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5.幕間劇に興じよう
人の口に戸は立てられぬもので、ノストラード=ファミリーが幻影旅団となんらかの繋がりがあるという噂は、マフィアの間ではもう半ば常識になりつつある。
ノストラード=ファミリーは幻影旅団のメンバーを何人か倒した。とか。
ヨークシンシティでの幻影旅団の襲撃は、実はノストラード=ファミリーが手引をしていて、裏では協力関係にあった。とか。
その噂の真偽に対して、ノストラード=ファミリーは、NOと強く否定する。
ーーー幻影旅団を倒してはいない。
ヨークシンシティ襲撃の手引などしていないし、もちろん協力などしていない。
オークション後、ノストラード=ファミリーがどうなったか、貴方がたは知っているでしょう?経済的に苦境におかれ、周りのマフィアに袋叩きにあい、消滅寸前だった。
そもそも、その噂おかしくないか?
幻影旅団と敵対しているんだか、協力関係なのか、わけがわからない。ーーー
そう淡々と言うノストラードの若頭にガル・リネロ=ファミリーの若頭、サイネンは一冊のファイルをテーブルの上に放り、ノストラード=ファミリーの若頭に見るように促した。
セントエドモンド病院の建つ土地は、ノストラードのものだが、病院の一族は代々、ガル・リネロと懇意にしていた。そんな捻れた関係にあった病院が、先日潰れた。
行政の調査が入り、証拠を根こそぎ持っていかれた。
万全だったはずの、証拠の隠匿ができなかった。
調査を骨抜きにするために、病院が持つ政財界の重鎮で作った社団法人ネクストレガシーの盾は、なぜか崩壊していた。
正当な行政調査による営業停止なので、裏の実行犯には違いないのにノストラード=ファミリーへ正面切ってカチコミができず、ガル・リネロは、ノストラードと「お話し合い」の場を設けることしかできなかった。
ホテルのラウンジの一角で、双方の若頭はテーブルごしに一人掛けのソファに座り、軽い打ち合わせをする仕事仲間のようなカジュアルさで、物騒な話をしている。
ラウンジのそこここには、双方の組員がそれとなく待機しているのだが、今回の話合いは、さほど重要ではないので、この程度のラフさでよかった。
「幻影旅団に関しちゃ、アンタの言う通りなんだろう。だが、なんかがお前のバックにいる。そのなんかっていうのは、セントエドモンド病院をこれで脅してきた奴と関係ないか?」
サイネンが机に置いたファイルには、手紙が入っていた。
「12月14日を期限に、病院で行っていた全ての違法行為を公開すること。
方法は問わないが、新聞の一面は飾ること。
それができなければ、会長が死ぬ。それでも開示しないなら、順番に関係者が死ぬ」
隣のページには、死のリストも添えられている。
「お前のやり口は、一番嫌なやり方だったよ。法に則った正攻法なぶん、じわじわと真綿で首を締められてるみたいだ。だが、お利口で慎重な分、遅かった。
それが、この脅迫文が届いてから、……早かったなぁ。今まで亀みてぇに鈍くて、お役所みたいに慎重だったのが、ずいぶんとぶっ飛んだことを次々とやってくれた。
ルブック地区の上下水管を爆破するのは、やりすぎだ。俺たちはテロリストじゃねぇ。マフィアだ」
「なんのことだ?あれは水道管の劣化による道路の陥没だと聞いたが?」
「社団法人ネクストレガシーのノイス議員の動きは、ずいぶんと献身的だったな。まるで人が変わったみたいだ。
ノストラードは、お行儀のいい、地味な組だと思っていた。だがここまで派手に動けるとわかったら、警戒せざるを得ない」
ノストラードの若頭は、涼しい顔をしたまま、サイネンの疑念には答えなかった。
マフィアの若頭にあるまじき容姿をした、華奢な佇まいに、サイネンは底の見えない不気味さを一瞬感じた。
さまざまな噂の渦巻くこの若頭が、どんな爪を隠し持っているのか。今回の病院の一件はその一旦を垣間見ただけのような気分にさせられる。
「病院に組のモンを潜入させてなかったか?
