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第20話 日常の楔(アンカー)
ーー
次の日
あやは目を伏せてゆっくりと学園の廊下を歩いていた。
夕暮れの光が床に長く伸びている。
生徒たちの笑い声がどこか遠く感じられる
——なのに。
あやの胸の奥は、静かにざわついていた。
梓の問いが、
何度も何度も脳内で反響する。
「この世界を選ぶ?」
その言葉が落ちた瞬間から、
世界の輪郭が少しだけ揺らいで見える。
(……なんで、そんなことを聞くの?)
(どうして……私に?)
歩くたびに、
視界の端で再び“違和感のピース”が勝手に繋がっていく。
怖いほど自然に。
まるで、ずっと前から知っていたみたいに。
(……これ、前にも……)
その瞬間。
「……っ」
足が止まる。
再び
呼吸が浅くなる。
視界がぼやけて世界が、ほんの一瞬だけ“二重に”見えた。
そのときだった
「……あや?」
柔らかい声が、背後からそっと届いた。
振り返ると——
むぎ色の髪が夕陽に透けていた。
栞だった。
セージグリーンの瞳が、
心配そうにあやを見つめている。
「大丈夫……?」
その声は、
まるで“余白にそっと触れる手”みたいに優しかった。
あやは一瞬、言葉が出なかった。
「……なんか……」
「うん。」
栞はあやの手をそっと取った。
「屋上、行こ?」
その手は温かくて、
あやの胸のざわつきを少しだけ静めた。
–ー
夕暮れの風が吹き抜ける。
二人は並んでフェンスにもたれた。
しばらく沈黙が続いたあと——
あやがぽつりと呟いた。
「……なんかね。」
「今日の景色が……“前にも見た気がする”の。」
栞の指が、わずかに止まった。
あやは続ける
「変なこと言ってごめん でも」
「時計塔の夕陽も……
廊下の影も……
誰かの笑い声も……」
「全部……“一度経験したことがある”みたいに感じるの。」
「そんなはずないのに……」
胸の奥がひりつく。
「怖いくらい自然に、
違和感のピースが繋がっていくの。」
「まるで……」
あやは言葉を探す。
「まるで……“世界が前にもあった”みたいに。」
その瞬間 栞は静かに目を伏せた。
そして——
あやの手をそっと握り直した。
「……あや。」
「気づいたんだね。」
あやは息を呑む。
ーーああ やっぱりー
「気づいた……?」
栞は夕陽を見つめながら、
静かに、でも確かに言った。
「この世界が……
“ただの一度きりじゃない”ってこと。」
風が二人の髪を揺らす。
あやの胸の奥で、
何かが静かにほどけた。
「……栞ちゃん。」
「うん。」
「どうして……分かったの?」
栞は優しく微笑んだ。
「だってあや。」
「君の言葉は、
“戻ってきた人”の言葉だったから。」
あやの瞳が揺れる。
栞は優しく続けた。
「怖かったでしょ。」
「……うん。」
「世界が揺らぐ感じがしたでしょ。」
「……した。」
「それはね。」
栞はあやの手を包むように握った。
「“気づいてしまった人”だけが感じる違和感なの。」
夕陽が二人の影を重ねる。
「大丈夫。」
「君は、ひとりで揺らがなくていいから。」
その言葉は、
あやの心をそっと楔(アンカー)するように、
静かに、優しく響いた。
放課後の学園は、夕暮れの色に染まっていた。
あやと栞が屋上で話していた時間から少し経ち、
二人は並んで階段を降りていた。
あやは 胸の奥に残るざわつきに居心地の悪さを感じていた。
けれど——
隣を歩く栞の存在が、
その揺らぎをそっと支えていた。
栞は、いつもより少しだけあやの近くを歩いていた。
廊下の角を曲がった。
あやの横顔には、まだかすかな戸惑いの影が残っている。
胸の奥に澱のように残るざわつきは、完全には消え去ってはくれない。
けれど――隣を歩く栞の、衣服が擦れる微かな音と規則正しい足音が、その揺らぎを境界線の一歩手前でそっと支えていた。
栞は、いつもよりほんの少しだけ、あやの歩幅に寄り添うように近くを歩いている。
「……栞」
あやが静かに呟く
栞はその場に足を止めた。
「あや…」
あやは息を呑み、続ける
「栞は……知ってた……?」
2人の影が夕日の光を遮るように床へ長く伸びていく。
「栞はいつも、
“今ここ”を丁寧に見ている人だった。」
「でも今の栞は——」
「“今ここ”と、
“その少し外側”を同時に見ている。」
栞は何も言わなかった。
ただ、静かにその言葉を受け止めた。
栞は、
あやの手をそっと握った。
栞は小さく息を吸い込んで
「….私は答えを知っていたわけじゃない」
「……あやが、気づかせてくれたの」
あやが目を丸くして栞を振り返る。
「あやが世界の境界線で揺らいだとき、この空間の“余白”が一瞬だけ白く見えたの。」
「その温度が……ずっと前にも、別の世界線でも、同じように私の隣にあった気がしたの。
だから、私は思い出しただけ」
「……そうか。」
「やっぱり、栞ちゃんはどれだけ世界線が書き換わっても、その『今の温度』を観る人なんだね」
あやが呟く
栞は少しだけ、いつもの穏やかな、余白珈琲の湯気のように優しい笑みを浮かべた。
「私は難しい理論なんて分からない。ただ……あやが揺らいで消えちゃわないように、ずっとそばにいたかっただけだよ」
あやの胸の奥へ、じんわりと熱い生命の温度が広がっていく。
底で渦巻いていたわだかまりが少しだけ解(ほど)けた気がした。
「ー世界はまだ、選択の途中だからー」
「選ぼう 私たちで」
栞はあやの手を優しく握った
それをみつめて
あやはいつものように無邪気な笑顔をみせた
「『失敗作』かどうかなんて私が決めることでしょ」
その声は凛として決意に満ちていた
「世界はまだ 崩壊も確定もしてないもん!」
あやの瞳に『まだ 生きたい』という意思が宿る
それをみて 栞は安心したように優しく目を細めた。
「うん!」
「これからも一緒に共有しよう 辛いことも 楽しいことも」
「私は あやちゃんのそばに居るから」
夕日が2人を映し出す
その後ろ姿は
いつもより少しだけ軽く見えた。
26
#百合
コメント
1件
第20話、読み終えました……「気づいたんだね」からの栞ちゃんの言葉、心に染みました。あやが「世界が前にもあったみたい」と呟くシーン、私も一緒に息を呑みました。夕暮れの屋上で手を握る温かさが、読んでいるこちらの胸のざわつきもそっと静めてくれるようで。そして「選ぼう 私たちで」の栞ちゃんの決意、あやの「失敗作かどうかなんて私が決める」の宣言——二人の強さに、じんわりと力をもらいました。素敵なエピソードをありがとうございます🌷