「……あれ? いつもより美味しい……?」
賄いを食べながら、ミュリエルさんが静かに言った。
「本当ですね。いつもと同じように作ったのに、何かが違う……?
こっちのサラダは……うん、とっても瑞々しいです」
マーガレットさんも食べながら、不思議そうに呟いた。
「あはは、これはまたアンさんが何かやっちゃったんじゃないですか?」
「水と調味料なら、ちょっといじりましたよ」
「「えっ」」
声を同時に上げたのは、ミュリエルさんとマーガレットさんだった。
サラダを食べながら、やったことを軽く説明……するほどでも無いから、シンプルに伝えることにする。
「水を美味しい水にしたり、調味料の味を引き立てたり、そんなことを途中でやってました」
「それってどうやるんですか? 是非、教えてください!」
「いや、錬金術を使ったので教えられませんね……」
「まさか、ここで錬金術とは……」
興味津々のマーガレットさんだったが、錬金術と聞いて愕然としてしまった。
本来であれば、料理中に出来ることでもないからね。
そして、その言葉のあとに続けたのはミュリエルさんだった。
「……あれ?
そうすると、それは料理ではない……?」
「そうですね。素材の加工だから、料理ではない……ですよね?」
「……もしかして私、そっちなら上手くいくのかな……」
ミュリエルさんは、誰ともなしに呟いた。
彼女は彼女なりにメシマズの呪縛から逃れようとしているから、些細なことでも見逃したくないのだろう。
そもそもミュリエルさんのメシマズの原因は、レアスキルの『工程ランダム補正<調理>』だ。
『調理』と『素材の加工』の違いは少し曖昧だけど、『調理』が『料理を作る』という技術を指すのであれば――
……『錬金術』で出来た『素材の加工』なら、案外上手くいくのかもしれない。
「ミュリエル先輩、錬金術をやってみます?」
「おぉ……。そうしたら、私のお料理も何とかなるかも……?」
「でも、私のやったことって時間が掛かるものですからね。
水にしても、普通なら工房の設備を使いますし」
「そ、そうですよね、アイナ様とは違いますからね……。
でも、そういう道もあるんだなって思えました! ありがとうございます!」
「興味があれば相談してくださいね。
ところで工房といえば、お掃除をお願いしてましたよね。どんな感じになりましたか?」
「はい。大体は終わっていまして、あとは本丸の大釜を磨き上げるだけです!」
「あ、大釜はほどほどで大丈夫ですよ」
「いえ、そこはケジメですから。もうつるっつるのぴっかぴかに磨き上げます!」
「いや、そこまでやられると逆に使いにくくなるんですけど……」
「う……。分かりました、適当にぴっかぴかにしておきます」
「何が変わったのかなぁ……」
そんな素直な感想が、私の口から自然と零れ出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
賄いを食べ終わると、他の使用人が昼食を取りにくるのを待つ時間になる。
軽く洗い物などをしながら、メイドさんたちはちょっとした休憩を取る、ということだった。
でも、あくまでも『軽く』だから、完全には休めないんだよね。
例えば昼寝をするだなんていうのは出来なさそうだ。
誰かが昼食を取りにくるたび、私とエミリアさんは厨房の影に隠れることにしていた。
マーガレットさんに含められていたことではあるけど、見つかって混乱させてしまうのも、申し訳なくなってきたというか。
そろそろ良い頃合いだし、昼食の仕事が片付いたら、メイド生活もおしまいにしようかな。
「――あ、そうだ。キャスリーンさんの昼食はどうしましょう」
「そうですね……。
先ほど様子を見にいったときは、軽く寝言を言っていましたから……そろそろ起きるかもしれません」
ミュリエルさんは仕事の合間を縫って、ちょこちょことキャスリーンさんの様子を見に行っていた。
マーガレットさんもずっと行きたそうにはしていたけど、手が塞がりまくっていて、結局ミュリエルさんにお願いしていたという状態だ。
「折角ですし、お詫びの意味も込めて私が何か作っていきましょう。お粥くらいしか作れませんけど」
「それでは、お願いしてもよろしいですか?
アイナ様が作ったものなら、キャスリーンさんは喜んで食べると思います」
「私はアンですが、頑張りますね!
それでは材料を頂きます。えっと、お米と塩と水……っと。ニラと卵ももらえますか?」
「ニラと卵はこちらです。……お粥に、そういうものも入れるんですか?」
「うちはこんな感じだったんですけど、家によってきっと違いますよね」
私の生まれた神原家のレシピは前述の通りだ。
だからきっと、私が始祖になるクリスティア家のレシピもこれになっていくことだろう。
……代は続かない予定だけど。
「それではまずお米を研いで、水に浸けて――」
休憩。
「アンさん、火を起こしますね」
「ありがとうございます。お鍋を火にかけて――」
休憩。
お粥は何というか、作っていて気持ちが落ち着くような気がする。
シンプルだから集中できるというか、待つという行為が作っている感じというか――
……いや、難しく考えすぎか。
待っている時間が長いから、気持ちも落ち着いてきちゃうのかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――そんなこんなで完成しました! 味見をお願いします!」
今回は折角なので、キャスリーンさん用のものと、味見用のものを2つ作ってみた。
私の料理なんてかなりレアだから、自分でも食べたくなったというのが本音なんだけどね。
Q.お粥は料理に含まれますか?
A.はい、もちろん含まれます。
「……あ、美味しいです!」
「卵とニラを入れるとこうなるんですね……。なるほど、勉強になります……!」
「おお、アンさん。こんなものを病み上がりに出されたら、世の中の殿方はイチコロですよ!」
マーガレットさんとミュリエルさんに混じって、エミリアさんが変な感想を述べている。
恋話になるようなお相手は今後現れないだろうから、まぁそれはどうでも良いか。
「好評で何よりです。自画自賛ですが、本当に美味しく出来ていますね。
それじゃキャスリーンさんの分は、アイテムボックスに入れて……っと」
それを見ていたミュリエルさんは、興奮気味に言ってきた。
「アイテムボックスは保温効果もあるんですよね!
マーガレットさん、やっぱりメイド業には収納スキルが便利かと……!」
「そうですね。でも、保温ができるのはかなりの高レベルになりますよ?」
「あ……そ、そうでした……。
さすがにそこまでは、仮に覚えられても上げられる気が……」
アイテムボックス内の時間を止めるには、収納スキルのレベルが50もいるのだ。
そこまで達するのは、普通ではなかなか難しいだろう。
「さてと、それではキャスリーンさんの様子を見に行ってきますね」
「あ、それでしたら私たちも――」
「いえ、ちょっと『恐慌』というのが気になってしまいまして……。
ひとまず私だけで行かせてもらえますか?」
「そうですか、分かりました。何かありましたらお呼びください」
「……わたしはどうしましょう?」
「エミリーさんは、ここで二人といてください。何かあれば呼びますので」
「分かりました、それではメイド業について語り合っています!」
「はい、立派なメイドさんになってください!」
「――それでは先輩方、質問なのですが……。
光魔法を使えるメイドさんというのは、需要があるのでしょうか……?」
「え? そ、そうですね……」
「うーん、例えば怪我人が出たときとか……?」
「ふむふむ、やっぱりそうなっちゃいますよね……」
何だか早速、それっぽい話を始める三人。
まぁそれはそれとして、私はキャスリーンさんのところにさっさと行くことにしよう。
……彼女は精神的に不安定なところがあるから、結構心配なんだよね。
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