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台所に漂う、甘ったるい砂糖の匂い。
そこで椅子に座り、コーヒー牛乳を片手に本を読む子供。
子供は思い立ったように立ち上がると、台所のフライパンとフライ返しを手にし、何かをひっくり返す。
そして、また本を読み、思い立ったように立ち上がり、今度は何かを皿に重ねる。
1番上にキューブのバターを置き、メープルシロップをかけ、それをテーブルについている私の前に置いて、言った。
「めしあがれ」
と。
*始まる一学期*
部屋に響く、目覚まし時計の音。ほんの少しだけ開いている窓の隙間から、部屋の中に風が入り込んでくる。
季節は春。4月1日。出会いと別れの季節である4月は、何となく心がザワつく。
僕はムクリと起き上がると、台所に置いてある麦茶を飲み、閉めていたカーテンを開ける。
「うっ」
日光が眩しくて、呻き声が出る。少しずつ目を開けながら、僕はトースターにパンを突っ込み、レバーを下げる。
顔を洗い、食洗機に入れていた食器を棚に直すと、テキパキと学校に行く用意を済ませる。
ちょうど制服に着替え終わったところで、トースターからパンが飛び出る音がした。僕はパンを皿にのせ、砂糖をかけて椅子に座る。台所に皿を置き、パンにかぶりつく。
外はパリッと、中はふんわりしていた。
「我ながら上出来……ふふ……」
1人、1Kの部屋の中で、僕は自分の砂糖パンの美味さに酔いしれていた。
そして、そこにスマホのアラームが鳴り響く。このアラームは、遅刻ギリギリ用のアラームだった。僕は一瞬固まり、
「うわぁーー!」
突如叫んで、 まだ2口しか食べてないパンをくわえると、バッグを肩にかけて家を飛び出した。
僕が入学するのは私立葉小池中学校。偏差値は少し高いが、地元の中学校に入学するのに比べればマシだった。
僕は靴を履き替え、自分の教室に行く。全部で4つあるクラスの内の1つ、1年B組だ。
肩で息をしながら、自分の席に座る。窓際の、後ろから2列目。なかなかに良い当たり席。
休憩して少し落ち着いたから、僕はまだ少しだけ口にくわえていた砂糖パンを食べる。途中でも食べていたが、間に合わなかったのだ。
モグモグと咀嚼しながら、窓の外を眺める。この席からは校門から入ってくる生徒が見えた。上から見ると、いろんな人がいる。
仲良さそうに肩を組んで入ってくる男子2人。5人くらいで並んで歩く女子。1人とぼとぼ歩く小さな男子。
僕はごくんとパンを飲み込むと、バッグからブックカバーをかけた文庫本を取り出す。
そして、栞の場所から読み始める。
最近、近くの図書館で借りたのだが、これが面白い推理小説で、これで3周目になる。
それを読んでいると時間は過ぎて、担任が入ってきて、自己紹介を始めた。
村澤アカリ先生。今年から先生になったらしいので、22歳ぐらいだろう。髪は茶色がかったロングで、服装も白いブラウスに青いスカート。ザ・清楚って感じの女性だ。
「これからよろしくね」
挨拶からも、お淑やかな感じがした。
村澤先生の自己紹介が終わったら、始業式が始まる。講堂に集まり、校長の長い挨拶と生徒代表のスピーチを右から左へ聞き流す。そうして、僕は教室に戻り、今から地獄が始まろうとしている。
「はい、それじゃあ自己紹介していこうか」
村澤先生の少し明るい声で言われると、逆に怖くなってくる。
自己紹介とは、そもそもとして出会って間もない相手に自分を伝えるというものだ。ここで何が大事かというと、出会って間もない相手であること。もしこれで面白くない人と思われれば、少なくとも一学期はぼっちだ。
そう考えると、緊張で胸が痛くなる。
自己紹介の順番は、村澤先生考案のくじで決める。クラスは40人。狙うなら、20番目が終わって、地味な人が続く時。
大体、28番がベスト!
