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封書を手にしたランディリックは、軍服の腰帯に差していた小さな銀ナイフを指先で抜き取った。


刃渡りは指の長さほどの、飾り気のない細身の刀身。しかし柄の部分には、ライオール家の紋章が小さく刻まれていた。長年の相棒のように、手に馴染む重みと、いぶし銀の風格を兼ね備えた逸品だ。


それは、戦場で抜く剣とは違い、封書を開くためだけの――持ち主の几帳面さを映し取ったような道具だった。


封蝋を傷つけぬよう、いつもの癖で紙縁へ刃先を当てかけた――その時。


封を切る直前に、伝令がためらいがちに口を開いた。


「……閣下、実は」


ランディリックが手を止め青年の方を見遣ると、彼は一瞬言葉を選ぶように唇を引き結び、それから意を決したように続けた。


「この手紙をたずさえて王都からお越しの〝使者様〟が、閣下に直接お目通りを願いたいと……門の詰所でお待ちです」


「使者だと?」


「はい。お名前までは伺っておりませんが、その……リリアンナお嬢様のこともご存知のようで……」


「リリアンナのことを?」


「はい」


ライオール邸で待つリリアンナのことを引き合いに出されて、ランディリックの表情が一瞬強張る。


(リリーにあだなす相手じゃあるまいな?)


ふとそこまで考えて、そういえばここへ来る少し前に、リリアンナの初潮のことを王城へ報告したことを思い出したランディリックである。


(――もしかして、それ絡みだろうか?)


だが、それならば……まずは屋敷の方へ連絡がいくはずだ。


それをせず、直接ここへ出向いてきたということは、おそらくはランディリックに用があるということだろう。


良くできたライオール邸の老執事セドリックから何の連絡もないままに、使者がこちらおとなっている時点で、屋敷の方へ寄ってから来た、という線は消える。


辺境伯――軍人としてのランディリックに用があるとすれば……。


「王命か?」


そう思ったのだが、即座に否定されてしまった。


「いえ、どうやら皇太子殿下直々じきじきの御指示にて派遣されたとかなんとか」


ランディリックの眉がわずかに動く。


(皇太子の――?)


確かに先ほど手渡された封書には皇太子アレクト・グラン・ヴァルドールの私印があった。話の筋は通っている。


思考の狭間はざまに、山を渡る隙間風が吹き込んできた。


目の前でギュッと身体を縮こまらせる伝令役の青年を見て、ランディリックは小さくうなずいた。


夏ならまだしも、雪解け浅いこの時期に、わざわざヴァルム要塞まで足を延ばす王都からの使者は珍しい。


ましてや、アレクト皇太子の差し金ともなれば、軽い用件であるはずがない。


(あの人はある意味皇帝陛下ちちぎみより策士だからな)


ランディリックは封書を胸ポケットへ収め、銀のナイフを静かに腰帯へ戻した。


椅子の背から外套がいとうを取り上げ、ひと息で肩へ羽織り直す。


厚手の布が風を孕み、暖炉の火を大きく揺らしてから彼の背を包み込んだ。


その仕草は、氷の空気を断つようによどみなく、美しい。


銀髪の麗しい主君へ一瞬瞳を奪われる形になっていた青年は、

「使者殿のところへ案内してもらえるかな?」

ランディリックの低くよく通る声音にピッと姿勢を正して敬礼した。

「かしこまりました!」


伝令の青年兵とともに、外套の裾を風に鳴らしながらランディリックは門を目指した。

ヤンデレ辺境伯は年の離れた養い子に恋着する

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