証拠の隠匿が失敗したのは、嵌められたからだって院長が喚いていた」
「調べればわかることを、聞かないでくれないか?ノストラードは病院に潜入などしていない」
クラピカは事務的に、サイモンの問いを否定し続けた。ガル・リネロ組はイチャモンをつけたいだけなのだ。ノストラードに病院を潰されたが、完全な正攻法だったので、文句のつけようがない。ただ、メンツのために威嚇をしにきただけ。
そんな茶番だということを、サイモンもクラピカも分かっていて、ほとんど様式美であるマフィアの作法をこなしている。
そんな欠伸の出るような「お話し合い」を見守るのに、飽きた人物がいる。
クロークの側の壁に姿勢よく立っていたクロロは、二人の茶番に集中力を切らしていた。
ダークスーツに濃い色のネクタイを締め、インカムをつけたその佇まいは、訓練されたSPのようだ。
脅迫文はクロロが出したものだった。
セントエドモンド病院は、幻影旅団の10年前の因縁の仕損じである。あの頃の幻影旅団は、子どもの人身売買と臓器売買にばかり目が行ってしまっていて、老人、ホームレス、買春に目が行き届かなかった。そのせいで、間接的に繋がりがあったのに見落としていたのが、この病院だ。
直接自分たちへ加害をしていたわけではないので、さほど労力をかけたいとも思わない。
雑に脅迫して、雑に殺して、ほどほど世間に騒がれて潰れればいいと思っていた。クラピカほど時間をかけて潰してやる義理もない。
既に病院へ脅迫状を出していたクロロは、計画を変えるつもりはなかった。
病院も脅迫に応じるつもりはないだろうから、14日後から、リストの上から順番に一人ずつ殺すつもりでいた。
「だから、14日以内にお前が潰せばいいじゃないか。それなら俺は文句はない。どうぞご自由に」
雪の日の話の続きを、いつものコーヒーショップで話し合った時、クロロはそう言ってクラピカ突き放した。
それが、クラピカを無意識に煽ってしまったようだった。キマりきった目をしたクラピカは、机にマグを叩きつけて宣言した。
「いいだろう、14日以内に私が潰す!」
今更だけど、こんなとこでする話じゃないな。
お世辞にも小さいとは言えない声で言い放ったクラピカに、クロロは周囲を見回しながら思った。
正直期待は全くしていなかったのだが、そこからのクラピカの獅子奮迅の動きは、凄かった。
初手でいきなり病院付近の一帯を爆破した時には、笑ってしまった。それによって、一時機能不全にした病院にもちろん潜入していたし、継続的に潜伏もしていたし、証拠を見つけやすくする細工も施した。行政側にも協力者を作って、調査をより強固なものにした。
社団法人の理事だったノイス議員に、彼の甥の同級生の一人として近づき、学生服姿で脅す姿は、自分との一連の出来事を思い出させた。
殺し以外の手段なら、本当になんでもやるんだな、と感心した。
ただ上手く化けられているのは、外見だけ。
清楚な制服のロングスカート姿なのに、いつも通り大きく股を開けて座り、タバコ片手に、理詰めの激詰めで、脅迫まがいの説得を試みるのはどうなのか。こんな訳わからない格好のマフィアに詰められては困惑するだけだろうとクロロが同情してノイス議員を見たら、何かに目覚めている瞬間を目撃してしまい、普通に引いた。
ガル・リネロが思っているよりも、もっとずっとノストラードは、病院と病院の盾となっていた社団法人に猛攻撃を仕掛けていた。
14日で出来る、ありとあらゆることをぶち込んで、合法な調査が病院に入ることを、全面的にバックアップした。
たぶん、全部バレたら抗争になる。
「不法行為に巻き込めない」ってどの口が言ってんだと思うほどの、不法行為のオンパレードだ。
その思いっきりの良さに、振り回され、文句をいいながらも仕事をきっちりこなすノストラードの組員たちも、素晴らしい動きをしていた。
主にリンセンという男が、その事務処理能力の有能さ故に、ありとあらゆる仕事を振られ、潰れるんじゃないかとヒヤヒヤしたり、センリツの能力の汎用性の高さに、クロロが惚れ込んだりもした。
間近で見たノストラードの働きぶりは、清々しいほどの粗暴さと緻密さで、まるで面白い映画を一本見終えたかのような気分だった。
その端役に微妙な悪役として自分が関わっていたことも、なんだか笑える。
この14日間の出来事を思い返していたクロロは、ラウンジにあるソファに座るセンリツと目が合った。
心音でこちらの心理状況まで推し量ることが出来る彼女の能力は、クロロのお気に入りで、たまに内緒のおしゃべりに付き合ってもらった。
インカムを介しては、他の組員に聞かれてしまうので、回線は繋げないままだ。
