テラーノベル
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浮島冬香が死んだ時だけではない。
綾乃はトイレの個室に籠って、明らかに呪詛の言葉を吐いて笑っていた。知らぬ存ぜぬを通したが、歌はそれを聞いてしまっている。
『ふふふ、あはははっ……ははははははははははは!やっと死んだ、やっと死んだ、やっと死んだあああああああ!ざっまあみろ、羽柴由衣!あたしをいじめた報いよ!きゃはははは、ははははははははは!』
にわかには信じがたい。
でも本当に、綾乃が何か魔法のような力で、遠隔で人を殺すことができるのだとしたら。
今この学校で探されているという、由衣も、もう。
「世の中には、私達が知らないような恐ろしいことがたくさんあるのかも。本当に、悪魔とか、呪いとか、黒魔術とか、祟りとか……。もしくは、超能力とかそっち方向かもしれないけど」
用心しなければならない。もし由衣が既に殺されているのだとしたら、次の標的は確実に楓だ。
無論、用心したところで、楓にそれを防ぐ術があるかどうかはまったくの別問題なのだろうが――。
「……仰りたいことはわかりました、長谷部さん」
楓は。青ざめた顔で、それでも存外しっかりした声で告げたのだった。
「私は……私も、自分自身に罪がないなんて思っていないんです。もう少し、野間さんと上手にお付き合いすることができていたら。最初の段階でもっと説得できていたら、こんなことになっていなかったのかもしれないって。誤解を解くことができなかったのも……それから、冬香さんたちを止められなかったのも私の責任です」
「蓮見さんは、悪くないよ」
歌は心から言った。彼女と話して確信したのだ。楓は、嘘なんてついていない。本当に、友人達が綾乃に嫌がらせをしていることを知らなかったのだ。だったらそれは、楓のせいではない。
いや、冬香たちがやったことももちろんいけないことではあるが。そもそもは、綾乃が楓の絵を破り、嫌がらせをし、あまつさえレイプに等しい行為をして楓を辱めたことが最大の原因である。やり方は間違っていたが、親友を真剣に守ろうと思ったのだと考えると、一概に咎めることもできないだろう。少なくとも、綾乃が先に謝るのが筋のはず、と歌もそう思うのだ。
「ありがとうございます、長谷部さん」
やや疲れたような顔で笑う、楓。
「ええ、私も悪い。わかっているし……まだ心のどこかで思っていました。彼女と私が和解できれば、全て解決するかもしれないと。でも」
楓の瞳の奥に、冷たい光が宿る。
「でも、もし本当に野間さんが……冬香さんを殺し、由衣さんにも何かしたのだとしたら。私は、彼女を許すことはできません。きっちりと報いを受けて頂かなければ気が済まない」
「蓮見さん……」
「無論、証拠もないのに断罪するような真似はするべきではないし、裁きは法に任せるべきです。何より、私はきちんと野間さん自身の口から本当のことが訊きたい。……直接対峙するのはまだ怖いけれど、もう……怯えて逃げていていい段階ではないでしょうから」
怒りに燃えながらも、彼女の華奢な肩は小刻みに震えている。当然だろう。彼女が綾乃にされたことを想えば、恐怖を抱かない方がおかしい。きっとずっと、怒りより憎しみより恐怖心が上回ってきたはずだ。だから、極力綾乃を避けて、どうにか穏便に学校をやりすごそうとしてきたのだろうから。
でも、大好きな友人がもし綾乃に殺されたのだとしたら話は別だ。
楓はまだ冷静さを保っている方だと言えるだろう。
「……ちょっと待って」
考えた末、歌は自分の手帳を取り出した。そして、メモに番号を書いてちぎって楓に渡す。
「それ。綾乃ちゃんの、携帯の電話番号。その、綾乃ちゃんが出るかどうかはわからないけど、一応」
「長谷部さん……」
「今の綾乃ちゃんは、危ないよ。直接蓮見さんが会って話をするのはやめた方がいいと思う。だから、電話で話を聞く、のはどうかな。うまくいくかはわからないけど……」
それでも、やらないよりはマシのはず。
歌の言葉に、楓はこくりと頷いて言った。
「……ありがとうございます、長谷部さん。あの、その一つお願いが」
彼女は少し躊躇ったあと、こんなタイミングで言うのもなんですけど、と続けた。
「長谷部さんと話していて、とても誠実な方だと思いました。ご友人を心配すると同時に、盲目的に信じて味方するわけではない。友達の過ちを一緒に正そうとしつつ、守ろうともする気概を感じる……とても立派な方だと。その、下の名前で、歌さんとお呼びしてもいいですか?前々から、とても素敵な名前だなと思っていたんです」
「も、もちろんいいよ!友達になろう!私も、楓ちゃんって呼んでもいい、かな?」
「もちろんです!ありがとうございます!」
それでは、と彼女はぺこりと頭を下げて立ち去っていく。長い黒髪が太陽の光を浴びてきらきらと光っていた。本人はどこまで自覚があるのだろうか。――お嬢様としての気品、あの美貌。器の大きさ、聡明さ。
そりゃあ、綾乃が嫉妬してしまうのも無理はないということに。同じ女性の眼から見ても魅力的だ。ついでに、出るとこ出ていてひっこんでいるところはひっこんでいる、抜群のスタイルの持ち主ときている。
「……私もちょっと、ダイエットしようかなあ……」
思わず自分のお腹を見てため息をついた。前回の健康診断でうっかり2キロ太っていてへこんだのを思い出したのだ。いや、今はそんなこと考えている場合ではないのはわかっているが。
