テラーノベル
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夏至の長い日もようやく夕暮れになり、夜の帳が徐々に下りていく。
町の公共回廊《フォルム》では焚き火が灯されて、人々は思い思いに炎を囲んでいた。
ユーリは武闘試合の終了後、アウレリウスに呼び出されて話をしている。
場所はいつもの執務室。内容は主に、カレーと魔物肉の新事業について。
なお、ユリウスは「お硬い話は苦手だから」と遊びに出かけてしまった。シロもお祭りの賑やかさに惹かれてお出かけ中である。
「魔物肉のカレーは、市民たちに好評でした」
今日の盛況ぶりを思い浮かべながら、ユーリは言った。
「魔物の肉を気持ち悪がっていた市民たちも、何度かの試食と口コミですっかり慣れたようで。味もじゅうぶんに改善しましたから、評判よかったですよ」
「主となる食材の魔物肉が、コストが低いのがいい。腕の良くない冒険者の新しい収入にもなり、それでいて無駄なゴミを減らせる。スパイスを多く使うのは値段がかかるが、相殺できるだろう。残りの食材はありふれた野菜でいいのだから」
アウレリウスの言葉に、ユーリはうなずく。
「スパイスも安価なものを選びながら、味を調整していく予定です。でも、いっそ、ブリタニカやカムロドゥヌムの町周辺で栽培できるものはしてしまってもいいかもしれませんね」
「確かに。スパイスの多くは大陸本土からの輸入品だ。量は豊富で販路も固まっているが、カレーで大量に消費するとなれば、今のうちに入手経路を強化しておくのは必要だろう。商業ギルドや運送ギルドへテコ入れをすべきだな。それに――」
「それに、カレーはカムロドゥヌムだけじゃなく、ブリタニカ全体、いいえ、ユピテル帝国全土で食べられるようになるかもしれませんからね!」
アウレリウスの言を受けて、ユーリは誇らしそうに笑った。
アウレリウスも生真面目に同意した。
「あながち夢とは言えんな。ユピテル帝国は美食の国と言われているが、それはあくまで一部の貴族に限った話。貧しい平民たちはどこにでもいる。特にブリタニカ属州は北の地、その年の麦の出来によっては、寒さの中で餓死するものも少なくない。魔物肉のカレーは、彼らの助けとなるだろう」
「はい。それから、新しくカレー事業を始める以上、人手が必要になります。料理と小売ですから、そこまで難しい仕事ではありません。地方から出てきてまだ冒険者になれない子供たちや、冒険者の親を亡くして孤児になった子供たち。彼らに優先して仕事を割り振りたいと考えています」
「ふむ……」
アウレリウスが少し考えるように言葉を切ったので、ユーリは聞いてみた。
「今まであの子たちは、どんな境遇にあったのでしょうか」
「食い詰めた者は、自らの身を奴隷として売っている。親がおらず自由民の証明ができない子も、奴隷商人が捕まえて奴隷にしているな」
「なんですって……! そんなひどい話があるのですか!」
ユピテル帝国では奴隷制がある。様々な事情で奴隷になった人々は、自由を奪われて労働する道具として扱われている。
ユーリは思わず声を上げたが、アウレリウスは静かな口調で続けた。
「奴隷は確かに問題のある身分だが、それでも最低限の生きる保証はされる。食事を与えられ、衣服と寝床を与えられる。仕事や住処は選べず、主人となる人物の態度によって酷い目にあうが、それでも死ぬよりはマシだろう。ましてや子供が一人で生きるのは、難しいのだから」
「そんな……」
それがユピテル帝国の常識なのだと悟って、ユーリは拳を握りしめた。
「でも、私は」
だけどユーリは続けた。最初の日に感じた思い、それから何度も噛み締めている思いをもう一度思い出しながら。
「みんなの役に立ちたい。カムロドゥヌムの町の、ほんの一部の人たちだけでも助けたい。私、カレー事業を本格的に立ち上げます。子供たちを中心に雇って、大人になるまで生きていけるように面倒を見ます!」
アウレリウスは答えなかった。ただ、ごく僅かに微笑んでみせた。
その笑みに、ユーリはどきりとしてしまう。
「……あっ、そういえば。私が子供たちを引き取ってしまったら、奴隷商人の反発を受けるでしょうか?」
ユーリが思いついて言うと、アウレリウスは首を振った。
「さしたる問題にはならないだろう。子供の奴隷は成長を待たないと使い物にならず、値段は低く人気もない。私から話を通しておけば、それで構わないよ」
「ありがとうございます。私一人の力だと、及ばないことが多くて……」
眉尻を下げるユーリに、彼は柔らかい口調で言う。
「そのために私がいる。頼ってくれ」
アウレリウスは言いながら、自然とこぼれた言葉に少し驚いていた。
以前の彼であれば、ユーリに協力はしても『頼れ』とは言わなかっただろう。
「……はい!」
顔を上げたユーリは嬉しそうに笑って、さっそくカレー事業の細部を詰め始めた。
当面は冒険者ギルドの一角で、カレー食堂を開くこと。
同時にカレールーの開発をして、携帯食として完成させること。出先では魔物肉の下ごしらえができないので、より食べやすい仕留め方やさばき方、パッケージされたハーブとスパイスをまぶして食べることなどを考える。
その販売も、カレー食堂の一部として行う。
