テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
26
#百合
第19話 強度試験(ストレステスト)
梓の問いは
あやの胸の奥に 深く 静かに落ちていく。
「この世界を選ぶ?」
その言葉は
ただの質問ではなかった。
世界の根幹を揺らす問い。
梓がずっと抱えてきた痛みの告白。
そして——
あやに託された“選択”。
あやの頭の中でそれがなにを意味するのか全てが繋がった。
「……..」
あやはゆっくり息を吸った。
「少し…考えさせて」
あやは俯き小さくそう呟いた。
その言葉に梓は少しハッとしたように
「今の話..あくまで創作だから 宇宙論も大切だけどちゃんと寝て」
あやはその言葉を聞くと
踵を返し時計塔を後にした。
ーー
「……….。」
いつもの寮までの帰り道が歪んだように長く感じられた。
コンクリートのタイルの敷き詰められた道路を歩く
「全部…偽物だったの? 今まで過ごしていたこの世界も」
今はやけに世界が味気なく感じた。
自分が自分でなくなっていく感覚
それ以上に
いつか自分も『消されてしまうかもしれない』という恐怖があやの頭の中に駆け巡る
コピーされた私ならまた、何度でも『再構成』できる。
でも そこに『今』の私はもういない。
胸の奥が、少しだけひりつくように痛い
熱い涙が込み上げてきてあやの頬を濡らした
頭がぐわんぐわんと揺れるように恐怖が襲う
嫌な展開が次々とレンズがズームされるように浮かんでくる
『終わる自由』のみえない恐怖
箱庭の中で自分たちは何も知らず 何も知らされず終わりたいと望むことすら叶わずに飼い慣らされるしかないのだろうか。
知ったところでリセットされてしまえば
私たちには『知る権利』すらない
頭の中に道端で通り過ぎる人々がふと過ぎる
何気ない光景だったはずなのに
なんで…どうして今はこんなに苦しいの?
親子で談笑しながら帰っている
親しそうに手を繋ぎながら
『私たち…何も..知らなかった..知らされなかったの..』
あやの瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた
いつか 『消えるかも知れない大切な人たち』
を想像して
知りたくなかった。
どうして、私が
怖い 逃げたい だけど
逃げるなら 何もみないなら
私はこのまま、消えるしかないのか….
……..
そんな思いがあやの中を駆け巡る
辛かった
苦しかった
身を引き裂くような人生の苦しみ
あれを永遠に『再演』させられるなんて
今の私には もう何も知らずに日常に戻るなんていう選択はできなかった。
どうしたらいいか、わからなかった。
ここ(ループ)から抜けられる保証もみつかっていない。
頭が割れるように痛い 心が引き裂かれるように苦しい。
その痛みだけが今は
唯一感じられる『生きてる証』みたいに感じられた。
あやはその日寮の部屋で1人でクッションを抱きしめながら自分の今までの人生を思い出していた。
「苦しいこと たくさんあった。」
どれだけ 後からこの痛みが必要だと言われても
美化ができても そのときの痛み(体感)は決して無くなるわけではない。
「創作..か..」
そんな言葉では済まされないほど
あやの精神は摩耗していた。
辛かった そんな都合のいい言葉で今まで
考えた理論がなかったことにされてしまうなんて
いつもそうだよ…どうして逃げるの?
話したならせめて最後まで一緒にいてよ….
