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レオナルド様との「リハビリ」を始めてから、数ヶ月が経った。
季節が巡り、窓の外に広がっていた一面の銀世界は、瑞々しい新緑の景色へと移り変わっている。
それと呼応するように、屋敷の空気も完全に塗り替えられていた。
かつて使用人たちが息を潜めて歩き、「氷の城」と呼ばれていたあの冷たさは、もうどこにもない。
今では、レオナルド様が私のためにと選んでくる季節の花々が至る所に咲き乱れ
廊下ですれ違うメイドたちの表情にも温かな笑みが浮かんでいる。
「……レオナルド様、新しいカフェができたみたいなんですが、今週末一緒にデートに行きませんか…?」
「ああ、いいな。必ず空けておく」
現在の私たちの定位置。
それは、レオナルド様の広々とした執務室にある、大きなソファ──ではない。
そのソファに座る彼の、逞しい膝の上が私の指定席になっていた。
最初は「30秒のハグ」から始まったリハビリだったが、今やそれは末期の溺愛へと進化を遂げている。
私が自分から彼のジャケットの裾を小さく掴んだり
無意識に彼の肩に頭を寄り添わせたりするたびに
レオナルド様は心臓が口から飛び出しそうなほど喜びを爆発させたい衝動に駆られるらしい。
それを必死に抑え込みながら
震える手で、壊れ物を扱うように私を優しく、深く包み込んでくれるのだ。
「アネット、苦しくはないか?……嫌ならすぐにどけるからな」
「ふふっ、大丈夫です。……レオナルド様のそばにいると、世界で一番、安心しますから」
私がそっと彼の胸に頭を預けると、彼はトクトクと刻まれる自分の鼓動を隠すように満足げに喉を鳴らし
私の柔らかな髪に幾度も、慈しむような口づけを落とした。
外界では、彼は今でも変わらず「氷の狂犬」として恐れられているという。
仕事の場では一切の妥協を許さず、鋭い眼光を放ち
冷徹に商談をまとめる彼の姿は、帝国の実業界において今も伝説だ。
けれど、私の前にいる時の彼はどうだろう。
私に向けてくるのは、まるで砂糖菓子のように甘く
とろけるような眼差し。
私の一挙一動に、百戦錬磨の実業家とは思えないほど一喜一憂する、ただの愛妻家。
「レオナルド様、お仕事の手を止めてしまっていいのですか?」
「大丈夫だ、君の為に早々に終わらせた。君との時間が減る方が俺にとっては死活問題だからな」
真顔でとんでもないことを真面目に言う彼に、私は思わずクスクスと笑い声を上げた。
彼が淹れてくれた紅茶の湯気の向こうで、私の世界がキラキラと輝いている。
あんなに怖かった大きな手は、今では私を優しく抱き上げるための盾になった。
最初、あんなに怯えていた低い声は、私を眠りに誘う、世界で一番甘い子守唄になった。
今ではそのすべてが、私をこの世界で一番幸せにするための魔法のように感じられた。
「……ずっと、ここにいてくださいね」
「ああ。ずっと、死ぬまで君の隣にいるからな。……約束だ、アネット」
過去の暗い記憶は、彼の熱い体温に触れるたび、春の雪のように消えていく。
ここは、トラウマを乗り越えた先で見つけた
世界で一番温かくて安全な、唯一無二の私の居場所なのだ。