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庭園での、あの一夜限りの夢のような口づけから数日。
熱に浮かされたようだった私の世界は、一通の無慈悲な報告によって音を立てて崩れ去った。
レオ様の皇位継承を何としても阻もうとする第一皇子派の手の者に
隠し通していたはずのあの「金縁の契約書」の存在が察知されたのだ。
私たちが愛で結ばれた婚約者ではなく、ただの利害関係者であるという動かぬ証拠。
それが政敵の手に渡ることは、レオ様にとって破滅を意味していた。
「……ローラ、君との契約は、今日で終わりにしよう」
重苦しい沈黙が支配する執務室に呼び出された私を待っていたのは
いつもの人懐っこい笑顔を跡形もなく封印し
冷たい仮面のような無表情を張り付かせたレオ様だった。
広大な机の上には、あの日、没落から逃れるために私が震える手で署名した羊皮紙が
まるで言い逃れのできない罪の証拠のように虚しく置かれている。
「レオ様…どういう、ことですか? まだ次期皇帝の座は決まっておりませんし、契約期間も……」
「状況が変わったんだ。この契約書の内容が公になれば、僕たちは『国民を欺いた詐欺師』として糾弾されることになる。……君をこれ以上、僕の独りよがりな野心に付き合わせるわけにはいかない」
冷たく、突き放すような、温度の感じられない声。
彼は一度として私と目を合わせようとせず
まるで知らない他人に接するかのような淡々とした事務的な口調で、冷酷な言葉を続けた。
「君の家の借金はすべて返済しておいた。約束していた報酬も、君の口座に全額振り込んである。明日には、君の荷物を実家へ送らせるよう手配した。……さあ、もう行って。君の顔は、もう二度と見たくないんだ」
(……嘘。そんなの…)
昨日まで、あんなに熱く私を抱きしめ、あんなに切実な瞳で私を求めていた人が
こんなに簡単に私を捨てられるはずがない。
私は震える足で彼に歩み寄り、机を強く握りしめて強張っている彼の冷たい手を無理やり両手で掴んだ。
「レオ様…私を守るために、わざとそんな酷いことを言っているのでしょう…?私……演技じゃなくても、私はあなたを……っ」
「これは…演技ではない」
レオ様が激しく私の手を振り払った。
そのあまりの勢いに、私の体はバランスを崩して床に崩れそうによろめく。
恐怖に震えながら顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、怒りなどではなく
今にも決壊しそうなほどの深い絶望と
私を遠ざけようとする激しい拒絶の熱が渦巻く、彼の琥珀色の瞳だった。
「……君は、何も分かっていない。僕と一緒にいれば、君の人生は底なしの泥沼に沈むんだ」
「汚名を着せられ、一生を台無しにされる。没落公女として、どこか遠くで平穏に暮らす方が、よっぽど君のためになる……!」
叫ぶような独白。
それは、私を深く愛してしまったからこそ
私の未来を奪いたくないという、彼の不器用で、あまりに残酷な本音だった。
「ビジネス」という名の安全な防壁を自ら壊してしまった不器用な二人に残されたのは
もはや隠しようのない、剥き出しで痛々しいほどの愛情の破片だけ。
私は、涙で視界が真っ白に歪む中、彼に背を向けて走り出した。
背後で、ガシャンと何かが激しく壊れるような音が響き渡った。
彼がやり場のない怒りで机の上のものをなぎ倒したのか
それとも
私たちの積み上げてきたかりそめの関係が、ついに修復不可能なほど粉々に砕け散った音だったのか。
冷たく暗い廊下を、足の痛みも忘れて走りながら、私は確信していた。
もう二度と、あの人懐っこい笑顔で名前を呼ばれることはない。
あの温かい腕に抱かれることもないのだと。
ビジネスの終わりは、同時に
私の本当の恋が、音もなく息絶えた瞬間でもあった。