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先月の連休、碧斗に会いに行っての帰り、駅の改札口前で別れを惜しむ中、彼は残念そうに言った。
「次のデートは俺が年末に帰省する時までお預けだな。今度のクリスマス、一緒に過ごしたかったんだけど」
「お互い仕事があるんだから、仕方ないよ」
クリスマスイブもクリスマスも平日だし、少なくとも私に関しては、業務の都合上残業が増えることが予想されたから、そのタイミングでのデートはすでに諦めていた。
その分年末年始はたくさん会いたいねと約束し合い、私は碧斗に見送られながら新幹線のホームに向かったのだった。
それから数週間が経ち、師走の月に入った。仕事は減るどころか増える一方で、案の定、クリスマスイブのこの日も私が所属するチームは残業となった。
ようやく仕事を終えた面々に、リーダー格の先輩がねぎらいの言葉をかける。
「みんな、お疲れ様でした!帰るとしましょうか」
その言葉を合図に、私たちは慌ただしく後片付けを済ませ、ぞろぞろと職場を後にした。
ビルを出た私は、他の皆と別れて家路に着いた。最初の交差点で信号が青に変わるのを待っていた時、バッグの中でスマホが鳴った。画面にあったのは、碧斗の名前だった。私は急いで交差点から離れ、道端に寄っていそいそと電話に出た。
「もしもし?」
『詩乃?今、どこ?』
「職場を出たところよ。残業だったの。碧斗はもう家にいるの?いつもより早い時間の電話だったから、びっくりしちゃった」
それに対して返って来た答えは、私の予想とまったく違っていた。
『実はさ。こっちに来てるんだ』
「え?どういうこと?」
『やっぱり、どうしても詩乃に会いたくてさ。なんとか仕事を切り上げて、急いで新幹線に乗ったんだ。さっき駅に着いて、これからいったんビジホに向かうところ。一泊して明日の始発で戻る。だから、この後少しでもいいから会えないか?』
あまりにも急なことで驚いた。仮に私の都合が悪かったら無駄足になったかもしれないのにと、呆れそうにもなる。けれど、そうまでして会いに来てくれたことがとても嬉しかった。
「会いたい。どこに行けばいい?」
『駅前のバーで会おう。もしも詩乃が先に着いても、俺の名前を出せば分かるようにしておく。ところで、おばさんに連絡入れるよな』
「うん。遅くなること、一応言っておかないと心配するから」
『じゃあ、その時、俺が来てることは内緒だぞ。うちの母さんにばれると後で説明とか面倒だから』
今回突然地元に来た理由を母親に知られるのは、碧斗にしてみれば照れ臭いのかもしれない。
「分かったわ」
碧斗との電話を切った後、私は母に電話をかけた。残業を終え、その足で職場の同僚たちと食事に行くことになったと説明する。
「大変だったわねぇ。あまり遅くならないようにね」
今までにも何度かこうしたことがあったせいか、母は私の話を素直に信じたらしい。拍子抜けするほどあっさり言って、私との電話を切った。
母の追求がなかったことに安堵しつつも少々の罪悪感を持ちながら、私は碧斗に指定されたバーを目指した。途中、店に着いたと碧斗からメールが入る。
足を速めてたどり着いたそこは、駅前の繁華街の一角にあった。初めて入る店だ。
「Bar confortoか……」
どきどきしながら私は木目調の分厚いドアを開けた。レトロなベルの音が鳴るのを聞きながら、店内に足を踏み入れる。薄暗い中、オレンジ色の間接照明がところどころを温かく照らしていた。
広い店内だが、ざっと見た限り、ほぼ満席のようだ。
碧斗はこの中のどこにいるのかしらと、私は彼の姿を探した。
そこに店員らしき一人の男性が近づいてきた。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「いえ、待ち合わせなんです。もう来ているみたいで……。あ、いました」
誰かが私に手を振っていると思ったら、碧斗だった。カウンター席にいる。
店員は笑顔で私を碧斗の方へ促す。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
私は店員に礼を言い、それから碧斗の元へ向かった。スツールに腰かけながら彼に笑いかける。
「メリークリスマス。会いに来てくれて嬉しい」
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「メリークリスマス。そう言ってくれて安心したよ。ところで食事、まだなんだろ?まずは何か口に入れた方がいいよ」
碧斗は私の前にメニューを置いた。
「碧斗は?」
「俺は新幹線の中で、コンビニ弁当食べて来た」
「そうなんだ。うぅん、何にしようかな。あ、ピザにしよう。一人分のサイズみたいで、ちょうど良さそう。碧斗もまだお腹に入るなら、一緒に食べよう。あとは、カクテルを頼もうかしら」
私は店員を呼び、ピザとカクテルドリンクを注文した。
「それにしても、急に来るなんて、すごくびっくりした。ホテルもよく取れたね。このお店だってそうだわ」
「実は少し前から、今夜のことは密かに考えてたんだ。ホテル探しはその時から始めていたんだけど、さすがにどこも一杯でさ。キャンセル待ちして、ぎりぎりまで粘ってみてどうしてもダメなら、来るのは諦めるつもりだった。さすがにとんぼ返りは厳しいからね。ところが今日の午前中にキャンセルが出て、急遽予約が取れたんだ。それで今夜、計画を実行したってわけ。ちなみにここは学生時代によく来てた店で、オーナーと知り合いなんだ。ちょっと無理を言って席を作ってもらった」
「そうだったんだ。でも、もしも私の都合が悪かったらどうしたの?」
「その時は、詩乃の都合がつくまで待ったさ」
私は苦笑する。
「どうせなら、前もって話してくれたら良かったのに」
「詩乃を驚かせたかったのと、もしホテルが取れなくて行けなくなったら詩乃に悪いと思ったんだ。……急過ぎて、怒った?」
「怒りはしないけど……」
プレゼントを用意したかったし、パンツスーツではなくて、せめてスカートにするなど、服装だってなんとかしたかった。
そのことを口にする私に碧斗は柔らかく微笑む。
「今夜詩乃に会えたことが俺にとってのプレゼントになったし、詩乃はどんな格好をしていても可愛いよ」
碧斗の言葉は甘い。まだお酒を飲んでいないのに、彼の言葉に酔いそうだ。嬉しいけれど照れ臭くて、私はもごもごと礼を言う。
「あ、ありがと……」
そこに、私が注文した品が運ばれて来た。
「お待たせしました。モスコミュールとピザです」
店員が去った後、碧斗は甲斐甲斐しく小皿にピザを乗せて私の前に置く。
「熱いうちに食べな」
「ありがとう」
私はピザに手を伸ばし、ハフハフしながらその三角形にかじりついた。
結局ピザはすべて私一人のお腹に収まった。ハンカチで口元を拭い、残り半分ほどになったカクテルに口をつける。
「もう一杯飲む?」
碧斗に訊かれたが、私は首を横に振る。
「私はこれで十分。碧斗は?それ、もうすぐなくなりそうよ」
「俺もこれを飲んで終わりにする。せっかく詩乃と会えたんだから、酔っぱらってる場合じゃないよ」
碧斗は真面目な顔で言ってから、腕時計に目をやる。
「飲み終えて少しゆっくりしたら、大通りのイルミネーションを見に行かないか」
クリスマスイルミネーションが始まってから間もなくひと月ほどになるが、その間、私は仕事帰りに横目で眺めて通り過ぎるだけだった。思い返せば、今までにもイルミネーションをじっくりと見て歩いたりしたことはない。
「見たいわ」
それぞれ一杯分の酒を飲み干して、私たちは店を出た。