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すず
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🏳️⚧️ちべ🕶️
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部室の隅、夕闇に包まれた中で、私たちは互いの体温を確かめ合うように抱き合っていた。角名くんのユニフォームから伝わる、激しい鼓動。それは、昨日までの「余裕たっぷりな彼」のものではない、必死で、不器用な鼓動だった。
「……ねえ、向日葵。もう一度だけ聞くよ」
角名くんは、私の肩に顔を埋めたまま、掠れた声で囁いた。
「……俺の執着、気持ち悪いでしょ。……一年間も隠し撮りして、偽装彼氏なんて嘘ついて、君を檻に閉じ込めた。……それでも、俺でいいの?」
私は、彼の広い背中にそっと手を回した。
「……気持ち悪いよ。……でも、それ以上に、角名くんが私を見ててくれたことが、今は……愛おしいと思っちゃったんだから」
私の言葉に、角名くんの肩がビクッと跳ねた。
彼はゆっくりと顔を上げると、涙の跡が残る瞳で、じっと私を見つめた。
「……後悔しても、もう逃がさないよ。……レンズ越しじゃなくて、本物の向日葵を、一生俺のものにするから」
角名くんの手が、私の頬を包み込む。
いつもスマホを構えていたその指先が、今は震えながら、私の唇をなぞった。
「……大好きだよ、向日葵。……世界で一番、俺だけが君を知ってる」
重なる唇。
シャッター音なんて聞こえない。フラッシュの光もいらない。
暗い部室の中で、私たちの「偽装」は終わりを告げ、誰にも邪魔できない「真実」へと書き換えられた。
翌朝。教内の空気は一変していた。
登校した私たちは、昨日までのように「フリ」で繋がれた手ではなく、指と指を深く絡ませる、本当の『恋人繋ぎ』で廊下を歩いていた。
「……ねえ、角名くん。みんな見てるよ?」
「……いいじゃん。……昨日までは『フリ』だったけど、今日は『本物』だから。……見せつけてあげないと」
角名くんは、すれ違う田中くんたちを冷ややかな、でもどこか勝ち誇ったような瞳で一瞥した。
教室に着くと、彼は当然のように私の隣に椅子を引き寄せ、机に肘をついて私を覗き込んだ。
「……ねえ、向日葵。こっち向いて」
聞き慣れた言葉。彼の手には、やはりいつものスマホ。
カシャッ、と。
迷いのない、心地いいシャッター音が響く。
「……また撮ってるの?」
「……うん。今日の向日葵、昨日よりずっと幸せそうな顔してる。……これも、俺の『専用フォルダ』に入れとかないと」
彼は満足げに画面をスワイプする。
そこには、一年前の「隠し撮り」から始まった、私たちの歴史が詰まっていた。
でも、今、画面の中の私は、レンズに向かって真っ直ぐに微笑んでいる。
「……卒業しても、大人になっても。……俺のレンズの中に、ずっと君を閉じ込めておくから」
角名くんは私の耳元で、甘く、毒のある声で囁いた。
「……覚悟してね。……俺の独占欲、これからもっと重くなるから」
夕暮れの教室。
彼が私の唇に自分のそれを重ねる瞬間、また小さなシャッター音が鳴った。
それは、世界で一番幸せな監禁の合図。
私は、彼が作った「レンズの中の檻」を、一生かけて愛していくのだと確信した。
偽装彼氏_。fin
見ていただき、ありがとうございました。