「子供たちが寝泊まりする場所も、冒険者ギルドの近くに確保できればと思っています。今はそれぞれ、格安宿の片隅や知り合いの家に泊まっている子が多いけど、問題がありそうなので」
「土地自体は確保できる。大都会のように密集しているわけではないからな。だが、住居の建築費はすぐに軍団から出すわけにはいかない。カレー事業はまだ始まったばかりだ。事業そのものの売上を第一に動いてほしい」
優しいだけではないアウレリウスの言葉に、ユーリは表情を引き締めた。
「はい。融資をお願いするにしても、回収の目処が立ってからしに来ます」
「そうしてくれ。食品という性質上、薄利になるだろうが。軍団兵の食事に組み込んで、納品業者をきみに指定してもいい。その程度の取り組みなら問題なく協力できる」
ユーリは少し困って首をかしげた。
「えぇ、それはどうでしょう。談合? 癒着?」
「きみの国ではそんな言い方をするのか。しかし入札制度を取るにしても、今は他に競合がいない。当面は構わないさ」
バランス栄養バーの携帯食も、とりあえずは冒険者ギルドで売ることにした。それほど複雑なレシピではないので、いずれ市井のパン屋などが真似するだろう。
ユーリはそれ以外にも、ブイヨンやコンソメのような即席スープの携帯化も構想している。麦粥に入れると味のバリエーションが広がる。乾燥野菜を入れれば栄養面の補助になる。
ユピテル帝国に特許の仕組みはない。ユーリとしてもカレーや携帯食は大いに普及してほしいので、販売や製作に特に制限をつけないつもりだった。
「スパイス類は商人たちの販路を拡大するが、いずれそれでは足りなくなるかもしれない」
と、アウレリウスが言う。
「ならばいっそ、気候が合うものはこの周辺で栽培するべきだな」
「農村で作るということですか?」
「そうだ。税制の優遇や買取価格の見直しをすれば、多くの農民が意欲を見せると見込んでいる」
ユーリはうなずいて続けた。
「それに加えて、カムロドゥヌムの周辺を開墾して、冒険者たちに農業の仕事を割り振るのはどうでしょうか。冒険者のほとんどは農村出身ですから、畑の仕事に慣れています」
「悪くない。ただし今年はもう夏至だ。今から開墾して種を撒くとなると、作物の制限は多かろう」
「畑はアウレリウス様の許可があれば作れるのですか?」
「この町の周辺であれば。ブリタニカ全土となると、さすがに属州総督との折衝が必要になるな。となると面倒事が増える。数年程度はカムロドゥヌムの周辺で行うのが妥当だろう」
そうして町の将来について、ユーリとアウレリウスは長い時間を話し合った。
夏至の空はもうすっかり暗くなっている。
「遅くなってしまった。楽しい時間だった」
アウレリウスが言って、長い議論がようやく終わった。
「こちらこそ。有意義なお話をありがとうございました」
ユーリも言って、軽く自分の身体を抱きしめた。
昼間のカレーお披露目会、夕方の武道大会、そしてアウレリウスとの長い討論。どれもが充実した一日だった。
「ユーリ」
帰りかけた彼女を、アウレリウスは呼び止めた。黒髪をふわりとなびかせて、ユーリが振り向く。
その黒の軌跡に無意識で目を奪われながら、彼は言った。
「今回は、ご苦労だった。カレーの発案から始まって、きみの手腕は見事だった。カムロドゥヌムの代表者として金銭で報いるが、それとは別に、私個人も礼がしたい」
「え?」
きょとんとするユーリに、アウレリウスは苦笑した。
「ユリウスとの仲を取り持ってくれただろう。あれと私は、昔は仲の良い従兄弟でね。二人でグラシアス家を強くして、いつか魔の森を平定しようと誓い合ったものだった。……子供の頃の話だが」
初めて聞くアウレリウスの昔話に、ユーリは聞き入る。
「ユリウスの能力を認めていたからこそ、出奔を許せなかった。我々は共に同じ目的に向かうはずなのに、なぜグラシアス家と私を捨てていったのかと、当時は恨んだ」
「……それはきっと、アウレリウス様を信頼していたからでしょう」
ユリウスの様子を思い浮かべながら、ユーリは言った。
彼は軽薄な態度をよく取るが、無責任とはまた違う。恐らく彼は自分の能力は剣士として特化したものと見切りをつけ、政治家・軍事指揮官として才能のあるアウレリウスに後を託した。言葉足らずは否めないものの……。
コメント
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第42話読み終えたわ!ユーリがカレー事業で子供たちを救おうとする決意、めっちゃ熱い🔥 奴隷制度の現実を知って「そんなひどい話が!」って怒るところから、アウレリウスに「頼ってくれ」って言われる流れ、グッときたよ…。あと、アウレリウスがユリウスとの過去を初めて語ったシーンも良かった。二人の関係が少しずつ修復されてる感じがして、じーんとした。この事業、絶対成功させてほしいな!
羽海汐遠
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ぬくみおんせん
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かんな
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#魔道具職人
こはる
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