ、剣を下ろさないのだろう。
「聖女様?」
「る、ルーメンさん……」
「聖女様ですよね。お久しぶりです」
と、ルーメンさんはこの状況にもかかわらず、私に話し掛けてきた。その行動もあっって、益々怪しく見えてしまう。それに気づいていないのか、ルーメンさんは渡しに声をかけ続けてきた。私も、これは可笑しいんじゃないかと、眉をひそめる。
「ルーメンさん」
「はい」
「私はもう聖女じゃないです。それに、私は、アンタが本物に見えないのよ」
「はい?」
ルーメンさんの笑顔がかたまる。
違和感を覚えないという方が無理な話だった。リースの警戒や、アルベドの警戒を見て、可笑しくないわけがないと。此奴は偽物だと、私の中で、答えが出る。でも、不用意に吹っ飛ばして良いものなのかということもあって、手は出せない。
「な、何を言っているんですか。聖女様。私が、偽物だと?」
「ええ、だって、アンタの主人が剣を下ろさない。それが、答えじゃないの?」
「そ、それだけで。で、ですが、殿下は最近おかしくて……ああ、三日後に本物の聖女様との結婚式を控えているから――」
見苦しい言い訳。それだけじゃない。こんなにべらべら話す人でもないし、まして、本物の聖女とか、ここまで動揺するのは明らかにおかしいのだ。
アルベドも、今すぐにその面の皮ひっぺがえしてやろうかくらいには気が立っていた。
ここまで、私達がいっても、偽物のルーメンさんは折れなかった。もう、演技はバレているというのに。
(でも、こんな分かりやすい変身魔法使う必要ある?)
若しくは政経。そして、極力魔法を使わないで化けているとか。そこまでする必要があるのかと、問いたくはなるが。
でも、違和感ばかりが、身体を這いずり回ってしっくりこない。
「誰に言われた」
「で、殿下……私は、違います。本物です」
「そんなこと言わない。俺が知っている、ルーメンは阿呆だが、もっとしっかりしている。それに、俺の前で取り繕うような真似はしない」
「ひっ」
喉元に当てられた剣は、その剣先が当たっているんじゃないかと思うくらいに近かった。彼の喉から血が流れていないのが不思議なくらい。リースが怒っていても、その剣を振らないのは、化けているのが自分の親友だからだろう。一応抵抗はあるんだろうし。でも、自分の親友に化けたことを、許すような人でもない。
リースの気迫に押されながらも、頑に口をわらない偽物。私も、魔法で痛めつけてやろうかと思ったが、無駄に魔力を消耗したくない。
もしかしたら、こうして時間稼ぎをしている間に騎士団を呼ぶ算段なのかも知れない。そうしたら、まずいなあ、なんて私はあたりを警戒していた。だけど、周りに人がいる気配が全くしないのだ。これも、どういうことなのだろうか。
(リースって一人で来たわけじゃないんだよね?)
なのに、人っこ一人感じないのはどういうこと?
「フィーバス卿の領地だ。魔法を感知しにくくなってもおかしくはねえよ」
「だから、私の心読んでるわけ?」
「ちげえよ。だが、お前の欲しい答えだっただろうが」
アルベドは、私の心を読んだかのようにそう言った。
そんな、機能あってよくこの地は温和なままだなあと思う。私達が感知しづらいだけで、フィーバス卿には筒抜けなのかも知れないけれど。
でも、フィーバス卿が動かないってことは、何かしらあるのかも知れない。いや、彼が動いてくれるとは限らないし、厄介事には首を突っ込まない主義なのかも知れないけど。
(まだ、フィーバス卿がどんな人か分かっていないから、決めつけはよくないよね……)
だって普通、勝手に人の領地でドンパチやっていたら、怒るだろうし。
私が考えなくてもいいことなのかも知れないけれど、この面倒くさい魔法のせいで困っているんだから、文句は言いたいところなのだ。
(まあ、それよりも、こっちがどうなるかだけど……)
まだ、リースと偽物のルーメンさんは睨み合っている。いい加減諦めて白状すればいいのに。皇族を騙した罪とか、色々問われるんじゃないかとも思うんだけど。偽物が、誰に言われてルーメンさんに化けて今ここにいるのかそこも不明なのである。何のために……
「いいか、十数えるうちに言わなかったら、お前の首を跳ねる」
「そ、そんな」
「無駄口を叩くな、早く言え――ッ」
リースがそう叫んだ瞬間、パキンと何かが割れるような音が響き、足下に真っ黒な魔方陣が浮かび上がった。魔力の感じからして邪悪なもの……そして、これは――
「転移魔法!?」
「エトワール!」
紅蓮が私に向かって手を伸ばしていた。私は早くこの場から離れないと、と彼に手を伸ばしたが、私とアルベドの間には何か見えない障壁のようなものが出来ていて、指を付合わせることすら出来ない。
魔方陣に包まれているのは、私とリースだった。
リースは、大きな舌打ちを鳴らすと、偽物に向けていた剣を大きく振りかぶって魔方陣に突き立てる。少しだけヒビが入ったようだがすぐにその場所も修復してしまう。次に、偽物がこの魔方陣を展開した魔道士だと切りかかろうとしたいたが、既にルーメンさんの偽物はその場に倒れていた。一体どういう状況なのか分からず、混乱していると、自分たちの輪郭が薄れ始める。すでに、転移が始まってしまい、どうやって解除したら良いのか分からず、私はひたすらにアルベドに手を伸ばしていた。
だがその努力も虚しく、私の身体は黒い光に包まれた。
「アルベド――ッ!」
「エトワール!」