くじ箱に手を入れる。
念じながら引いたそのくじを、バッと音が出るほど勢いよく開ける。そして、読む。
…………5番。
嘘だと思ってもう一度読む。
……5番。
見間違いだと思ってもう一度読む。
5番。
僕の自己紹介は、最悪のスタートになることが決定した。
5番。それは、『世界中の子供1万人に聞いた、自己紹介で1番嫌な番号TOP10』(非公式)に入るレベルの悪引き。自己紹介が盛り上がり始めたところで、みんなが集中して聞き始める時。これの前が良くて、もし失敗したらどうなる?雰囲気はガタ落ち。クラスの中で、面白くない奴の地位に落ちるだろう。
そう考えると身体が白くなって、先生にくじを見せると僕は自分の席で意気消沈した。
僕がそうしている間にも、くじ引きは進み、遂に地獄が始まった。
トップバッター の美少女
先生に呼ばれ、元気よく返事をし、立ち上がる。先生の目の前のアリーナ席なので、振り向いてから話し始めた。
「私の名前は、谷崎ハルナ。趣味はカラオケとスポーツで、最近ハマってるアニメは……」
口から流れ出す弾丸を受けるのも大変だが、何より容姿が整っていた。
荒れひとつ無い肌。金色っぽいポニーテールの髪。形のいい鼻と口。クリっとした目。スタイルも良く、身長は140センチメートルほど。
まさに美少女。そして、最後の一言にクラスの大半は胸を射止められる。
「これから仲良くしてくれると、とっても嬉しいです!」
残りの3人も、スポーツ万能な高身長イケメン。クラスのまとめ役になりそうなしっかり者の女子。おっとりとした雰囲気の女子。
個性豊かなメンバーだ。みんな、面白くて集中している。私も少しは興味を持った。
そして、私の番になった。
「それじゃあ、5番の人お願いします」
村澤先生のその言葉に、小さく返事をしながら立つ。緊張で手をモジモジと弄ってしまう。
「え、えっと……」
少しずつ言葉を出す。
「僕の名前は、……柴田、サラです。趣味、は……ゲームと、読者と、謎解き……です。好きな食べ物は……甘いものです。よ、よろしく……お、お願いします……」
ペコッと小さく頭を下げると、ゆっくり椅子に座る。シーンと教室に静けさが響く。
あ、終わった……。
僕は机に突っ伏して、自分の小さな身体をさらに小さくして、魂をどこかに飛ばした。
その後、残りの35人の自己紹介が終わり、教科書と手紙を配られて授業は終了した。
先生と挨拶が終わった瞬間、僕以外の全員があの美少女、谷崎ハルナの元へ向かう。
連絡先教えてだとか、この後遊ぼうだとか、家どことか、女子トーク繰り出したりとか、全員がなんとか谷崎の気を引こうと頑張っている。
僕はそんな谷崎を横目に、ちょうどすっからかんになった教室の後ろの扉から、スっと音を立てずに消えた。
***
私、谷崎ハルナはその人を見た。全員が私のいる場所に集合してくるのに、その人だけはチラリとこちらを見ただけで教室から出ていってしまった。
カッコイイ。そう思った。
今まで私の会ってきた人間は、すべて私の場所に寄ってくる。時にはストーカーまがいのことをすることもあるし、連絡をずっとしてきたり、告白してくることもあった。
だが、あの人は違う。知りたかった。
なぜ、私に来ないのか、知りたくなった。
私はすぐに行動に移した。
「ごめんね、ちょっと用事があるんだ……」
みんなに少し申し訳なさそうな上目遣いをすると、ザッと軍隊のように道が開く。私はその道を小走りで通って、あの人を追った。
***
僕は帰路についていた。スーパーで今晩と明日の分の買い物をし、ついでに百均で文房具も買った。ふわっと柔らかい風が吹く。
あとは、家に帰るだけ。帰って、ご飯を食べて、風呂に入って、寝る。よし、完璧。
心の中でガッツポーズをした直後、聞き覚えのある声が後ろからした。
「すみません、柴田さん!」
突然呼び止められ、ゆっくり後ろを振り返る。そこには、谷崎ハルナがいた。なぜ?頭がフル回転するが、接点など何も無いので、理由がわからない。
「あの、」
考えている最中に、谷崎が話し出そうとする。
「……ど、どうし……たの?」
緊張で、また途切れ途切れの文になりなからも、僕は尋ねる。
「どうして、私に話しかけて来なかったんですか?」
谷崎から出たその言葉を聞いて、一瞬思考停止した、が、すぐにまた回転させる。
この言葉はどういう意味だ?相手はクラスの美少女。返答を間違えれば死ぬ。なぜ話しかけなかったのか、を聞かれてるから正直に話した方がいいのか?いや、もしかしたら腹黒で、女王のような立ち位置になった自分になぜ挨拶がないのか、という意味なのかもしれない。そして、解決策を出す。
とりあえず、あなた自身に興味がない訳じゃないっていう感じのあやふやな返答で行こう。
僕は俯いて言う。
「い、いや……あの……人混みが苦手で……つい、逃げちゃっ……て……」
これで、少なくとも失礼ではないし、否定的でもない。丁度いいあやふや加減だ。
谷崎の反応を見る。こちらをじっと見て、何か考えているようだ。そして、何か思いついたような表情をして、口を開く。
「じゃあ、人混みのない今なら話せるの?」
うっ……そう来るか。確かに、僕の返答の理由は、『人混み』だ。それがない今なら、話しかけられることになる。面倒だ。とりあえず、断ろう。
「ごめん……今日、ついさっき……アイス、買ったから……早く、帰らなきゃ」
僕はさっと後ろを向くと、小走りでその場から逃げる。さすがに追ってはこないだろ
「ねぇ、さっきアイス買ったっていうの、嘘でしょ」
思考の途中に入り込んでくる、谷崎の声。思わず、バッとその場から後ろにジャンプしてしまう。谷崎はいつの間にか僕がさっきまでいた所にいた。
バレてる……どうしてだ?そしてこいつ、どれだけ僕と喋りたいんだ?
「ねぇ、話そうよ」
しつこく話しかけてくる谷崎。さすがにこのまま着いてこられたら、埒が明かない。どこかで話さなければだが、どこで……。
そして、頭に浮かぶ、ひとつのアイデア。
「ね、ねぇ……谷崎さん……家来る?パンケーキっ、出すよ……」
谷崎はなぜか顔をパーッと明るくして、僕の横に並んで歩き始めた。