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病気の私:前編
白皮症、別名アルビノ病。
目と皮膚と毛髪などの全身、目のみが先天的にメラニン色素をつくれない、もしくは少ししかつくれない体質のことです。
メラニン色素が足りないために肌が白く、髪や体毛は白や褐色、金色。目の色も青や茶色、灰色で、多くの人はロービジョン(弱視)や紫外線に対する対応が必要です。
「…アルビノ病、ねぇ……」
ため息を零しパタリとパソコンを閉じた。椅子の背もたれにかけられた今の季節にはそぐわない真っ黒な長袖の上着を手に取り、袖を通していく。つばが長い帽子をしっかりかぶり、サングラスをかけたら完成だ。
「…よし、早く帰ろう」
独り言をブツブツと呟きながら鞄の中にパソコンやノート、文房具類を詰めていく。ジィー…とチャックを閉めたと同じくらいのタイミングでスマホが震え、ロック画面に通知が表示された。
「……ふふ、」
その通知を見るだけで頬が緩み口角が上がってしまう自分はおかしいのだろうか。だが、そうなってしまうほど嬉しいのだ。上の者から押し付けられる仕事の数々を黙ってこなしていく中、毎日エナドリに頼りすぎて相棒レベルにまでなり、血糖値とストレスが上がっていく日々。そんな私を癒してくれるアプリ「悪魔執事と黒い猫」、通称「あくねこ」。
友人に勧められた時にインストールして早数ヶ月、私はあくねこにどっぷりハマってしまったのだ。
サブスクリプションに入ってはいないが無課金勢でも楽しめるアプリ、可愛い猫と個性が詰まりに詰まった執事達と過ごす毎日は楽しすぎるのだ。
早く最推しに褒められ癒されたい私は、鞄を背負い スマホを回収して急いで会社から出るためにエレベーターに乗り”1”と刻まれたボタンをかちりと押す。
「はーやくはやく〜」
ドアが閉まります。とお決まりのセリフが聞こえるとゆっくりと目の前の扉は閉まっていく。その時間すら私は無駄だと思うほどに早く家に帰りたいのだ。
ドアが開きます。と声が聞こえ扉が開く、自分が通れるほどの隙間ができると、ねじ込む勢いでエレベーターから降りてタイムカードを切り外へ出た。
外は真っ暗で腕時計を見ると現在時刻は12時前だった。ため息をつき足を家の方向へと動かす、街灯だけが頼りな夜道を歩き曲がり角を曲がろうとすると、ガサリと近くにあった茂みからナニカが飛び出した。
「ぇえ”っ?!なに!!?」
肩を大きく揺らし女性らしくない声を上げながら飛び出した方を見たが、そこには何もいなかった。
「ぇ…えー……幽霊…おばけ…?」
きょろきょろと見回す。深夜になる街には人影はなく、いるのは自分の影と怯える自分だけだった。すると、チャリッと金属の音が足元からして恐る恐る下を見るとそこには首輪をした黒猫が毛ずくろいをしていた。
「黒猫…?あ、あーなるほど…黒いから気づかなかったんだ……かわいいなぁ…」
どこかの家の飼い猫だろうか?虫か何かを見つけたから飛び出してきたのか?と、色んなことを考えながら黒猫を見つめていると、黒猫は毛ずくろいをやめ私をじっ…と見つめてきた。
その瞳は黒く、しかし奥には淡い紫を滲ませたような不思議な色を持っていた。私は驚かさないようにゆっくりとしゃがみ手を伸ばしてスキンシップを取ろうと試みる。
やはり警戒して逃げてしまうだろうか、と思っていた時、驚くことに猫の方から自分の手に擦り寄ってきたのだ。
「ぁ、びっくりし……あー…もふもふ…」
ゴロゴロと喉を鳴らしながら擦り寄ってくるその姿はまさに天使であった。毛に沿って黒猫を撫でると黒猫は手の感触を楽しむように目を閉じた。
「…かわいい」
自分の目的などすっかり忘れ私は猫に没頭していた。