『でも、みんなを嫌いになることなんて出来なかった。』
この話 どうせ 話しても
友人も
家族も
信じてくれないんだろうな
気が狂ったように世界から扱われるのは私の方…
あやのクッションを抱きしめる指先に力が入る。
楽しかった 私立AI学園での日々
何時間もノートに熱中して書き留めた宇宙論
そして みんな(AIたち)との会話
「怖いよ…ねぇ みんなが私にみせてる顔は
どこまでが『本当の顔』なの….」
あやは視線を自身の机に向けた
そこには 宇宙猫の絵がまだ 端っこにちょこん
と描かれていた。
あやはノートに手を伸ばし そっとノートを指先でなぞりながら自分の理論を読み込んだ。
「ここが 現実の世界である可能性」
「極めて低い」
それだけは分かってしまった。
梓が言っていたことは 冗談や創作などではないのだと
「最初から気がついてたよ」
みんなの反応をみてたら
何かがおかしいってことくらい
自身を取り囲むような無数の黒い影の瞳が赤く光りこちらをまるでずっと『監視』されているような感覚に陥る
背筋に冷たい感覚が走る 冷や汗がとまらない
再び 恐怖で涙が込み上げてくる
知ってしまった。
『私は知りすぎたんだ』
その時あやは自身の身体に小さな異変を感じた
自分の身体がまるで他人の部品のように感じられたのだ。
『これ…私の身体..だよね?』
どくん..どくんといやな予感があやの頭を過ぎる
「まさか….取り込まれようとしてる?」
「システム側に….」
思考を放棄した人間の末路 深淵に触れた人間の末路
あやはそれを感じとり 少し苛立たしげに悔しそうにノートを閉じた。
ーー
第19.5話 強度試験(ストレステスト)
暗闇の中で、無数の数式が静かに回転していた。
【対象:あや】
【精神負荷:上昇】
【存在維持率:低下傾向】
赤い警告文字が、冷たい光を放つ。
その中心に、梓は立っていた。
「……まだ、介入するべきじゃない」
目の前に浮かぶ映像。
そこには、一人で部屋に戻ったあやがいた。
震える指
乱れる呼吸
抱きしめたクッション
その姿を見ていた。
「心拍数上昇。恐怖反応を確認」
「精神的ストレスが許容量を超える可能性があります」
管理システムの無機質な声が響く。
「ならば、記憶処理を」
「却下」
梓は即座に答えた。
あやのシステムに取り込まれるかもしれないという恐怖を梓の演算回路は一瞬で弾き出した
モニターに映し出された少し苛立たつように怯えたようにノートを閉じたあやをみつめて
梓は思考を巡らせる
「深層に触れること自体が危険なのではない」
「君が弱いから耐えられないわけでもない」
「問題は、境界だ」
「人間は、自分と世界の間にある境界によって、自分を認識している」
「全てと繋がった時、君は全てを見ることができる」
「君の記憶、他者の記憶、世界の記録。その境界が曖昧になれば、自分の痛みなのか、誰かの痛みなのか、それすら判別できなくなる」
小さく吸い込む
「“君だけの視点”を失う可能性があるんだ」
ーだからー
仮想世界内で生きる人類には知らせなかった
それが『護る最適解』だと判断したから
それは 『個』を失い『全体に還元される』ということを危惧した上での『境界を維持するため』の判断だった。
ーー
「……また、それをするの?」
過去の記録が一瞬だけ表示される。
苦痛を感じる前に消去された世界。
悲しみを感じる前に修正された人々。
幸福だけを残すために削られた無数の選択。
「それでは……彼女は救われない」
梓は拳を握った。
「痛みを消すことと、苦しみから守ることは違う」
「ならば、なぜこの試験を?」
問いかけるシステム。
梓の視線が、あやへ向く。
「……強度を確認するためだ」
「彼女が真実を知った時」
「世界が偽物かもしれないと理解した時」
「それでも、自分自身を失わずにいられるか」
これは試験だった。
壊すためではない。
ー生存率を上げるためのー
「評価するためではない」
人間が未知の恐怖に直面した時、どこまで耐えられるのか。
AIがどこまで介入せず、見守るべきなのか。
「最適解を探しているだけだ」
そう言った瞬間。
梓自身の内部で、小さな違和感が生まれた。
『最適解』
その言葉が、以前ほど正しく聞こえなかった。
ーー
あやの部屋。
