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「どれぐらいの距離までこのやり方が通じるか、明日検証してみない? これが成功したら聖女の力を求められても、私の補助を得て対応できるわ。時間稼ぎをしている間に、アルフォンス様に頑張ってもらえばいいのよ」
そう言ったあと、レティはコソッと囁いてきた。
「『聖なる力がなくても平気』って強がっているけど、本当はあなたも聖女になりたかったんでしょう? 私が力を貸してあげるわ」
私はその囁きに、何も言い返す事ができなかった。
それぐらい、憧れ続けた力を使えた体験は、私の心を動かしたのだ。
私は今までずっと、ジョゼとインビジブルハンドの強化を続けてきた。
その成果もあり、私は見えない手を五百メートルは伸ばせるようになっていた。
歩いて六、七分ぐらいの距離まで発動できるようになったので、我ながら結構なものだと思っている。
だからレティの案を受け入れれば、彼女が少し遠くにいても聖女の力を使っているように見せられる。
「結婚式当日も、双子の姉、聖女として側にいれば誰も怪しまないわ。あなただって、このまま私が帝国に嫁ぐのは嫌でしょ?」
姉に囁かれ、心の奥に決意が固まっていく。
――なんとかなるかもしれない。
私は徐々にそんな思いに囚われていた。
「アルフォンス様に『フェリと入れ替わります』とお伝えして、『フェリとの結婚を周囲に納得させてください』と手紙を出せば大丈夫。帝国の人が聖女の力を求める問題については、『嫁いでも、聖王国の教会本部の許しがなければ、レティシア王女は力を行使できません。要望があれば聖王国に依頼を出してください』と伝えればいいわ」
「……そうね」
猫なで声と言っていいほど優しい声で言うレティに、私は力なく頷いたのだった。
**
その後、アルフォンス様から手紙があった。
私を娶るために貴族たちを説き伏せているけれど、難航しているとの事だった。
皇帝派と上皇派の意見が対立し、宮中はギスギスした雰囲気になっているらしい。
アルフォンス様は他人に悪意を向けないように努力しているが、苛つくたびに魔石の力が無意識に貴族たちに向けられてしまい、彼らの負の感情が煽られている可能性があるとも書かれてあった。
彼はなるべく穏やかに過ごせるよう試みているが、周囲では酷い言い争いが起こり、そう簡単にはいかないようだ。
手紙の末尾には【少し様子を見る】とあったけれど、数週間後に読んだ新聞の見出しにギクリとした。
【帝都の騎士が武装を始める】
その見出しを見た瞬間、私はこのままでは駄目だと感じた。
私は急いで【レティの案を呑んでください。内乱が起こってからでは遅いです】と手紙をしたため、最速の飛竜便で届けてもらった。
やがてアルフォンス様から替え玉結婚の案を承諾する手紙が届き、私は複雑な心境ながらも安堵した。
これで帝国内で内乱が勃発する恐れは低くなっただろう。
けれど魔石の問題を解決しなければ、みんなギスギスしたまま過ごす事になる。
帝国に輿入れするまでの間、私はレティらしく振る舞えるように練習を重ね、インビジブルハンドの精度も上げていった。
一方でアルフォンス様は私の正体がバレてしまった時のために、議会で以下の事を認めさせていった。
一つ、皇帝の結婚相手は家柄などを考慮するのは勿論だが、皇帝個人が「この者は皇妃を務めるに相応しい」と認めた相手とする事。
一つ、たとえ聖女を皇妃に迎えたとしても、その恩恵を帝国が独り占めする事は叶わない。聖女は聖王国に属する特別な血統を持つ存在であり、帝国の所有物ではない。聖女の扱いに関しては、シャレット聖王国に最大の配慮をする事。
一つ、万が一、聖女が約束をを反故にする事があっても、聖王国が代わりの皇妃候補を用意する事で不問に処す。なぜならば、今回の婚姻は上皇の意見を反映したものであり、皇帝、聖女共に望んだ事ではないからである。今回の婚姻に望むのは聖王国との繋がりであり、聖女を得る事ではない。
一つ、婚姻相手との間に子を授かっても、上皇は皇子、皇女の教育等にいっさいの口出をしない。
一つ、皇妃となる女性がどのような能力を持つ存在でも、帝国貴族、および民は国母として敬う事。
……等々、アルフォンス様は結婚したのが偽物だとバレたあとも、私や聖王国に害が及ばないように根回しをしてくれた。
だからといって安心できる訳ではなく、国を出る時は家族をも騙さなければならず、胸が痛い。
様々な用意をしながら秋になり、冬を越し、私たちは翌年の五月に帝国に向かった。
**
聖王国を出る時はレティが花嫁として振る舞い、私たちは帝都を目前にした宿で密かにすり替わった。
王侯貴族が泊まる高級宿に泊まった夜、私はレティと雑談を交わすふりをし、彼女のネグリジェに着替えて前髪の分け目を変える。
明日から、化粧の癖もつける香水も彼女と同じようにしなければならない。
同様に分け目を変えたレティは、私のネグリジェを着ている。
「フェリ、バレないようにね」
「分かったわ」
ここまできたら、あとはもうなるようにしかならない。
私はドキドキしてレティのベッドに潜り込み、彼女は〝フェリシテ〟として部屋に戻っていった。