あれから数十分間、信じられないと思うが、私は飽きること無く黒猫を撫で回していた。地面に転がり回る黒猫にデレデレとしていた頃、突然黒猫は「んなぁ〜」と鳴きながら逃げてしまったのだ。
「あ〜…黒たんが……」
去りゆく後ろ姿に名残惜しさを感じ腕を伸ばしてみるが、黒猫に届くことは無かった。
「…可愛かったなぁ黒たん……あ?!あ、あくねこ!!」
黒たん基、黒猫の姿が見えなくなり、さてそろそろ…と、腰を上げた時に通知を思い出し、1人焦る。いつまで経っても履きなれないヒールの音を聞きながら私は家まで走った。
「はぁ〜……疲れたァ…」
道中転けそうになりながらも無事帰宅し、シャワーも浴びずにベットに倒れ込む。数分間ベットにうつ伏せになったあと、さすがに服は脱がなきゃいけないだろうと考え床に足をつける。
「っいた、」
ハンガーを取りに行こうと右足を前に出した時、何かを踏んでしまったのか滑ってしまい膝を机の角にぶつけて1人悶える。
「もー……何踏んだの…?昨日掃除したんだけどなぁ…」
そう言いながら何かが置いてあった方を見るとそこにはキラリと輝く何かが見えた。
「…何、これ」
見覚えのない物に不信を抱き、手を伸ばしてそれを掴んで目の前まで持ってきてまじまじと見てみると…
「…金色の……指輪…?」
その正体は金色の指輪だった。だが自分には結婚した記憶も、玩具の指輪を買った記憶もない、だがなぜか手には小さな指輪が握られている。
「…誰かの落し物……?」
クルクルと指輪を回し見ながら考える。
「…よし、明日交番に持って行こう」
私はそう決めた。
「あ〜、耳が幸せだぁ…」
今イヤホン越しに聞こえている声は私の最推しである”カワカミ・ハナマル”だ。初めてキャラデザを見た時に感じたあの貫かれる感じ、完全にどストライクだったのだ。
エナドリに力を貸してもらいながら押し付けられた仕事をやり遂げた私は最強、などと思いながらゆったりとした声で褒めてくれるハナマルに身を委ねていた時、ふと私は指輪の存在を思い出した。
「あ、指輪…」
ポケットから小さな巾着袋を取り出して紐を解き、手のひらの上に逆さまにするとぽとりと簡単に指輪が落ちてきた。
「綺麗だな……どこかの店のブランド品 なのかな…?」
買ったばかりと言われても違和感がないほどキラキラと光っていて、この指輪を自分の苦手な太陽に照らし合わせたら眩しすぎて自分は目を瞑ってしまうだろう。
「…少しだけ、着けてみようかな……?」
きっと指輪をはめる日なんてこの先ないだろう、そう思うと好奇心が湧いてくる。誰かの所有物と考えると罪悪感が出てくるが謎の好奇心には逆らうことは出来なかった…。
「わぁ……すごい、ピッタリだ…!」
指輪に左手の人差し指を入れてみると、 するりと簡単に通り第3関節で止まった。折り曲げても違和感は無い、これが俗に言うシンデレラフィット、というものかと私は思った。一息ついてから目的を達成するためにスマホに手を伸ばす…というところで、私は急激な眠気に襲われた。
「う、うーん……なんか…すごく眠い……体もなんかダルいし……疲れてるのかな…?」
そう言っている間にも視界はどんどん暗くなっていく。瞼が落ち切る前に見えたのは、暗い部屋の中で怪しげに光るスマホの画面だった…。
「……は、…うっ…まぶしっ」
意識を落としてからどれだけ時間が経過したのだろうか、意識が浮上していきうっすらと目を開けると、そこには見慣れない天井と光があった。あまりの眩しさに、思わず顔を背ける。そのまま頭の下にあった枕を勢いよく引っ掴み、光を遮るように顔の上に被せた。
「…ここ、どこ……?」
ゆっくりと起き上がり、辺りを見渡す。どうやら自分は今、ベットの上にいるらしい。しかもそのベットは大きく、おそらくセミダブルベットだろう。
部屋の明かりはついているが、誰もいない。私は枕を手放し、代わりにシーツを被り辺りを探索することにした。