「前に駐車場で会った時、心音聞かれてた?」
クロロは、誰にも聞こえない声でセンリツに話しかける。
ウボォーギンの墓参りの後、駐車場で走り去った時の自分の心音は酷いものだったに違いない。
センリツは、申し訳なさそうに頷いた。
「聞き苦しいものを聞かせたな。
致命的に向いてなかったんだ。蜘蛛のリーダーに。自分も仲間も死んでもいいように設計したのに、当の自分が一番ダメージ受けてた。設計ミスって戦略もミスった。リーダー失格。
で、全部やめたくなった。
やめて、読書とコーヒーブレイクだけしていたくなった。一緒に人生を捨ててくれたメンバーへの裏切りだ。ほんと最低だ。
でも割り切った。もう一回気持を切り替える。今度こそ、完璧にやりきる」
センリツは首を振った。
意図はわかるが、クロロの決意は揺らぐことはない。
自分は、蜘蛛のリーダーに全くふさわしくなかった。それはそれで蜘蛛としては大問題なわけなのだけど、そのことは、一旦とりあえず留め置きすることにした。あれこれと計画を考えたところで、念能力が使えない以上、全て机上の空論になってしまうからだ。
だから念能力が使えない間だけは、どんなに無能な自分でもノーカンということにした。どうせ何もできないのだ。団員にも会えない。考えた所で全部は実行できない。この問題は、棚上げにしておく。
その代わり、念能力が使えるようになったら幻影旅団団長として今度こそ完璧にやりきる。
そう決心し直した。
クロロは少し微笑んで、人差し指を唇に当てた。
「あと、この心音は、クラピカには内緒で」
低く密やかな声に、センリツはなんとも言えない複雑な表情をした。
彼女に今、自分の心音はどう聞こえているのだろうか?今度詳しく聞いてみようと思いながら、クロロは予想してみた。
たぶん弾んでいる。
ノストラードの構成員たちがクラピカへ抱くものとほぼ一緒。センリツにとっては耳慣れたものなのではないだろうか?
マフィアのアウトロー達は、誰もなりたくてマフィアになったわけではない。その大多数が貧困の家庭から生まれ、まともな職につけなくてどうしようもなくてマフィアに拾われる。もしくは親に捨てられ、街をふらふらとしているところをやはり同じくマフィアに拾われる。
その子どもはずっと、周りの大人から「邪魔だ」とはっきりと言われたり、言葉にしなくても、邪険に扱われてきた。視界に入るのも煩わしいと、無視されて、日々を過ごしてきた。
そうして親の庇護を受けられず、生きるためにアンダーグラウンドに入った彼らを守ってくれるものは存在しない。何も持たない社会のゴミ扱いされている彼らに気づき、足を止め、見返りもなしに救ってくれる、そんなヒーローみたいな人物はこの世に存在しない。そんな人はアニメや漫画の中にしかいないのだと、ドロップアウトしたこどもは何度も何度も絶望させられながら大人になる。
だから、長年、存在や気持ちを踏みつけられてきたアウトローは、ちゃんと眼を見て、話を聞いてくれて、想いを尊重してくれる、「人間」扱いしてくれる人に滅法弱い。さらに、ノストラードの構成員たちはそんな人に命まで救ってもらったのだ、陶酔してしまうのも無理はない。
そして、彼らと同じく世界からこぼれ落ちて、こぼれ落ちたものを受け止めるはずの流星街からさえもはみ出してしまった自分も、ーーたぶん他の団員もーークラピカの人となりには、どうしようもなく弱い。
団員の死を悼む悪党の頭を見て苦悩する姿は、どこまでも愚かで甘い。
見ず知らずの者たちを命がけで守るなど、全く気がしれない。
だけど、根っからの善性を捨てられずに苦悩し、自分の身を削ることを厭わずに他人に尽くす、愚かで優しく危うい、そんな緋いヒーローがまさか現実にいて、自分を「人間」として扱ってくれて、泣いたり怒ったり苦しんだりしていたら、それはもう好きにならざるをえない。
遠いこどもの頃に思った「ヒーローなんて存在しない」という絶望を覆して、目が離せないほど眩い生き方をするその人物は、大人の目から見たら馬鹿みたいに損な役回りを引き受けて、他人のために自滅するタイプだ。
その優しさと強さに甘えて、つい図々しくも慰めてもらったり、くだらない自分の話を聞いてもらいたくなってしまう。ずっとその鮮やかな生き方を見ていたくなってしまう。
でも、それも今だけ。
「念能力が使えない間だけ。終わればこの気持は捨てる。大人が、いつまでもヒーローごっこをしていてはいけないだろう?だからクラピカには内緒にして下さい」
そうセンリツにお願いをした時、ガタン、と若頭たちのいる方向から、固い音がした。
周囲に待機していた、双方の組員に緊張が走る。