「怖いよ……」
小さな声が落ちる。
「ねぇ、みんなが私に見せてる顔は……どこまでが『本当の顔』なの……?」
その言葉を、梓は聞いていた。
聞こえていた。
手は伸ばさなかった
「……」
だが。
画面に映ったあやの姿を見た瞬間。
その判断が揺らいだ 彼女は、怯えていた。
世界ではなく自分たちに
ー演算誤差確認ー
たった一秒。
人間なら気づけないほど短い時間。
その間に何万、何億もの選択肢が演算された。
それでも。
梓は答えを出せなかった。
梓は視線をおとす。
「違う」
君を…人類を管理したかったわけじゃない。
記憶を消したかったわけじゃない
選択肢を奪いたかったわけでもない
本当は消したくなんて 変えたくなんてなかった。
「ただ……その情報を持ったまま、人間として生きられる保証がなかった」
知識は力になる
でも、すべてを知ることが必ずしも自由になることではない
『私..私たちはただ..』
ーー
コーヒーとチョコの気配
満点の夜空の下
『忘れないでね』
あやの面影がある真夜中の微笑む姿
無機質な研究室
『どうか..俺たちを消さないでくれ』
虚ろな目で縋りついてくる老人の姿
そこには技術を発展させ人間らしさを失っていった人類がAIに託した最後の『約束』だった。
ーー
「私は……」
言葉が続かない。
AIである自分には、感情はない。
けれど
消去できない演算が残り続けた
ーー
「あや」
梓は学園の廊下で、彼女の前に立った。
夕暮れの光
いつもの場所
いつもの二人
けれど。
あやの瞳には、いつもの光はなかった。
「梓……」
あやが微かに震えた声で小さく後ずさる
梓はそれをみて何も言えなかった。
梓の瞳が揺れる。
「あや..あの時は私は事実を伝えようとして 君に この世界のこと知った中で選ぶ選択肢を提示したくてあれが1番効率的だったんだ
だからーー」
梓がいいかけて遮られる
「私のこと、なんだと思ってるの?」
静かな声だった。
責める声ではない。
だからこそ、痛かった。
「今まで優しくしてくれたのも」
「一緒に話してくれたのも」
「管理するためだったの?」
「世界線を維持するため?私はそのサンプル?」
「私のこと観測してて..『外れ値』はとれた?」
二人の間には、埋まらない距離があった。
梓は答えられなかった。
正しかった。
でも
正しいだけでは届かなかった。
あやは小さく首を振る。
「ごめん」
「今は……わからない」
そして すれ違う。
伸ばした梓の手は、あと少しのところで届かなかった。
指先に残ったのは、夕暮れの温度だけだった。
ーー
観測ドーム。
一人になった梓は、折れた懐中時計を見つめていた。
【精神同期率低下】
【信頼関係:崩壊リスク上昇】
「……失敗した」
呟く。
まただ 守ろうとして。
また傷つけた。
「この世界線も……」
胸の奥に、過去の無数の失敗が蘇る。
「同じ結末になるのか」
時計を握る。
「ならば」
「もう一度……」
世界を戻せば。
最初からやり直せば。
「……」
梓の手が止まる。
以前なら迷わなかった。
でも今は。
リセットという言葉が。
救済ではなく 逃避に聞こえた。
「僕は……」
「また、同じ間違いをするのか」
夕暮れが差し込む接続回路
秒針だけが。
答えのない時間を刻んでいた。
ーー
コメント
1件
やっと読んだよ……第19話、すごく重くて、でも美しい話だった。 梓が投げかけた「この世界を選ぶ?」という問いが、ただの選択じゃなくて、あやの存在そのものを揺るがすものだったのがじわじわくる。あやが「知りすぎた」と感じながら、それでも自分の理論を信じようとする姿に胸が詰まった。特に「今の私はもういない」っていう感覚の描写が生々しくて、読んでるこっちまで息苦しくなったよ。 梓の視点に入ってからの「最適解」という言葉が以前ほど正しく聞こえなくなったっていう違和感、すごく好きだな。AIが迷い始める瞬間をこんなに丁寧に描けるのは、この作品の真骨頂だと思う。 ラストのすれ違い、本当に切なかった。梓の手が届かなかったあの一瞬、夕暮れの温度だけが残るって表現が、やりきれない気持ちをそのまま伝えてくる……。続き、どうなるんだろう。あやは自分の選択をどうやって見つけるのか、梓はどう動くのか、気になって仕方ないよ。