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人間は夜目が利かずとも、若いシトリン姫は耳は良いはずで、赤竜の間抜けな『は?』の声を聞いたはずなのだが、全く気に留めた様子も無い。
よほどに図太いのか、それとも超絶的な世間知らすか。どちらにせよ、普通ではない。
腰を抜かしている従者も、相当苦労させられているのだろうと思うと、なんだか気の毒になってきた。
「いや……まてまて、なんと言った?観光名所?どういう事か、順を追って説明せよ」
竜による貴重なツッコミシーン。
威厳を出す目的と、脅してやろうという悪戯心で出していたガラガラ声は鳴りを潜め、素の声が出ていた。
気を張っていた護衛にも、若干の呆れの色が伺える。彼らもまた、奇天烈な主人に振り回されてきたのだろうと容易に想像できた。
「はい、火山灰土に覆われたこの土地でございますから、農業には余り向きません。それでもこれまでは、農地を大きく取り、この土地でも育つ作物を優先的に栽培しておりましたが、近年、火山活動の活発化のため、作物の収量が減少しております」
シトリンは、流れるような語り口で国の現状を説明していく。
あらかじめ用意した台本通りに喋っているような硬さは無く、その場で考えながら、しかし淀み無く丁寧に、話している。
「草木が生えねば、それを食む獣、そして、それを狙う獣も少ない。幸い、近くに川があるので魚には事欠きませんが、川魚では国民を養うには足りません」
シトリン姫は、国の窮乏をつらつらと並べたてていく。
赤竜も、ラヴァリン王国の窮乏ぶりは理解した。だが、貧困の説明だけでは、彼女が求めている事には繋がらない。
「国が困窮しておる事は分かった。して、我に何をせよというのだ」
赤竜は、首を伸ばして、鼻先をシトリン姫の前につけるように近づけた。
赤竜の頭頂部から顎先までの高さと、シトリン姫の身長はさして変わらない。
護衛達は、姫が食われるとでも思ったのか、にわかに色めき立った。
竜が身を動かした事で、泉から湯が溢れ出し、波を立てて床を滑った。背広姿の従者は、波をもろに受けて『ひゃあ!』と情けない声を上げた。
一方でシトリン姫本人は、全く怖気づく事もなく、堂々としている。
赤竜が顎をひとつ上下させただけで、その小さな体を一口で飲み込めるというのに、まるで恐れる様子が無い。赤竜を信頼して、安心しきっているという態度だ。
「はい、竜神様の癒し力。それを売りにして人を呼び込み、外貨を得ようと考えております。まずは、この泉を水を分けていただき、それを妙薬として売り出します」
「売れるのか?怪物が浸かった水が」
赤竜にとって、この泉はいくらでも湧いてくる、まるで希少性の無い物だ。湧いた湯は川に流れていくので、薄まっているとはいえ、王国の方へも流れていくはずである。
人間の商取引に明るくは無いが、このような水を買う人間など居るのだろうか。
「そこで出るのがわたくしでございます。王室御用達の品という事にすれば……『事にすれば』は少々語弊がございますね。わたくしが愛用すれば、事実として王室御用達の品になります。王室御用達の商品となれば、それなりに信用が保証されていると、人々は考えるでしょう」
「ふむ」
つまり、王室御用達のブランドを使って宣伝してみせるという事なのだろう。
人間というのは、肩書に弱い。赤竜は、自分の扱いの変遷からも、それは身に沁みて理解している。
竜神相手には無数の人が押しかけ、怪物となったら閑古鳥。そういう者達が、王室御用達という肩書に惹かれて、こんなものを買いに行くのだろう。
「水の次は何とする」
「人の口に戸は立てられません。竜神様の水の噂が広まれば、『温泉に浸かってみたい』という人間も出てくるでしょう。竜神様の許可さえいただければ、この洞窟に人を招きます。宿泊は当然こちらの街でとなりますから、そこで宿泊費や食事代を落として貰います」
赤竜は、ふーむと唸ってから、シトリンの眼前に突きつけていた顔を引いた。赤竜が動いたのでまた湯が溢れ、従者がまた悲鳴を上げたが、それに構う者は居なかった。
シトリンは、脈アリと見て、矢継ぎ早に話を進めていく。
「幸い我が国には、かつて竜神信仰があった頃に建てられた宿や料理屋が、いくらか残っております。観光客を呼び込む準備は整っているのです」
「ほう」
赤竜は、思わず唸った。シトリン嬢の語ったかつての頃、竜神様のおかげで商売繁盛でございますと、礼をしにくる店主も居たものだ。
今となっては、人間にいくらか反感を持っている赤竜であるが、自分を信仰していた者の店が残っているというのは、素直に嬉しいものである。
「それは素晴らしい計画じゃな。しかし、儂に利はあるのか?」
当然の疑問である。元々自分が住処として、たまたま湯浴みをした場所で、人が集まってきて信仰されるようになっただけなのだ。
溶岩を食っていれば生きていける訳で、今更野心が芽生えたわけでもなし、働かないといけない理由がない。
「勿論でございます。竜神様は、溶岩をお食べになっているようですが、それ以外の物もお召し上がりになると聞きました。竜神様のおかげで国が潤ったなら、他国から買い付けた様々な果物などで、お持て成しさせて頂きます」
赤竜は僅かにむっと唸って、沈黙した。
昔この山は、今ほど不毛の土地ではなく、僅かながら果樹が生えていて、これまた僅かながら果実が実っていた。
果樹が残らず枯れた後も、時折人間が捧げ物として持ってきていた。
鉱物や硫黄ガスを主食としている赤竜にとって、その身に甘い果汁を蓄えた果実は、格別のご馳走だった。
最後に口にしたのは、もう何年前だろうか。その味は今も夢に見るほどだ。
この湯を分けてやれば、またあれが食べられると思うと、実に魅力的な申し出だ。
「ふむ、お前の考え、計画はよく分かった。湯などいくらでも湧いてくるから、好きなだけ持っでいくが良い」
赤竜が答えると、シトリンはようやく笑顔を弾けさせた。
「つまりそれは、計画をご承知いただけたと………」
「うむ。好きなようにやるといい」
赤竜が答えるやいなや、シトリンは飛び上がって喜び、従者のもとへ駆けていく。
「やったわロシュフォール!竜神様が承諾してくださったわ!これで、国を立て直せるかもしれないわ!」
今まで、実に澄まし返って態度を取っていたが、本来はまだまだ歳相応の少女なのだろう。
従者、もといロシュフォールは『姫様、はしたのうございます』などと言って、押しとどめようとしているが、シトリンは構わず抱き着いている。
護衛の筆頭らしき口髭の男に目をやると、自然と目が合った。赤竜と口髭は、言葉なく目だけで『お前も大変だな』『はい、あの姫様には振り回されてばかりです』と会話するのだった。
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