テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
40
すごくすごく頭を悩ませているのに、俊の頭部の頭頂部では可愛い寝ぐせのついた
一塊の髪の毛がピョンと跳ねて立ち気味になっている。
『どうすりゃあいいんだ』と呟いた瞬間、その跳ねている一塊の髪の毛が
ビュンと風圧を受けて揺れた。
それはすっくと俊が椅子から立ち上がったからに他ならない。
俊は妻の病気を理由に上司に半休を申請した。
午後から再度出社して残業すればこの日の業務はなんとかこなせるだろうと
予測を立て、桃の仕事場へ向かった。
俊の職場は自宅から片道30分前後で通える範囲なので、こういうことも
難なくできるのだ。
そしてまた芸大も自宅から近いため、桃が出る授業に間に合うだろうと
そう思っての俊の行動だった。
午後から再び出社するつもりだったので通勤鞄はロッカーへ放り込み、
スマホと財布、ハンカチだけを身に着けてリーマン・スーツスタイルのまま
現地へ向かった。
何だかんだで大学の教室へ探し辿り着くまで、約70分ほど掛かってしまった。
グルグル外から部屋を見ていくと一か所だけカーテンの閉められている部屋があり、
俊はその部屋に目星をつけた、迄はよかったのだが……。
如何せん、カーテンに遮られる形で中の様子が何も見えないのだ。
折角仕事を放り出してまで見にきたというのに、まさかのカーテンに
邪魔をされるとは、想像もしてなかった。
でもよくよく考えてみれば女性のヌードモデルを普通に
窓から見えるようにはしておかないよな。
見ること叶わないのならもう帰るしかないかと、何度も逡巡した。
……とはいうものの、腕時計に目をやると、この場の滞在時間は
それほど経っていない。
11時まであと少し時間がある。
何か変化を期待したが部屋のカーテンが開けられることはなかった。
41
『はぁ~』溜息しか出てこない俊は、次の1時間後に期待をかけた。
こうなったら桃の裸になってポーズを取っているという場面は無理かも
しれないが、一目桃の姿だけでも見納めて帰りたいと思った。
ずっとこのまま突っ立ったままというのも芸がないのでふらりと構内に入り
缶入りのお茶を買い、しばらく立ち飲みした後再び教室の窓付近に戻った。
暇なので聞き耳を立てたりもしてみたけれど……、閉まっていることもあり
何も物音ひとつ、音声はいわずもがなのこと聞こえてはこなかった。
そんなふうにして待つこと小一時間。
12時を針が指した後、女性と男性がそれぞれのカーテンを開け始めた。
窓横の壁を背に、その様子を見ていた俊は彼らが窓から離れるのを待ち
桃の姿を探した。
カーテンを開けていた女性が、残っていた数人の生徒たちと一緒に
教室の入り口から出ていくのが見えた。
あれが大学の先生? 教授? 講師?
わからんがその男はまだ残って何かノートに書きこんでいるのが見える。
桃は俺の見たことのない、ゆったりとしたワンピースを着ていて
授業が終わったばかりだからだろうか、髪は半分アップ気味になっている。
これも今まで自分は見たことがないヘアスタイルだ。
このように外から桃たちのことを見ている俊がその場にいたのだが……。
そんなこととはつゆ知らず、いつになく桃は植木を挑発するのだった。
ちょうど俊の立ち位置のほうのカーテンを触ったのが男性で雑な開け方をしたため、
内側のレースのカーテンが少し開いており俊にとってはラッキーだった。
その隙間から中の様子がレース越しに見えるよりもはっきり見えたからだ。
そこからは男性の姿が見えた。生憎桃の顔は見えず、頭と背中しか見えない。
その桃かもしれない女性は、下を向いて何かを書いている男性に
ゆっくりと近づいていった。
会話も聞こえずふたりの様子が遠目にしか見えないのが残念だなぁと
(俊は)思った。
42
◇誘惑
いつもなら、植木と一緒にカーテンを開ける吉田が、学生たちと一緒に教室を出ていったあと、
自分も下着を付けるために急いですぐ側にあるトイレへと向かうのだが……。
桃は昨日夫にここでの裸婦モデルの仕事がばれてしまい、別に不都合はないが
精神的に何かくるものがあったのか、いつもの精神状態ではなかったのかも
しれない。
なんとなく、植木に絡んでみたくなったのだ。
ほんとに弾みのようになんとなくで、明確な理由などなかった。
いつも冷静沈着、大学の教授然としているように見えるけれど……女性に誘惑されたら、
どういう反応をするのだろうかと桃は彼を試してみたくなった。
はっきりとした年齢は知らないけど、確実に自分より一回りは上だろう。
40代であることはどこかで耳が拾って知っている。
今の桃は服を纏ってはいるが胸元を大きくはだけて着ている。
着用する時に意識的に胸元が見えるよう留めるボタンの数を調整していた。
近づいた桃に気付き植木が顔を上げた。
「どうした?」
「私、最近手相に凝っていて、ちょっと詳しくなったんですよ。
ふふっ、植木さん見てあげる、手……見せて」
桃の言葉に戸惑いながらも植木はもっていた右手のボールペンを左手に
持ち替えて右手を差し出した。
手相を見ながら何やら妖しげな雰囲気を醸し出す桃。
「先生、もうちょっと手をこっちに……」
そう言って手相を見るはずの植木の手を心持ち自分のほうへ引っ張る桃。
手は桃の胸元に触れ、互いに見つめ合う……。
そして、ふたりは互いに吸い寄せられるかのようにキスをする。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!