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阿炎快空
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いくらなんでも、性犯罪はあんまりだ。
そう、綾乃がやったことはもはやいじめを通り越して犯罪の領域である。だが己が彼女の機嫌を損ねたら、そのせいで楓の写真が放出されてしまうかもしれない――。
どうすればいいのか。誰に相談すればいいのか。歌が悩んでいるうちに、次の事件が起きてしまったのだった。
『あ、綾乃ちゃん!?ど、ど、どうしたの!?』
ある日、学校で歌は、濡れネズミになっている綾乃を見つけた。彼女は制服がびしょ塗れになっているのみならず、液晶画面が粉々にひび割れたスマホを見てギリギリと歯を食いしばっていたのである。
歌が彼女の体をハンドタオルで拭いてやると、少し落ち着いたのか綾乃はこう語った。
『いじめられたわ』
『え』
『あいつ……あいつ本当に最低!あの蓮見楓!あたしが邪魔だからって、下僕どもに……!』
綾乃は、冬香と由衣に追い詰められて、ホースの水をぶっかけられたのだという。そして、水没させたスマホをさらに床に叩きつけて壊したというのだ。綾乃はそれが悔しくてたまらなかったらしい。
同時に、楓の指示で行われたと信じて疑わないようだった。
『しかも……しかもしかもしかもしかも!あ、あ、あたしの服まで脱がせて写真まで撮りやがって……!楓の写真をバラ撒いたら自分達もバラ撒くって!最低だと思わない!?あたしは、あいつに正しい復讐をしただけだってのに、とんだ逆恨みだわ……!』
歌は、状況のおおよそを理解していた。
恐らく、冬香と由衣は楓を守るために行動を起こしたのだ。楓の裸の写真が綾乃にバラ撒かれることのないように手を打ったということだろう。
本来ならば、スマホを壊してデータが抜けないようにしてしまえば片付く話である。ところが、スマホの中からデータがなくなっても、クラウドにバックアップしている可能性は拭い去れない。そして、そちらを一介の女子高校生が全部チェックして消す方法はない。パソコンや、そのほかの媒介に残されている可能性もゼロではない。
ゆえに、自分達も脅しの材料を握るという手段を取った。
いくら綾乃でも、自分の裸の写真を代わりにばらまくぞと言われてしまえば――そう簡単に、脅迫を実行に移せないからだ。もっとも肝心なところで抜けている綾乃のこと、バックアップも普通に忘れていた可能性が高そうだと歌は踏んでいるが。
――そして、実行犯は浮島さんと、羽柴さん。……本当に、蓮見さんの命令でやったんだろうか。
彼女たちの関係性はなんとなく理解している。おっとりとした世間知らずな可愛いお姫様と、その女騎士二人。なんとなくそういう印象を受けていた。
確かに騎士は、お姫様の命令があればそれに従うだろう。
しかし真に主を守るためならば、命令などなくても自分の意思で任務を遂行する――あの二人ならば、それくらいするような気がしてならない。何より、あの楓が“逆にこっちが脅迫することで均衡を保つ”なんて方法、思いつくものだろうか。
『本当に、蓮見さんが命令したのかな?二人が、自分たちだけの意思でそういうことをやったって可能性は?』
一応、歌もその可能性を示唆したのだが。
『あの性悪女が命令したに決まってるわ!あたしの絵を落とすために、教員のおっさんどもと寝るような売女なんだから!!』
綾乃は、もはやそれを完全に真実だと思い込んでいるようだった。彼女の血走った眼は恐ろしく、憎悪に満ち溢れていて――とてもじゃないが、歌にはそれ以上の言及ができなかったのである。
楓に性的暴行を加えた綾乃のことを、冬香と由衣もけして許さなかったということなのだろう。むしろ、彼女達の方が静かに、強く、憎しみを滾らせていたということなのかもしれない。それからも定期的に、綾乃に水を浴びせたり、落とし穴に落としたりという嫌がらせを綾乃に繰り返したのだった。
恐らく報復であると同時に、牽制だったのだと思われる。
綾乃が、これ以上楓に妙なことをしないように。そんな心の余裕もなくなるように。
――確かに、一番最初に悪い事をしたのは綾乃ちゃんだ。綾乃ちゃんは、蓮見さんたちにきちんと謝る義務があるし、罪を償うべきだと思う。
でも、と。歌はもやもやしたものを抱え続けたのである。
――いじめに、いじめで返すのが……本当に正義なの?こんなやり方をしなきゃ、気持ちを晴らすことはできないの?
