テラーノベル
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瞑想を終え、凛が流れるような動作で立ち上がると、潔はまだ床で「ううぅ……」と唸りながら、必死に前屈をしていた。
「……何してる、クソ無能。さっさと行くぞ」
「ま、待てって凛……。体が固まりすぎて、ほぐさないと次の練習で怪我しそうで……っ、ぬ、ぬぅぅ……!」
潔は顔を真っ赤にして指先を足首に伸ばそうとしているが、あと20cmは届いていない。サッカーセンスは怪物級だが、潔の体の硬さもまた、ある種「怪物級」だった。
「……反吐が出るほど硬いな。効率が悪すぎる」
凛は冷たい目をしながらも、潔のあまりに無様な様子を見かねて、その背後に回った。
「……どけ、俺が押してやる。息を吐け、バカ潔」
「えっ、マジか! ありがと、凛! お前優しいな……ぐぇっ!!」
無表情な「処刑人」と、絶叫する潔
凛が潔の両肩に手を置き、無慈悲に体重をかける。
「ぐ、ぐぅっ、凛……! 待っ、待って、痛っ! 痛い痛い痛い!!」
潔の悲鳴が静かな部屋に響き渡る。
しかし、凛は一切の加減を知らない。むしろ「筋肉が悲鳴を上げている=正しく負荷がかかっている」というストイックすぎる思考回路で、さらにグイッと潔の背中を押し込んだ。
「……うるさい、吐けと言ってる。……これくらいで喚くな」
「っ、ひ、……あぁぁっ! まじで、折れる……っ、凛! 待って……っ!!」
あまりの痛みに、潔の目には涙が浮かび、昨夜の「腰の抜けた感覚」とはまた違う、強烈な刺激が全身を支配する。
「待って」と縋るように凛の腕を掴もうとするが、手が届かない。
その時だった。
「…………?」
潔の口から漏れた「っ、あ、……っ、ん……っ」という、苦痛と快楽の境目にあるような、ひどく熱っぽい声。
そして、自分の手のひらを通して伝わってくる、潔の背中の「ビクビクッ」という激しい震え。
凛の動きが、ピタリと止まった。
凛は無表情のまま、固まった。
潔の背中を押していた両手が、まるで熱い鉄板にでも触れたかのように静止する。
凛の視線の先には、痛みに耐えかねて真っ赤な顔で涙をこぼし、肩を上下させて激しく呼吸する潔の項(うなじ)があった。
昨夜、玲王が執拗に刻み、今朝凪が「お世話」をしたことで過敏になりすぎている潔の身体は、単なるストレッチの痛みですら、どこか官能的な震えに変換されてしまっていた。
「……凛、……? ……おーい、……離してくれ……っ」
潔が涙目で振り返ると、そこには「ん?」とでも言いたげな、完全に思考がフリーズした凛がいた。
(……なんだ、この反応は……。……俺は、ただストレッチを……)
凛は恋愛経験ゼロ。サッカー以外の知識は全て「効率」というフィルターを通している。
だからこそ、潔のこの「あまりにも無防備で、艶っぽすぎる反応」の正体が何なのか、脳が処理しきれずに**「エラー:不明なデータ」**を叩き出していた。
「……凛、……顔、赤くないか……?」
「…………黙れ、殺すぞ」
凛は無表情のまま、けれどその耳の先までを真っ赤に染め、弾かれたように潔から手を離した。
潔は「えぇ、急に……」と困惑しながらも、解放された安心感で床にへたり込む。
「……お前の体、……欠陥品だろ。……もう二度と触らせるな」
凛は毒を吐きながらも、自分の手のひらに残る潔の熱と震えが、なぜか胸の奥をざわつかせるのを感じていた。
「……おい、もう終わりだ。さっさと失せろ、クソ無能」
凛は潔と目を合わせないまま、突き放すように言い放った。
「ええっ!? 早すぎないか、凛!? まだストレッチの片側しか終わってないぞ!」
潔は呆然として凛を見上げたが、凛の耳の赤さは引くどころか、さらに熱を帯びているように見える。凛にとって、今の潔から漂う「無自覚な色気」は、集中力を削ぐどころか自分の規律を根底から破壊しかねない劇薬だった。
「……五月蝿い。お前の存在自体がノイズだ。二度と俺の視界に入るな……死ね!」
凛はそれだけ吐き捨てると、逃げるような速さで資料コーナーを後にした。残された潔は「なんだよあいつ、やっぱりツンデレなのかな……」と首を傾げながら、一人で立ち上がろうとした。
その時、背後から猛烈な勢いで「何か」が突っ込んできた。
「いさぎーーっ!! 見つけたっ!!」
「どーんっ!!」という効果音が聞こえそうな勢いで、蜂楽が潔の背中にダイブしてきた。
「うわっ!? 蜂楽!? びっくりした……」
「あはは! 凛ちゃんとこっそりデート? ズルいな〜。俺とも遊んでよ、潔!」
蜂楽は潔の首に腕を回し、そのまま自分の胸元に潔の頭を引き寄せる。
朝の食堂での一件、そして昨夜の凪の「事件」を知っている蜂楽の瞳は、いつも以上にキラキラと、けれどどこか肉食獣のような鋭さを秘めていた。
「よし、決まり! 今から俺とマンツーマントレーニングしよ! 潔が動けないなら、俺が『手取り足取り』教えてあげるからさ」
「ちょ、蜂楽、待てって……っ!」
蜂楽は潔の拒否権を奪うように、その手を恋人繋ぎでがっしりと握ると、トレーニングルームへと連行し始めた。
トレーニングルームの隅、マットが敷かれたエリア。
蜂楽の「トレーニング」は、潔の予想を遥かに超えるほど、物理的な接触に満ちていた。
「ねぇ潔、体幹を鍛えるには、こうやって……背中をぴったり合わせるのが一番なんだよ?」
蜂楽は潔の背後に回り込み、隙間が一切ないほど密着する。
ジャージ越しに伝わる蜂楽の体温、そして耳元で囁くような楽しげな声。
「……なぁ、蜂楽。……ちょっと、距離近くないか?」
「え? そうかなぁ? 俺たち、いつもこうじゃん」
蜂楽はケラケラと笑いながら、潔の脇腹に手を回し、くすぐるように指を動かした。
「……っ、ふ、……ぁ、……やめろ、そこ……っ!」
昨夜、凪に「開発」されたばかりの潔の身体は、蜂楽の何気ない指の動き一つにも過剰に反応してしまう。
蜂楽は潔の首筋に鼻先を寄せ、くんくんと匂いを嗅ぐように顔を近づけた。
「……あ、潔、やっぱりいい匂い。……凛ちゃんの匂いも少し混じってるけど、俺が全部『俺の匂い』で消してあげる」
蜂楽の肌が、潔の頬や首筋に何度も擦れる。
それは「トレーニング」という名の、あまりにも露骨で甘いマーキングだった。
「……は、蜂楽……っ。……顔が、近い……、……っ、ん……っ」
潔は、蜂楽のいつもより少しだけ強引な、けれどどこか子供のような無邪気さを装った接触に、翻弄され続けていた。
御影家の「礼儀」とも、凪の「寝ぼけた愛撫」とも、凛の「不器用なストレッチ」とも違う、蜂楽の本能的で底なしの執着。
「ねぇ、潔……。もっと、ドロドロになるまで動こっか?」
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