――……私も、綾乃ちゃんを止める方法、考えないと。
手帳をポケットにしまいながら、考える。
――何か、方法はないのかな。せめて、綾乃ちゃんが本当に、怪しい術に手を出したのかどうかだけでも知る方法があればいいんだけど……。
***
――思いがけず時間がかかったわね。いや、これは早い方だったのかしら。
その日の夜。自室でスマホをいじりながら、綾乃は思った。
風呂から出てすぐの事である――羽柴由衣の死体が、隣町の雑木林の中で見つかったという電話が、学校からかかってきたのは。
連絡があったのは、明日臨時休校(もしくは一日だけ学級閉鎖)になるかもしれなかったからだろう。同じクラスの女子が、二人続けて変死したのだ。警察としても、連続殺人事件かもと疑いたくなるのは当然だろう。特に由衣は学校にいたはずなのに、いつの間にか隣町の雑木林にいて、そこで無惨に死んでいるのが見つかったわけなのだから。
『その、羽柴さんは……何故か、下半身だけが埋まった状態で亡くなってたそうなんだ』
彼女がどうやって死んでいたのか。綾乃がしつこく詳しい話を訊きたがったので、担任は渋々知っていることを話してくれた。
『そして、何故か……体の内側から食い荒らされたようになっていた、と。何かが下半身の穴から侵入して、内臓を食い荒らしていったみたいな……。すまん、先生もそれ以上のことは知らなくて』
きっと、彼も動揺していたのだろう。何故綾乃がそんなことを訊きたがるのか、それについて深く考えるだけの余裕もないようだったから。
体育も教えるような強靭なタイプの男性教諭だが、彼もまだ若いし、あまりメンタルは強くないのかもしれない。
「ふふふ……そうよねえ。まさか、謎の生物がお尻から入り込んで、体を食い荒らして殺したなんて……想像もできないわよね。ふふふふふ、ふふふふふ……」
死体を発見した時、みんながどれほど慌てたか。想像するだけで愉快な気持ちになってくる。
綾乃の“カエシオニ”の力は切れているから、あの雑木林の土はただの地面に戻っていたはずだ。だから、体が半分埋もれた死体を引っ張り出すのは難しいことではなかっただろう。
しかし、引きずり出された由衣の下半身は見るも無残な有様だったはずである。
あらゆる下半身の穴の括約筋が断裂し、食い破られたばかりに、膣と肛門と尿道は繋がって巨大な一つの穴になってしまっていただろう。そこから、血が混じった土と糞便、内臓のかけらがどろどろと溢れてきたはずだ。
そして、腹の中身はシェイクされ、腐って壊れた大量の肉と土が詰まっている状態。そして、生きながらその地獄を味わった由衣は、どれほど滑稽な顔で死んでくれたことか。ああ、最後に見たあの顔がたまらない。興奮して、思わず絶頂してしまいそうだったほどだ。――白目を剥き、鼻水を垂らし、口から未消化物と血を吐き出し、血管の中にも蟲が入り込んで顔中にびきびきと血管を浮き上がらせて――そう、浮島冬香に勝るとも劣らない、醜く硬直したあの顔、顔!
同じ顔を諸悪の根源、蓮見楓にもさせてやれたら――自分はどれほどキモチヨクなれることだろうか!
「さあ、待たせたわね、蓮見楓。いよいよ、メインディッシュの時間よ。あんたも美味しく料理してあげる」
さあ、楓はどのような拷問が相応しいだろうか。あとの二人よりもさらに恥ずかしく、苦しく、醜い死に方をさせてやらなければ気が済まない。だが、人はけして頑丈ではないもの。冬香と由衣は、綾乃が想定していたより早く死んでしまったという実情がある。
あまり早く死なせてしまってはつまらない。何か、即死させずに済むような、ひたすら苦しみを長引かせることができるような死に方がないものか。それと、少しでも長くと考えるなら、いっそ隔離空間でも作って飛ばしてやった方がいいのか――。
「!」
綾乃が楓の殺し方に悩み始めた、その時だった。
自分のスマホが、着信メロディを奏で始めたのは。
「誰……?」
表示された番号に、見覚えはない。そもそも、帰宅部であり友達も少ない綾乃のスケジュール帳に登録されている番号はけして多いものではなかった。自宅、両親の携帯番号、学校、それから歌。その程度である。
なんとなく、予感がした。いつもなら、見知らぬ番号からの着信など無視するのが常なのだが。
「……もしもし」
着信ボタンを押す。すると、向こうから少しだけ息をのむような気配があった。何を驚いているのか、自分から電話をかけてきたくせに。
『……この番号は』
やがて、聞こえてきた声は。
『野間綾乃さん、のものであっていますよね?』
「!!」
綾乃が一番嫌いな女の声。そして、今まさにどのようにして拷問し、殺してやろうかと想いを巡らせていた、そいつの声であったのである。
コメント
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読了しました……!今回も本当に重くて美しいお話でしたね。 楓さんの「報いを受けさせる」という言葉に、彼女の内側で確かに育ち始めた怒りの形が見えた気がしました。それでも歌さんに名前で呼んでほしいと申し出る場面は、暗さの中でふと温かくなる瞬間で、そこがとても好きです。そしてラスト、綾乃の悦びに満ちた狂気が電話越しに楓さんへと向かう――あのゾッとする緊張感、震えました。続きが気になりすぎます……!
リユ
296
阿炎快空
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