さすがの綾乃も、二人がかりでの嫌がらせには少しずつ疲弊していっているようだった。歌にはただ、そんな綾乃に寄り添うことしかできない。
この状況を終わらせる方法は一つだけだと思っていた。綾乃に、まず自分のやった罪を自覚させる。そして、彼女に心から反省してもらって、まずは楓に謝罪してもらうのだ。
厭らしいのも図々しいのも承知の上。楓ならば、誠心誠意謝れば許してくれるはずだと。そして、楓が冬香と由衣にストップをかけてくれれば、きっと綾乃への嫌がらせも終わるはずだと。
先生たちに全て打ち明けて、間に入ってもらうことも考えた。しかし、そのためには楓と綾乃が撮られた恥ずかしい写真についても明らかにしなければならないことになる。それは繊細な少女達の心をこれ以上なく傷つけることだろう。ただでさえ、高校の教員の大半は男の先生たちなのだ。いい先生ばかりだと個人的には思っているが、それとは完全に別問題である。
全てを先生たちに話すことは、できない。
少なくとも綾乃が「それは嫌だ」と言う以上、歌にはその手段は取れない。
じりじりと足先から焦がされていくような、そんな焦燥の中。ついに、今回の惨劇が起きてしまうことになったのだ――。
「……綾乃ちゃん、最近オカルト系にちょっとハマってたみたいで」
長い長い語りの末、歌は楓に告げた。
「WEBサイトとかで……よくおまじないを見つけてきて、実行してたみたいなんだよね」
「おまじない?」
「うん。それも、人を苦しめるような……そんなおまじない」
こうなった今でも、綾乃と歌の“お絵かき交流会”は続いていた。しかし、綾乃の絵は楓とトラブルを起こして以降、どんどん荒れていったのである。
最近は、お姫様の絵など全然描かなくなった。現れるのは大蛇やどろどろと濁った泥のモンスター。そして、呪いを実行するための呪具の数々。藁人形、猿の手、血まみれの小箱、錆びだらけのナイフ。
『こういうものを使うとね、いろんな呪いが実行できるんですって』
彼女はにやにやと笑いながら歌に教えてくれた。
教室で突然お腹が壊れて下痢をしてしまう呪い。
料理をしていたら手が滑って、包丁を足の上に落としてしまう呪い。
自分の家の床が突然抜けて怪我をする呪い。
テスト中に突然眠気に襲われて、一文字も書けないまま終わってしまう呪い。
それから、眼の中に蜂が飛び込んできて、失明する呪い――。
聞いているだけでも恐ろしいそれらを、綾乃は嬉しそうに自分に語ったのだ。いつかこれら全てを実行に移して、楓に世界中の苦しみを負わせて泥を這いずり回らせて殺してやるのだと。
『でも、呪術も魔術も修行がいるから……今のあたしには、実行してもそんなに効力がないわけ。……だから、もっと簡単に実行できるおまじない類いもいっぱい探してるのよね。……あーあ、あのゴミ三人、あたしが何もしなくても天罰で死んでくれないかしら!人をいじめるような最低のクズどもなんだもの、神様が天罰を与えても当然じゃない!?』
恐ろしくて、詳細など訊けるはずもなかった。
確かなことは。綾乃がどこまでも、“自分は一方的な被害者で、加害者ではありえない”と思い込んでいたこと。
そして、いざとなったら呪殺も辞さないつもりであったことだ。
「……私、そんなに魔法とか、呪いとか、信じてるわけじゃないんだけど。でも綾乃ちゃんはそういうものに興味があって、そして動機もあるのは事実で」
知っていても何もできなかった自分が恨めしい。
どうして己はいつも、肝心なところで勇気の一つも出せないのだろう?
「ひょっとしたら、恐ろしい悪魔か何かを見つけて……契約して、魔法をもらっちゃったとか。そういうことが本当にあるんじゃないかって、不安で」
「ま、まさか、本当に……」
「無い、と思う?蓮見さんは。……だって浮島さんは、誰も知らないうちに理科室からいなくなったんだよ?ドアを開け閉めしたら確実に音がしたし、周りに座ってた子たちが誰一人気づかないのも変だ。先生だって普通は声かけるよ。それなのにいなくなった。それは、羽柴さんもいっしょ。なんでそこまで広くない学校の中で遭難して、行方不明になるの!?」
「……っ」
楓の顔が、どんどん青ざめていく。彼女を追い詰めたいわけではない。それでも、言わざるをえなかった。
もう一人で抱え込むことなんて、不可能だ。
「何より、綾乃ちゃん言ったの。浮島さんが亡くなった時に……」
あの時だ。もうあの時には、おかしいと感じていた。だってそうだろう。
『あいつよ。浮島冬香。あたしをいじめてくれた最低のクズ女。あいつが、トイレでクソを喉に詰まらせて窒息してたらしいの。一体何をどうしたら、そんな死に方になるのかしらね!超ウケるんですけど!あははははははははは』
みんなの噂では、浮島冬香は汚水での溺死、もしくは感染症での死亡ではないかとされていた。
糞便を喉につまらせて死んだなんて誰も言っていないのに、何故そう思ったのか。
それは、彼女が犯人だからではないのか。
「野間さんが、そんなことを……?」
「うん。何か、知ってるとしか思えなくて。……そう考えたら、綾乃ちゃんがおかしいとしか思えなくて」
この様子では、もう羽柴由衣もダメなのかもしれない。
もしそうだとしてもせめて、目の前の楓だけは。
「お願い、用心して、蓮見さん。私、怖いの。このままじゃ、綾乃ちゃんが人間じゃなくなっちゃうような気がして……!」
もうすでに、彼女は悪魔に堕ちているのかもしれない。
考えたくもない可能性ではあったけれど。
コメント
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うわあ……読んでて胸が苦しくなりました。いじめの応酬が螺旋になって、誰も止まれなくなってる感じがすごく伝わってきます。綾乃ちゃんが「自分は被害者」って思い込んで、呪いの世界に逃げ込んじゃったのが切ない。しかも、冬香さんの死因を具体的に言い当てちゃったところ、本当にやったんじゃないかってゾッとしますね…。歌の視点から「正義って何だろう」って投げかけられるのが、この作品の深みだと思います。