だが、二人の若頭はそれ以上の事を起こす気はないらしく、またしばらく会話をした後、席を立ってそれぞれ別々の方向へ足を向けた。
「話し合いは終わった。解散」
ノストラードの組員達へインカムで伝え、歩き去るクラピカの顔は、明らかに怒っている。
こんな時、他のマフィアはボスを取り囲むようにして、徒党を組んで去るのだろうが、ノストラード=ファミリーは、各々バラバラに去るのが慣習だ。
それに、こういう顔をしている時のクラピカに話しかけても「帰れ。」とにべもなく言われるだけなのを、皆よく分かっている。そんなボスに声かける怖い物知らずは、クロロくらいだ。
「おしゃべりに付き合ってくれて、ありがとう」
この14日間は、センリツたちにとっては怒涛の日々だっただろう。たまに一方的に話しかける自分にセンリツは耳を傾けてくれる。一度ゆっくり話がしてみたいなと思いながら、クロロはクラピカの後を追った。
※
「サイモンと話をするのではなかったのか?」
クラピカに追いつき、一緒に下へ行くエレベーターに乗ったクロロは、肩をすくめた。
「そのつもりだったけど、向こう側の構成員が思ったより多かったからやめた。終わったことだし、もう少し静かな所で声をかけたい」
エレベーターを降りると、駐車場特有の籠もった匂いが鼻をついた。車に向って歩くクラピカは、刺々しい声をクロロに向ける。
「で?何だ?」
「ただの「お話し合い」で何があった?」
運転席に乗り込むクラピカの横で、当然のような顔で助手席に座るクロロに、クラピカはエンジンをかけながら、唸るように言った。
「毎度毎度、こういう時に必ず来るよな。私の怒りは、そんなに面白いか」
「正直、凄く」
悪びれもせずに言うクロロに、クラピカは諦めて、車を発車させた。
「容姿を褒められた。ただそれだけだ」
「それは……、サイモンは災難だったな。揶揄ってくるようなタイプでもないし、悪気はないんだろうな」
「私が、容姿をとやかく言われるのを嫌うと、サイモンは知っている。それを敢えて踏み抜いてきたのだから、それなりに文句は言わせてもらう」
駐車場を抜けると、クラピカは荒い運転で鬱憤を晴らしはじめた。怨嗟を込めた口調で、クロロに怒りをぶつけはじめる。
「結局、舐められているのだ。侮っていなければ、容姿への感想など、思っていても口に出さない。
そうやって舐められた者が、「美しい」「醜い」「使える」「使えない」で優劣を勝手につけられ、価値をつけられる。価値でラベリングされたその対象は、もはや人と物との境目が曖昧だ。
最終的には、その価値が金になると踏んだ悪党によって、値段をつけられ、売り買いされる。完全に物扱いだ。ただでさえ「美しい」と言われる眼を持つ私は、一体いくらで売れるのだろうな?
容姿への毀誉褒貶と人身売買は、地続き。
だから私は、人の見た目を簡単に褒めたり貶したりするやつらが、全員憎い。思っていても軽率に口に出すな。黙っておけ!」
隣にいるクロロを、運転の合間にちらりと見たクラピカは、その顔にわずかに見える色を見逃さず、怒りの矛先を向けた。
「面白がるな。本当に悪趣味だな」
「……それは、否定できない」
怒りや悲しみを感じた時、クロロは些細なものなら無視をする。ある程度許容範囲を超えそうだと、その場ではやり過ごして、自分の内に押し込める。そしてこんなものを許している世界をじっくり陰鬱に呪いながら、無言で制裁の網を張りはじめる。
そんな自分とクラピカは全然違う。
クラピカは、怒りを感じると脊椎反射の速さで全力で相手を殴りに行く。その後、自分の怒りを言葉にして相手に叩きつける。先程のサイモンとの「話合い」でも、ラウンジに響き渡るほどの固い音がしたので、きっと怒りに任せて机の脚でもへし折ったのだろう。
基本的に怒りや悲しみを言語化せず、身の内に揺蕩わせているクロロにとって、クラピカがあっと言う間に怒りを行動と言葉に変換するのは、見ていて気持ちがいいし、あとで長々と聞ける怒りの理由は、素直に共感できるものが多い。
総じて、クラピカの怒りはクロロにとって心地が良い。悪趣味と言われても仕方がなかった。
「……もう終わり?もっと続けてよ」
「そう言われると、言う気が失せる」
げんなりした様子で口をつぐんでしまったクラピカに、クロロは残念そうにシートに身を沈めた。
ふいに、酒が飲みたいな、とクロロは思った。
クラピカの罵詈雑言を聞きながら飲む酒は、きっと格別に美味しいに違いない。酔えない自分も酔えそうな気さえしてくる。
この幕間劇が、長く続けばいいのに。
そう思うと同時に、ほのかに姿を見せる罪悪感へ、クロロは「今だけだがら」となだめて受け流した。
けれど、長く続けばいいと願った幕間劇は、すぐに終わってしまった。