テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
シトリン一行はその後、持ってきた水袋にたっぷりと泉の湯を詰めると、意気揚々と下山して行った。
なんと逞しい事か、従者のロシュフォールより、シトリン姫の方がたくさんの水袋を持っていた。
赤竜には、見守る事しか出来ないが、あの逞しい姫を見ていると、計画が上手く行ってほしいという気持ちが芽生えてきたのだった。
それから一週間ほどは、山には誰も訪れなかった。
(まあ、そうすぐは売れんじゃろうな)
シトリン姫の計画が、上手く行ってほしいと思う気持ちはあるが、人間の思想は一週間やそこらで変わるとは思えない。
例え王族からの提言があったとしても、簡単に民衆の考えを変えさせる事はできないだろう。
それに、今日明日にも国が潰れるような事態ではないとのことだが、経済的に疲弊して、庶民には余裕が無いというのに、突然嗜好品が現れても、おいそれとは手を出せないだろう。
(ま、事業が失敗したとて、わしの知った事ではないがの)
国が滅んだら可哀想と思わないでもないが、自分の生活が変わる訳ではない。うまくいってくれればいいなと思う程度にはシトリン姫に好感を持ってはいるが、もし事業が頓挫してしまったとしたも、また静かに暮らすだけだ。
そんな事を思って、更に一週間後の事。久しぶりに、シトリン一行が訪れた。
(おお、今度は随分たくさん来ておるな)
人数が多い。シトリン姫と護衛、従者のロシュフォールは居ないから、それだけなら人数は減ったのだが、後ろに大勢の男達が控えている。
一様に筋骨隆々とした、逞しい男達だ。赤竜に恐怖して、顔を青くしてはいるが。
「ご無沙汰しておりました、竜神様」
シトリン姫は、また見事なカーテシーをする。実に雅びやかで、震えていた男衆が、一瞬恐怖を忘れて陶酔の溜息を吐いた。
「うむ、よく参った」
赤竜は、前のガラガラ声は止めて、普段通りの声で応えた。
わざわざ威圧する必要も無いので、というか、もう素はバレているので、声を変える意味が無い。
洞窟の中なので、声は良く響き、低音を含んでいるので、それだけでも充分威圧的ではあるのだが。
「早速だが、前に語った計画は上手く行きそうか、教えてもらおうか」
赤竜は鎌首をもたげて、洞窟の天井スレスレまで頭を上げた。
人間への礼節として、背筋を伸ばして話を聞く姿勢を取ったのだが、男衆はその巨体に慄いて、皆一様に後退った。
そんな男達は放っておいて、シトリン姫が話を進める。
「はい、正直に申し上げますと、温泉水の売れ行きは芳しくありません」
シトリン姫は、計画が上手く行っていない旨を、淡々と述べた。
「そんな事であろうと思うておったよ。売れ行きがよいなら、もっと早く来ておったろうしな」
シトリンは、あら、と少し驚いたような顔をしてから、上品にうふふと笑った。
「はい、仰る通りでございます」
「ではなぜ今、わざわざ大勢を率いて訪れた?」
売れていないなら、この筋骨隆々の男衆はなんなのか?荷運びの衆ではないのか?まさか、全員が用心棒という訳でもあるまい。
「現状、あまりに泉の水が希少なため、高価で売らざるを得ません。これが、売れ行き不調の原因です。そこで、荷運びの衆を雇い、何度も往復して運んで頂こうと思っております。希少性が下がれば、当然値段も下がりましょう」
「値段が下がれば、売れ行きも上がり、評判も上がると……お前はこう考えておるのだな」
「左様にございます」
そう聞いてから男衆に目をやれば、なるほど、宮仕えの下男などではなく、そこらのごろつきといった雰囲気の男達だ。
出来るだけ、安く使える者達を集めてきたのだろう。その甲斐あってか、かなりの人数が揃っている。
「良かろう、好きなだけ汲んでいけ」
「ありがとうございます、竜神様」
シトリンはまた完璧なカーテシーをして、男衆に湯を汲むように指示した。のだが、男衆はガタイの割におっかなびっくり、腰が引けているから本来の力が出せず、仕事はまるで捗らない。
そんな様子を見たシトリンは、護衛の口髭に話しかけた。
「この調子だと日が暮れてしまうわ。ねえ、ディデル。ちょっと叱りつけてやってちょうだい」
「左様ならば、仕方ありませんな」
日が沈んでからの下山は、あまりにも危険だ。ゴツゴツとした岩剥き出しの場所や、火山灰や礫が積もり、足が取られやすい場所もある。
そんな道を、暗闇の中進むのは、自殺行為に等しい。
山中には建物は無いし、雨風をしのげる木陰すらないから、なんとしても今日中に帰らればならなかった。
ディデルは、大きく息を吸い込むと、大声で男衆に檄を飛ばした。
「こらぁっ、きびきび働かぬか!王家よりのご下命であるぞっ!」
「ひいっ!すいやせん!」
ディデルの、怒号を飛ばした叱咤に、男衆は背筋を震わせて慌てて動き出した。
男衆としては、赤竜はもちろん恐ろしいし、ディデルも恐ろしい。
そして、王女様の命令には絶対逆らえないので、見た目だけは逞しい男達は泣きそうになりながら、必死に湯を汲むより他になかった。