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キィンッと硬質な音が立つ中、レティは挨拶もせずツカツカと部屋を去り、そのあとを女官たちがいそいそと追って行く。
残された私たちは誰も何も言えずにいた。
「…………あの子、どうしたの?」
やがて、母が深い溜め息をついて尋ねてきた。
思い当たる節はある。……というか、それしかない。
けれど帝国の重大な〝事情〟だし、アルフォンス様の許可なく勝手に教える事はできない。
「……いえ、私にも分かりません」
だから、そう答えるしかできなかった。
父は溜め息をつき、物憂げに呟く。
「あの子に期待しすぎるあまり、重責を負わせてしまったのだろうか。皇帝陛下との結婚話が出て、生活が変わる事にも不安を抱いているだろう」
その言葉を聞き、ズキンと胸が痛む。
帰国して間もなく、帝国議会でとんでもない騒ぎが起こったというニュースを聞いた。
カール様の思いつきに上皇派がのり、アルフォンス様に『聖女様と結婚しなければ、我々は皇帝陛下の廃位案を出す』と脅してきたのだ。
カール様の体調が思わしくなかったのは事実だけれど、いまだ上皇陛下に根強い忠誠を誓う者は多い。
悪い言い方をすればアルフォンス様はまだ〝若造〟で、上皇派の貴族たちは彼に帝国の未来を託せると思えていないのだろう。
だから皇帝の座から引きずり下ろすなど、アルフォンス様を軽んじた事が言えるのだ。
彼からはいまだ連絡がない。
多分、貴族たちと熾烈な戦いを繰り広げている最中なのだろう。
一方で我が国の貴族たちは「聖女様が皇帝陛下に見初められた。万歳!」とお祭り状態だ。
(どうすればいいの……)
すっかり食欲が失せてしまった私は、深い溜め息をついた。
**
別の日の夜、来訪者があった。
その時、私は寝室で小説を読んでいたところだった。
「レティシア王女殿下がお越しです」
「レティが?」
ジョゼに言われ、目を瞬かせた私は栞を挟んで本を閉じる。
私の気持ちを察してか、侍女は小さな声で言った。
「特に感情を昂ぶらせていないご様子です」
安堵した私は、「通して」と彼女にお願いした。
「遅い時間にごめんなさい」
私の向かいのソファに座ったレティは、いつものような品のいい笑みを浮かべる。
「構わないわ。急にどうしたの?」
あまり彼女を刺激しないように穏やかに尋ねると、レティは私を見て笑みを深めた。
「フェリ、私の代わりにアルフォンス様に嫁いだら?」
「はい!?」
あまりに予想外の事を言われ、私は思わず声を上げた。
「だ、だってレティ、アルフォンス様と結婚したかったんじゃないの? あの時だってあんなに……」
帝国に行った時の事を思いだし、私は混乱する。
(好きなんじゃないの!? どういう心変わり!?)
多分、レティは魔石を浄化しようとした時に、負のエネルギーの影響を受けてしまったのだと思っている。
カール様のように、もともとあった負の感情が倍増された状態……と推測している。
キノコ嫌いが爆発したのはさておき、彼女がアルフォンス様を好きで、私を見下しているなら、こんな提案をするはずがない。
嬉々として「私が皇帝陛下に嫁ぐわね!」と言ったなら、賛成するかはさておき、状況として納得出来る。
なのに彼女は、私にアルフォンス様を譲ると言っているのだ。
「私が嫁げば、彼は私のものになるのよ?」
恋敵だというのに、私は必死に確認していた。
けれどレティは微笑を浮かべ、頷く。
「承知の上よ。けれど今、帝国内で陛下のお立場は悪くなり、聖女と結婚させろという声が強くなっているわ。だからフェリは私のふりをして嫁ぐの。……丁度いい事に、私たちはうり二つだしね」
私は悪戯っぽく笑ったレティを見てしばし呆然としたあと、「いやいや」と顔の前で手を振り、計画の穴を指摘する。
「私は聖なる力を使えないわ。いざという時に偽物だとバレたらただじゃ済まないし、シャレット聖王国と帝国との関係にも亀裂が入ってしまう」
するとレティは立ち上がり、テーブルを回り込んで私の隣に座る。
そしてうっすらと笑うと顔を寄せて囁いてきた。
「なら、本当に私がアルフォンス様と結婚してもいいの?」
レティは無意識に表情を歪めた私を見て愉悦の籠もった笑みを浮かべ、私の頬をそっと撫でてきた。
「彼はあなたを妻にしたいと望んでいるんでしょう? 私とアルフォンス様が裏で手を組んだ事にすればいいじゃない。彼が本気でフェリを想っているなら、真剣に貴族たちを説得してくれるはずだわ」
「……そんな……」
確かに彼は私との結婚のために、貴族たちを説得すると言っていた。
けれどその努力を無視し、みんなを騙して輿入れしてから、「実はフェリシテでした。結婚を許してください」なんて言えば、周りが許さないに決まっている。
「ねぇ、考えたんだけれど、インビジブルハンドで私に触れて、聖なる力をあなたが発動させる事はできる?」
「やってみないと分からないわ」
城下町で火事を止めた時は、水属性の術を使える人に肩に触れてもらっていた。
それを応用して色んな事をしていたけれど、インビジブルハンドで触れた人から属性を付与された事はなかった。
「魔力を高めてみるから、ちょっとやってみて」
「うん……」
私はインビジブルハンドを発動させると、レティの肩に触れた。
精神感応の回路を開けると、彼女から聖なる力が私に流れ込んでくるのが分かる。
(これが……、聖なる魔力)
感じたのは、とても神々しく、悦びに満ちあふれた魔力だ。
まるで神様に選ばれたような恍惚とした気持ちになり、慈愛の精神をかき立てられる。
「窓辺にある花瓶に寄って手をかざしてみて」
レティに言われた通りにすると、まるで私の手から聖なる力が放たれているかのように、花が生き生きとし始めた。
「……凄い……」
奇跡の力を擬似体験した私は、感動して呟く。
レティは私を見て微笑むと、提案してきた。