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「ねぇ、お兄ちゃん。付き合うって……具体的に何をすればいいのかな?」
夕食を食べ進めていたお箸を止めると、私はお兄ちゃんの様子を伺う様にしてチラリと視線を上げた。
海へ遊びに行った日から三日間、私がずっと悩んでいる事。
”付き合うって何?”
彩奈に聞いてみると、「いつも通りでいいんじゃない」と言われてしまった。
本当にそれでいいのだろうか?
「……はっ!?」
目の前のお兄ちゃんは、驚いた顔をすると口を開けたまま私を凝視する。
(はっ? て何よ……。ちゃんと答えて欲しい。これでも一応、お兄ちゃんに聞くのは凄く恥ずかしかったんだから)
「花音……お前、誰かと付き合うのか?」
「え?」
急に真剣な顔をするお兄ちゃん。
(何言ってるの? 私、もうひぃくんと付き合ってるのに。……変なお兄ちゃん)
「誰って……私、ひぃくんと付き合ってるでしょ?」
「はっ!?」
私の言葉に、再び驚いた顔をするお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんがちょっぴり面白くて、私は思わずクスクスと声を漏らした。
そんな私を見たお兄ちゃんは、顔を元に戻すとギロリと私を見る。
(……あ、あれ? ちょっと鬼が……)
鬼の片鱗をうかがわせるお兄ちゃんに、瞬時に顔が引きつる。
「あ……っき、今日の海老フライ美味しいねー! お兄ちゃん、本当に料理が上手! す、すごーい!」
ご機嫌を取るために言った台詞がもの凄く棒読み状態になってしまい、焦った私は笑顔を引きつらせた。
(お兄ちゃんの視線が痛い……。ヤッ……ヤバイ、どうすればいいの……ピンチッ!)
堪らず俯いて目を瞑ると、お兄ちゃんの盛大な溜息が聞こえてきた。
「……花音。お前、響の言った事本気で信じてるのか?」
「……へっ?」
俯いていた顔を上げると、素っ頓狂な声を出してお兄ちゃんを見る。
「え……、違うの?」
そう尋ねてみれば、再び盛大な溜息を吐いたお兄ちゃん。
「あの時、嫁に行くなんて言ったか? 第一、付き合うとも言ってないだろ?」
「あ……うん、言ってない。じゃあ付き合ってないの?」
私の言葉に呆れた様な顔をみせたお兄ちゃんは、小さく溜息を吐くと再び口を開いた。
「当たり前だろ。そんなんじゃ他の男に騙されるぞ? 俺はお前が怖いよ。何でそんなのも分からないんだよ」
お兄ちゃんはそう言うと片手で額を抑えながら私を見た。
(お兄ちゃんの方が怖いもん。鬼のくせに)
口には出せないので心の中で呟く。
(どうせ私はバカですよ……)
不貞腐れて顔を俯かせると、そんな私を見たお兄ちゃんが口を開いた。
「花音。頼むから俺から離れるなよ?」
「……はい」
「男と二人きりで会うなよ?」
「……はい」
「優しそうに見えてもダメだからな?」
「はい……っ」
(何だか悲しくなってきた……。私ってそんなにバカなの? まるで子供扱い……)
そう思った時、ポタリと涙が頬を伝った。
「泣くなよ……」
「だって……っ、お兄ちゃんが……」
「キツイ言い方して悪かったよ。ごめんな」
お兄ちゃんはそう言ってポンポンと優しく頭を撫でてくれるけど、その優しい手の温もりに益々涙が出てきてしまう。
「私っ……バカじゃないもん」
「花音はバカじゃないよ。ちょっと天然なだけだよ」
「……」
慰められているのかよく分からない言葉に、思わず何も返せなくなる。
それでも、頭を撫でてくれるお兄ちゃんの手はとても優しくて。私はボロボロと涙を流しながら、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と何度も繰り返し口にしたのだった。
◆◆◆
「どうしてひぃくんがいるの……」
私の目の前で、ニコニコと微笑むひぃくん。
今日は地元で花火大会がある為、私は彩奈の家で彩奈のお母さんに浴衣を着付けてもらった。
そこへ迎えに来たのが、お兄ちゃん。と、何故かひぃくん。ちゃっかり浴衣まで着ている。
「花音。浴衣可愛いー」
「何でひぃくんまでいるのよ」
ジロリと目の前のひぃくんを見る。私は彩奈の家に行くとはひぃくんに一言も言っていない。
(何で知ってるのよ……)
「デートは1人じゃできないよー? 花音」
そう言って小首を傾げてニッコリと微笑むひぃくん。
「デートじゃないしっ! だいたい、私達付き合ってないんだからね!?」
(お兄ちゃんに聞いたんだから……っ。もう騙されないもん。騙すなんて酷いよ、ひぃくん。私怒ってるんだからね!)
キッとひぃくんを睨みつける。
「……っ離婚はダメ……ダメだよ花音っ! 離婚だなんて言わないでっ!!」
真っ青な顔をしたひぃくんは、ガタガタと震えながら私を見つめる。
まるで捨てられた仔犬のような瞳のひぃくん。今にも泣き出してしまいそうなその顔に、私は小さく溜息を吐くとお兄ちゃんを見た。
(なんで連れて来たのよ……お兄ちゃんのバカ)
怨めしい気持ちで見つめると、私の視線に気付いたお兄ちゃんが口を開いた。
「仕方ないだろ……勝手に付いて来たんだよ」
お兄ちゃんはそう言うと、ウンザリしたように溜息を吐く。
今にも泣き出してしまいそうなひぃくんを見ると、なんだか自分が悪者になった気分になってくる。
「……もういいよ。来ちゃったものはしょうがないから……ほら、ひぃくん行くよ」
私はそう言うとひぃくんの手を取って歩き出した。
チラリと隣の様子を伺うと、ニコニコと幸せそうに微笑むひぃくんがいる。
(とりあえず泣き出さなくて良かった。私も大概ひぃくんには甘いよね……)
そんな事を思いながら小さく溜息を吐く。
「ひぃくん……浴衣、似合ってるね」
ポツリと小さな声で呟くと、私を見たひぃくんが優しく微笑んだ。
「ありがとう。花音も似合ってるよ、凄く可愛いー」
そう言ってフニャッと笑ったひぃくん。
私が言った言葉は嘘ではない。あまりにもカッコイイひぃくんに、思わず出てしまった本音だった。
浴衣を着たひぃくんはいつも以上にカッコ良く、何だかもの凄い色気すら感じる。
私はドキドキと心拍数の上がってきた胸を抑えると、ひぃくんから視線を外して地面を見た。
(何これ……っ。違う、違うよ絶対。そんな事あるわけないし)
気付き始めた自分の気持ちに蓋を閉じると、繋がれた手の温もりに集中しない様ギュッと固く目を閉じる。
それでも、意識は繋がれた右手に集中してしまい、ドキドキと煩く鳴り続ける胸の音に一人戸惑う。
(何これ……、何なの……? 早く静まってよ、お願い……っ)
「花音とデートなんて嬉しいなー。綿菓子あるかなー? 一緒に食べようねー」
私の隣で、楽しそうに話し続けるひぃくん。
そんなひぃくんの声を聞きながら、私はただずっと、繋がれた右手に意識を集中させていた。